あの頃


最近、宮廷貴族の話題は僅か7歳になるジャルジェ将軍の末娘、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェに絞られてきている。
普通の末娘であれば、そんなに話題に上る事も無いのだが何せ名前を聞いても解ると思うが彼女は女の子でありながら男の子として育てられている。
そう、父ジャルジェ将軍に男の子が産まれなかったので跡継ぎとして彼女が選ばれて教育されている。
その噂は宮廷貴族はモチロン国王陛下のルイ15世の耳にまで届いていた。
持って生まれた性格か父親の勝ち気な負けず嫌いの性格がそのまま受け継がれたのか、彼女は僅か7歳にして学問・武術と、どれをとっても年齢の近い子からは秀でていた。
彼女なりの血の滲むような影の努力があったのだろう。

彼女は女でもなく男でもない…そんな事は自分自身が一番良く知っているが、取りあえず男と信じ込むように勤めていた。
そんな訳で彼女を慕う者はいるが友達と呼べる者は独りも居ない。
時々たまらなく淋しくなる事があるがそんな時は本を読んだり大人相手に剣の稽古をするのだった。
そう、彼女の剣の腕前はもう子供では太刀打ちできないし、一緒に練習する子供も嫌がって、居ないのであった。

母、ジャルジェ夫人は他の貴族同様に時々サロンを開いた。
そんな時は必ず彼女をサロンに呼ぶ。
同じ位の年齢の子供が来るからだった。
そんな子供達も宮廷貴族の子供なのだからある程度の教育は施されているのである。が、オスカル程の教養は無いので彼女にとっては話が合わなく退屈するのである。
武術にしてもお遊びで剣の稽古をしても全く相手にならない。
近頃では母が誘っても自分は軍人になるのだからサロンは必要が無いと、言って出ない事が多くなってきた。
オスカルが普通の子供ならよかったのだがとにかく類稀な奇麗な子供で学問・武術が秀でていれば噂に上らない訳が無い。

彼女の黄金の髪は遠目にも確認できるほどの見事なブロンドだ。
蒼い瞳は湖の底のように澄み切っている。
容姿と言えばスラリと手足が伸び切って抜群の物を持って類稀な美しさである。
本当に子供だけでなく大人達までもが彼女の魅力に参っている。
そんな彼女は本当に人気者だった。
彼女と口を利けたら…。
彼女と遊べたら…。
彼女と勉強できたら…。
貴族の大人も子供も彼女をどうして手に入れるかを考えている。
本人は…と、言うとそう言う事に全く無関心だった。
父、ジャルジェ将軍に直接、剣の稽古を就けてもらったオスカルは本当に強かった。
基本が出来て、すばしこくて、その上、誰にも真似の出来ない身軽さが加わり、剣にかけては父以外は敵無しの状態だった。
ロココの香り漂う応接セットには母、ジャルジェ夫人より誕生祝に作ってもらったお気に入りのクッションが置かれている。
テーブルの上には絶えず数冊の本が置かれている。必ず置いてあるのがフランス国史と、剣と銃の上達の仕方の本だった。
後の数冊はその時の気分で色々変わる。
その他、部屋の調度品は豪華な、それでいてシンプルで気品のあるものばかりで、おおよそ子供らしくない…まるで大人部屋みたいである。
この部屋の主人は7歳の子供オスカル・フランソワである。
普段は気が強く人前では決して涙を見せない彼女も独りになると、その小さな胸が潰れそうになるほどの孤独感に襲われて人知れず枕と頬を涙でぬらす事もある。

『皆は…大人や子供たちはぼくと友達になりたいんじゃない!…ぼくが…ぼくが珍しいだけなんだ』

その日の午後、オスカルはいつもの様に庭にある一番大きな木の下で木陰に入り本を読んでいた。
読んでいる本に陰がかかった。頭を上げると両親が前に立っていた。
「ち…父上!  は…母上まで…!」
気がつくと両親がにこやかに目の前に立っていた。
慌てて姿勢を正して両親の前に姿勢良く立つ。
「オスカル…そんなにかしこまらなくとも良い。良い知らせを持ってきた」
「…?」
「明日からばあやの孫がやって来るぞ」
「ばあやの…孫…ですか…?」
「うむ、おまえと一つ違いだが遊び相手兼護衛…と言うところだ」
「一つ違いの…遊び相手……」
「仲良くするのだぞ」
「はい…父上…努めます…」 

両親は安心して、我が子を信用してその場を立ち去った。
独り残ったオスカルは呟いた。
「努め…ます…っか…フウ〜! ばあやは大好きだけど…孫…か…どんな奴だろ…」

その夜、オスカルは眠れなかった。
明日来るばあやの孫のアンドレと言う男の子はどんな子だろう…。
一つ違いの歳の近い正式な友達はオスカルにとって始めてだった。
剣は上手かな?乗馬は得意だろうか?喧嘩は…?
そんな事ばかりを考えていた。
やがて真っ暗な闇の世界から白い世界に移りつつあり、小鳥の囀りが聞こえ、木漏れ日がカーテンの隙間から入ってきて、夜が明けたのを告げられた。


「ヨシ!眠くないのに、 眠っていても仕方ないや!」
そう言うなりオスカルはベッドから飛び起きて服を着替え出した。
未だ薄暗く、所々しか日が当たっていない庭に出てひとり佇んだ。
寝起きのほてった身体に早朝の冷たい空気は心地よい…。

「ウ〜ン…」
両手を頭の上に挙げて思い切り伸びをする。                   



オスカルはこの庭が好きだ。
自分の生まれ育った邸の中のゆったりとした空間…。
夏は暑さをしのぐ大きな木の下でゆっくりとした読書タイム…。
冬は寒さをしのぐ大きな木下で木漏れ日の中での読書タイム…。
オスカルはまだ子供だが読書好きの大変な勉強家だった。
今も手には分厚い本を持ってきている。

木にもたれ掛かってパラリ…パラリ…。
清々しい朝の空気の中で知らず知らずにページが進む。
こんな時のオスカルは本の世界に没頭してしまっている。



ふと、気が付くと人の影が本に映った。
見上げてみると少年が一人で立っている。ただ、逆光で顔が全然見えない。
オスカルは怪訝そうな顔をして尋ねる。
「きみ…誰…?ここは…ぼくの家の庭だよ…」
少年はニコ…と笑うと走って行った。
オスカルはその様子を唖然として見送った。

「オスカルさまあ〜!オスカルさまあ〜!!」
ばあやが呼びに来た。
大きな身体を揺さ振って、汗だくになって走ってくる。
「お嬢さま、だんなさまがお呼びでございますよ」
「父上が…?…すぐお伺いする」
庭を横切り邸の応接間の方に歩いて行く。ジャルジェ将軍の専用の応接間の隣が将軍の私室になっている。
部屋の前まで来ると、深呼吸を一つする。
「スーッ、ハーッ」
「父上、オスカル参りました」
扉をノックすると共に澄んだ声で告げた。
「…ん?…返事がないや…」
オスカルは父の私室の前で立ちすくんでしまった。
そして、人を呼んでおいて本人がいないというのも父上にしては珍しいものだと思った。
「そうだ…!待っているまにこの本を自分の部屋に戻してこよう!」
オスカルは自分の持っていた本を直しに部屋へ向かった。
タタタタタ…・・
軽快な足取りで走っていく。
その足がピタ…と、止まってしまった。
見知らぬ男の子がさっきまで自分がいた父上の部屋の前で独りで立っていた。
その男の子は自分と同じ位の年頃で身長もそう、変わらなさそうだ。
服装はこのベルサイユ近辺では、余り見ない少しアンティックな格好だった。
その男の子と視線が合った。結構、堂々としている。
『そうか…!父上はこの男の子をぼくに会わせようとしたんだな…』
「きみ…誰…?名前は…?」
「ア…アンドレ・グランディエ…」
「ああ…きみか…ぼくの遊び相手の男の子って言うのは…」
オスカルのその台詞に男の子は何やらショックを受けたみたいだった。
「はじめに言っとく!ぼくのほしいのは遊び相手ではなく剣の相手だ!」
『…言った!言ってしまった!!』
でも、この男の子とならうまくやっていけそうな気がする…!

今までこんな素直な気持ちで同じ年齢くらいの子とうまくやれると思った事が無かった。

でも、彼となら…。

オスカルはアンドレを…
アンドレはオスカルを…

お互いが不思議な気持ちで見詰め合っていた。

やがては恋人同士になるなんて露とは知らずに…。

                                F I N

 

まるほ様より素敵なイラストを頂きました♪

ありがとうございました〜☆ m(__)m