まほろば

その日は朝もやがかかっていた。
白く濁った空気。
でも、冷ややかな冷気が火照った体に心地よい。

アンドレ・グランディエは足早に厩舎に急いだ。
大急ぎで馬車を用意しなければならない。
人に見つからぬように、人に知られぬように大急ぎで、このもやに隠れて!

そおっと馬車を用意してジャルジェ家の裏口に回す。
馬がいななこうとする。
「どう、どう・・」
優しい声で馬を宥め顔をさすってやる。
馬は長い尾を振りながら甘えたように顔をこすり付けてきて静かになる。
この馬はアンドレに懐いていて背に乗らなくても指示しておけば真っ直ぐに進める。
まるで人間の様に――――。

ピュ―――!!
口笛が吹かれる。と、闇の中から黒いマントに身を包んだ人物が闇にまみれて素早く現れて馬車に乗り込んだ。

マントが外されると見事なまでの黄金の髪が闇の中から零れ落ちる。
そう、闇に紛れて現れたのはオスカル・フランソワであった。
オスカルに続きアンドレも馬車に乗り込み向かい合って座る。

「すまないアンドレ、我侭ばかり言って・・」
「いいさ、たやすいことだ、気にするな」
「うん・・」

馬車の中はしばしの静寂――。

昨夜、愛を確かめ合った2人。
お互いが求め合っていた2人。
やっと、恋人同士になれた2人。

気持ちは通じ合ったものの何となくぎこちない2人であった。

こんな状況はオスカルにとって大の苦手である。
だんだんと息苦しくなってきて、話し掛ける事にした。が、言葉が出てこない・・。
「あ、あの・・」
「ん?」
オスカルの問いかけに優しく答えるアンドレ。
その、ひとつしかない瞳は優しさで満ち溢れていた。
「ア、アンドレ・・」
目を潤ませて自分の名前の呼ぶオスカルが愛しくて思わず抱きしめてしまった。

「な・・な・・ア、アンド・・」
アンドレの唐突な行動にますます頭の中が弾けたオスカルであった。
「しい〜ぃ、オスカル・・このまま・・このまま、じっとして・・!」
優しく抱きしめられて、とても気持ちよく、とても心地よい・・。
オスカルはアンドレの腕の中でおとなしくなり、幼子の様にじっとしていた。

やがてアンドレはそっとオスカルの頤を捕らえた。
そして上を向かせてさくらんぼのような唇に自分のそれを落とした。
オスカルの身体がピクンと緊張したが自然に溶けていった。
恋人同士の甘い長いくちづけ・・。

まだ結ばれたばかりの甘い二人を乗せて馬車が行く。

ロザリーとベルナールの住むパリに向って馬車が行く。
衛兵たちを助けてくれる様に頼みに馬車が行く。

あさもやに隠れて馬車が静かに進む・・。

----FIN----