日だまり



ここはのどかで落着いたフランスの片田舎。
野原や畑ばかりで何にも無い町。
贅沢な装いも豪華な食卓も無いがお日様の恵みだけは溢れるように浴びられる。
その為、この街の子達は皆、お日様のような笑顔である。
今日も子供達が集まって遊んでいる。
この街には子供は6人しかいない。
一番年上は10歳のおとなしいスザンナ。一番内気な女の子である。
9歳のジャンは暴れん坊の男の子。一番ガキ大将である。
同じく9歳のコリンヌは勝ち気な女の子。一番オシャマである。
8歳のクロードはおとなしい男の子。ジャンの子分にされている。
同じく8歳のアンドレは元気一杯の男の子。笑顔が一番爽やかでまるで日だまりのようである。
6歳のアンリは一番小さい甘えん坊。皆から赤ちゃん扱いである。
彼等はそれぞれ遊び相手が決まっているが、でも仲間意識は強く6人誰とでも遊ぶ。
男の子だろうが女の子だろうが混ざり合って泥だらけになって遊ぶ。ここら辺が貴族と平民の違いであろう。

今日も、もう日が落ちかけて当たりは薄暗くなってきている。
「ジャ〜ン!」
「クローーード!」
「スザンナ〜!」
「コリ〜ンヌ!」
「ア〜ンリ!」
「アンドレー!」
母親が皆を順番に呼びに来た。
「かあちゃん」
「かあちゃんだ〜!」
子供達は母親の所に駆け寄って飛びつく。
元気一杯のアンドレも母にはとびきり爽やかな笑顔を投げかけ一日の出来事をお話する。
今日も機関銃の如く話続ける。
「ねえねえ母さん、今日ねジャンが野原で一番おっきな木に登ったんだよ、すごいな〜
びっくりしちゃった」
アンドレは目を丸くして身振り手振りで母にいろいろ語った。母は畑仕事で疲れていても優しく微笑んでいる。
このひとときが母にとってもアンドレにとっても一番楽しいひとときだった。
夕日は楽しく並んで歩く二人をシルエットに映し出していた。

今日も子供達は元気一杯飛び跳ねている。
「お〜い!クロード!!おいらのかあちゃんに遅くなるって言ってきてくれ」
ガキ大将のジャンが年下のクロードに向かって偉そうに命令する。
「何でだよぉ・・・自分で行けばいいじゃん」
気弱なクロードは口の中でブツブツ言っている。
「え?なにい? 聞こえない!!行くのか行かないのかどっちなんだ!?」
ジャンは気が短いのでブツブツ言われると腹が立ってくる。
クロードは怖がって返事が出来なくなって震えている。
余計に頭に来たジャンはつかつかとクロードの前に歩み寄り胸座を掴み今にも殴り掛かろうとした瞬間、その腕を阻止された。
「だ・・・誰だ!」
「おれだよ、自分で行きなよジャン」
「ア・・・アンドレ!!」
アンドレはひねり上げていたジャンの腕を放して両手をパンパンとたたいて払った。
ジャンはいきなり放されて体勢が崩れて尻餅を搗いてしまった。
周りにいた皆が一斉にジャンの方を見た。
「ジャンが尻餅ついてる」
「ジャンってかっこ悪〜い!」
「アンドレがんばれ〜!」
・・・等と日ごろいじめられているお返しをしている。
ジャンは腹を立ててアンドレに飛び掛かる。
ガキ大将としての意地である。
「チクショオオ!!何で皆の前でこかすんだよぉ〜!!アンドレのバカヤロウ!!」
凄い攻撃がアンドレを攻めるが、身のこなしが素早いアンドレはジャンの攻撃をうまく、かわしている。
負けず嫌いの二人なので中々勝負が付かない。
夕日が当たりを黄金色に変えてもまだ勝負は付かない。
そんな時、子供達を呼ぶ声が聞こえた。

「ジャ〜ン!」
「クローーード!」
「スザンナ〜!」
「コリ〜ンヌ!」
「ア〜ンリ!」

母親が皆を順番に呼びに来た。
「かあちゃんだ〜!」
皆一斉に母親の元に駆けよって行く。
手に手を取って家に帰って行く。
ポツンとひとり残されたアンドレ以外は・・・。

「アンドレのかあちゃんは未だなの?」
小さなアンリが母親に手をつながれらがら振り向いて聞く。
「ああ、でももうすぐ迎えに来てくれるから・・・」
そう言うとニコッと笑って手を振ってみせた。
アンリもニコッと笑って手を振ってみせた。
やがて、皆の姿が見えなくなり当たりも次第に暗くなっていった。
『かあさん・・・早く・・・きて・・・』

何時もなら独りで帰れる距離なので母が遅い時は勝手に帰るのだが何となく母の迎えを待っていたかった。

暫くすると夕日の向こう側から息せき切って走ってくる女の人の影が見えた。
「かあさん!・・・かあさんだ!!」
アンドレは頬を紅潮させて駆け寄った。
「アンドレ〜!!」
「かあさ・・・」
走ってきた女性は母ではなく近所のおばさんだった。
「おば・・・さん・・・どうしたの?そんなに走って・・・?」
「ア・・・アンドレ!!たいへんだよ! お・・・おっかさんが・・・!」
子供ながらに母に何かあった事が理解できたアンドレは最後まで聞かずに「かあさん!!」と、叫ぶと家路に向かって猛スピードで帰って行った。
『かあさん!かあさん!!かあさーーーーん!!!』

家に着く頃には当たりはもう、真っ暗になっていた。
家の入り口の前は人だらけだった。
「どいてよ! どいてよ!! かあさん!かあさーーーーーん!!」
アンドレは泣きじゃくって家の中に入って行った。

中にはいつも優しく「おかえりアンドレ」と、微笑んでくれる母の姿はなかった。
変わりに目を瞑ったままピクリとも動かずベッドに寝かされている母の姿があった。
「かあ・・・さん・・・」
アンドレの目から涙があふれ出て声が声になっていない。
「か・・・あさん・・・」
周りにいる大人が側に寄ってアンドレを抱きしめる。
「アンドレ、お前は強い子だよな・・・おっかさんが・・・おっかさんがいなくても・・・ううう・・・」
「かあ・・・さん!・・・かあさ・・・ん・・・!へ、返事をしてよ!かあさーーーーーん!!」
アンドレを抱きながら近所のおじさんは続けた。
「おっかさんは・・・畑仕事を終えて家に帰ったんだよ、そして・・・そして、お前を迎えに行こうとして家を出たとたん暴れ馬に引っ掛けられたんだ・・・」
「あ・・・暴れ馬に?」
「ああ、あっという間だった。どっかの邸から逃げ出した馬だろうが」
「馬・・・馬・・・!」
「だけど、その後、銃声の音が聞こえてたんで撃たれたかも知れん」
『う・・・ま・・・』

やがて、お葬式も終えてガラーンとした家にアンドレはひとり取り残された。
もう、近所の人たちも帰ってしまって誰もいない。
ひとりポツーンと母のベッドにもたれかかっている。
いつもの元気印のアンドレはいない。朦朧とした生気の無い儚げなアンドレが無言でもたれ座り込んでいる。
そこへ、一人の年寄りが現れた。
おばあさんだが身に付けている物は高級そうだが、貴族ではなさそうである。
かなり歳を老いていそうだがしっかりした目、ちょこんと小さな鼻、その鼻にかろうじてのっかかっているメガネ、背はかなり小さいが迫力が有りそうで実際よりデッカク見えてしまう。その、おばあさんがアンドレを見つめながらゆっくりと口を開いた。
「おまえがアンドレかい・・・?アンドレ・グランディエかい・・・?」
アンドレはその年寄りの顔をじっと見詰める。
「わたしはね、おまえのおばあちゃんだよ・・・おっかさんのおっかさんさ・・・マロン・グラッセって言うんだ」
「おばあ・・・ちゃん・・・?」
「そうだよ、よろしくねアンドレ!」
おばあさんはかあさんそっくりの優しい微笑みで自分を包んでくれ両手を広げて暖かく迎えてくれた。

アンドレは今まで泣くまいと心に誓っていたが、涙があふれ出て頬を一筋流れていった。
今まで二人っきりの母子と思っていたのに、何と母以外に身内がいたのだ。
それも大好きなおかあさんのおかあさん。
「おばあ・・・ちゃん、ほん・・・とにおれ・・・の・・・」
「そうだよ、何となく娘の・・・お前のおっかさんの顔が見たくて会いに来てみたのさ、そうしたら・・・こんな事になっちまってるなんて・・・淋しかったろう・・・」
おばあちゃんは声を震わせながらアンドレを抱きしめた。
「ウワアァーーーーー!!」
アンドレは初めて声を上げて泣いた。心底泣いた。
祖母にしがみつき、今まで心から泣けなかった悲しみと、不安を現すように・・・。
祖母の胸の中で泣いて泣いて・・・泣き疲れるまで泣いて・・・安らぎの眠りの中に誘われていった。

どれくらいの時間が経ったのだろう。アンドレが気づくとベッドに寝かされていた。
側にはおばあちゃんのマロン・グラッセが横になっておりアンドレは彼女の手をしっかりと握っていた。
「・・・ん? アンドレ・・・気がついたかい?」
「うん・・・おばあちゃん・・・」
アンドレは恥ずかしそうに答える。
「お前には話しておこうかねぇ、わたしとお前のおっかさんが行き来しなかった訳を・・・」
おばあちゃんはアンドレの手を離すと窓際に歩いていった。
窓格子にそっと手をかけ遥か遠方を懐かしそうに仰いでいる。
「お前のおっかさんは本当に気立てが良くて優しいいい娘だったんだ。
近所中の評判娘だったんだよ。わたしの若い頃そっくりでさ・・・あっ!なんだい!笑っているね!」
アンドレは今まで聞いた事が無かった母の昔話を聞いて胸がジ〜ンと熱くなるのを覚えた。
「わたしの家はね、代々ジャルジェ将軍と言うお方に奉公してるのさ。
もちろん娘も小さな頃からお世話になっていたよ。ゆくゆくはわたしの跡を継がせて
女中頭にさそうと思うほど気のついた娘だった。
だが、娘が15歳の時に近所のお邸に旅芸人が来てそのご主人様のお祝いに踊りを踊ったのさ。
その踊りが情熱的でネ・・・。
15歳の小娘はいっぺんで参っちまったのさ。
あの子はわたしに結婚させてくれと泣いて頼んだ。もちろん男と二人で頼みに来たよ。
でも・・・でも、あたしゃ許せなかった!許せなかったんだ!!」
おばあちゃんは話をしながら手を振るわせ涙を一筋流していたのをアンドレは見逃さなかった。
「反対したよ、猛反対したさ・・・でもね、でも反対したその晩に二人は駆け落ちしてしまったのさ。
わたしの買ってやった物は何も持たず、着の身着のままで出ていったのさ、それから3年ほど経ってお前が生まれたと便りをもらったんだ。
会いたかったんだけどわたしも意地っ張りでさ、わたしが返事も出さず会いにも来なかったのに娘は何度か便りをくれたんだ、それで、それでやっと会おうと思って来てみたら、う、う、う〜〜〜!!」
そこまで言うとおばあちゃんは絶え切れずにとうとう泣いてしまった。
「う、うわぁ〜〜〜ん!!」
アンドレまで一緒に泣き出した。


「おまえ・・・おばあちゃんと一緒においで・・・」
おばあちゃんは自分の涙を拭き、アンドレの涙も拭いてやりながらそう、言った。
「エッ? ここから・・・離れるの・・・?」
「そうだよ、おばあちゃんはね、さっきも言ったけどね将軍様のお邸で働かせて頂いているのさ。面白いよ。いい方ばかりだよ・・・ね!一緒においで!」
おばあちゃんはアンドレの手をとった。
「でも・・・かあさんのお墓が・・・」
「時々、様子を見にくればいいじゃないか・・・その時はおばあちゃんも一緒に来るよ・・・
それに、お邸にはおまえより一つ年下のお嬢様がいらっしゃるんだけどとても奇麗な方で、あんな奇麗なお嬢様は見た事無いねぇ・・・
だんな様がそのお嬢様の遊び相手兼護衛としてアンドレを・・・っておっしゃられるんだよ、おばあちゃんと一緒に行こう・・・ネ?」
「う・・・ん、分かった・・・分かったよ!おばあちゃんと行く!」

そうして8歳の少年アンドレは生まれ育った故郷を捨てておばあちゃんの住む都、ベルサイユに向かって出発するのであった。
ベルサイユでどんな事が待ち受けているか分からない。
本と人の話でしかしらないベルサイユ。大都会のベルサイユ。
不安と期待に胸を膨らませながら彼は突き進んで行くしかない。
そう、もう後戻りは出来ないのだから・・・!
新しい未来に何かを期待しつつ胸を膨らませ旅立つのであった。

                              FIN