☆ 香りに包まれて ☆
夜更けの冷やりとした澄んだ空気の中。
顔をなでる冷たい風が心地よい。
寝付けないオスカルは花の香りに誘われるように庭に出る。
ここジャルジェ家の奥庭では毎年このシーズンになると見事な冬ばらが花
開く。
赤・白・オレンジ・・・色とりどりのばら園だ。
オスカルの母・ジャルジェ夫人の世話の賜物であろうか。
ジャルジェ夫人は花が好きでよく世話をする。
貴族仲間からは、そんな事は使用人に任せればいいのだと忠告を受けるが
夫人は自分自身で世話をするのを止めない。
そんな由縁で希に変人扱いされる事もしばしある。
そう、貴族らしくない人である。
彼女だけでなく夫・ジャルジェ将軍も、そういう点では彼女と同じだ。
それが生活の習慣に出ているようで生活も地味ではないが決して過ぎた派
手さはない。それがジャルジェ家の特徴だ。
オスカルはふと、人の気配に気づき見据えると人影の蠢くのが解かる。
用心しながら近づくにつれ月明かりが人影の顔を映し出していくと、
それはアンドレだった。
アンドレは驚きの余り振り向きながら身構える。
「・・・オスカル・・・」
相手がオスカルと知って胸をなで下ろす。
「ふふ・・・、そんな構えなぞ最近、出没している『黒い騎士』とやらみ
たいな強い盗人ならやられてしまうぞ」
オスカルは身構えたアンドレの手を払い庭の奥に進んで行った。
やがてばら園が現れ、その前に立ち無邪気に花の香りを楽しむオスカル。
それを見てアンドレは安らかな気持ちになる反面、胸が苦しい。
花の香りを楽しんでいるオスカルは何と女らしいんだ・・!
いたずらな風が時々オスカルの黄金の髪をばらの棘に引っかける。
それを必死で解こうとしている。
いじらしいオスカル、妖しいオスカル、愛している! 愛している!!
美しいオスカル、愛しいオスカル、愛している! 愛している!!
お前は幼い頃から何でも自分の胸の中へしまい込み独りで耐えていた。
仕官学校時代だって「女」と言うだけでみんなから興味の目で見られなが
らも独り耐えて来た!
皆の目を跳ね返すくらい頑張って成績をいつも上位に保ってきた!
今だって、今だっておれは知っているぞ!
お前が、お前がかなわぬフェルゼンへの淡き初恋を胸に秘め、独り耐えて
いる事を・・・!!
フェルゼンとお前が尊敬する王后陛下との仲睦まじいお姿に見かけるたび
お前がどんなに傷ついているか・・・!!
おれでは、だめなのか〜〜〜!
おれではフェルゼン伯の代わりにはなれないのか〜〜〜!!
いや、こんな事思ってはいけない!
主人への反逆だ!!
そう、オスカルはおれのご主人様なんだ!!
でも・・・でも、なんて苦しいんだ!!
こんなに辛い思いは初めてだ!
いつまで、いつまで我慢しなければいけないんだ!!
体の奥から、おれの体の奥から何か熱いものがこみ上げてくる!
苦しい! 切ない!!
ああ、だ・れか・・
だ・れ・・か・・オ・オスカ・・ル・・
た・・すけ・・て・・くれ!!
「・・オス・・カ・・ル・・」
ばらの香りに魔物が混ざっていたのか闇夜に魔物が混ざっていたのか
オスカルの美しさに捕らわれたアンドレは理性が飛んでしまった。
ざざ・・・っ!
アンドレはオスカルに飛び掛かり気づいたオスカルは逃げようとしたが
間に合わず押し倒されてしまう。
「や、やめろ・・・」
アンドレは狂ったように唇を押し当ててくる。
髪に、額に、頬に、項に・・・!
「や、やめ・・・ア、アン・・・ド・・・!」
声にならない声で抗うが太刀打ちできない。
そうしてる間にアンドレはオスカルのブラウスの釦を外し始めた。
そして外されたブラウスの中にアンドレは手を滑り込ませる。
初めての出来事にオスカルは体中を痙攣させた。
ショックのあまり見開かれた蒼い瞳は宙をさ迷っている。
「おまえを・・・おまえを誰にも渡したくない!!」
「な、なに・・・」
オスカルの恐怖に引きつった顔にアンドレは追い討ちをかけるようにオス
カルの手首を掴み自由を奪い口付けの嵐を降らせる。
『フェルゼンの事なんか忘れてくれ!!』
アンドレの正直な気持ちだった。
抵抗を止めたオスカルは力を抜いた。
そして、アンドレのされるがままに受けていた。
それに気付いたアンドレは見てしまった――――!
オスカルの蒼い瞳から零れ落ちる一筋の涙を・・・!
「・・・オ・・・スカ・・・ル・・・!」
呆然と立ちすくみその涙を見入るアンドレ。
やがて立ちあがり、オスカルに手を差し出し立たせてやる。
「・・・アンドレ?」
「すまない・・・どうかしていた・・・」
涙するオスカルに勝てるはずが無い!
愛するオスカルの嫌がる事など出来るはずが無い!!
2人は庭を後にして各自の部屋に向かった。
空には泣きたいくらい鮮やかな月が2人を見守っていた。
周りはばら園の芳しい香りが漂っている。
香りが二人を優しく包み込むように・・・。
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