想い出とともに


「さらば、もろもろのくびきよ・・・
・・・わたしの部屋よ・・・」

オスカルはその日、自分の過去すべてに別れを告げた。
もう、後には引けない・・・。
自分が自分らしく生きていく為に決めなければならなかった決意。
自分に正直に生きていく為に選ばなければならなかった揺ぎ無き決意。
「あんなに善くして頂いたのに、あんなに愛して頂いたのに・・・
あんなに愛したお方なのに、裏切りの形になってしまった・・・!
アントワネット様!お許しください! このオスカル、フランスの行く末
を自分自身の目で見とうございます!!」

オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ、元フランス衛兵隊長。
たった今、フランス軍にそむきフランス国民に味方した隊長だ。
この知らせは直ぐにパリ中に知れ渡ったしその日のうちにベルサイユに知
れ渡った。
その知らせを受け取り吃驚したのは父・ジャルジェ将軍だが、それより驚
いたのが王妃マリー・アントワネットであった。
知らせの者がアントワネットに知らせると彼女は顔色を変え
「嘘です! オスカルがわたくしを裏切る訳などありません!!
真実のみを報告しなさい!!」
そう言ってアントワネットは知らせの者を叱り付けた。
信じたくなかった。
オスカルが自分を裏切るなんて信じたくなかった。
知らせの者を叱る事でオスカルの裏切りを嘘だと思いたかった。

しかし、真実は曲げられなかった。
次々に入ってくる報告。
「陛下、デンマーク近衛パリ部隊、元フランス衛兵隊にて全滅です!」
「陛下、ノルウェー騎兵パリ部隊、元フランス衛兵隊にて全滅です!」
「陛下・・・!」
「陛下・・・!!」

聞くに堪え切れなくなったアントワネットはその場を走り去った。
「お、王妃さま―――!!」
「アントワネット様―――!!」

アントワネットは駆出し泣いていた。
「うう・・・! 裏切られた! 裏切られた!!
信じていたのに、オスカル〜〜〜!!!
これから誰を信じれば良いのです! 何を信じれば良いのです!!
答えて! オスカル、答えて下さい―――!!!」

アントワネットは叫び続けた。
「オスカル、オスカル、わたくしの・・オスカル―――!!!」


翌日、女官がアントワネットを起こしに来た時すでに起きていた。
と、言うよりも昨夜はショックで眠っていなかった。と、言った方が正確
だった。
「お、王妃さ・・ま・・」
恐る恐る尋ねる女官にうっすらと笑みを見せ一言だけ言った。
「大丈夫です」
その横顔は久しぶりに見る王妃マリー・アントワネットの威厳に満ちた顔
だった。
今日も王妃の下へ革命の報告が入ってくる。
どの部隊が全滅したとか、誰が戦死したとか・・・。
報告を聞きながら報告書に目を通す。

・・・え?

馴染みの名前が目を横切った。

アンドレ・グランディエ・・・アンドレ・グラン・・アンドレですって?
??
あ、あのアンドレなの?
いつもオスカルの傍にいたアンドレなの??

アントワネットは取り乱していた。
アンドレが・・・オスカルは? オスカルはどうなの???

報告者は冷静に答える。
「ジャルジェ准将の死亡報告は入っておりません。
おそらくこの時点では無事かと思われます」
淡々と答える様を感謝の念で聞いていた。

「ほ、報告・・ご苦労様です・・
少し、疲れましたので・・部屋で・・休みます・・
誰も・・入ってこないよう・・」
アントワネットはそう言い残すと自室に消えていった。

重い扉を閉めるまで王妃の威厳を守り閉め終わった途端、その場にしゃが
み込んでしまった。
アントワネットの美しく大きな眸からは大粒の涙が止め処なく出てくる。
思い浮かべるのはオスカルの事ばかり。

ああ、わたくしは今まで貴女の忠告を何と簡単に流していた事でしょう。
今、たった今判りました・・オスカル・・!
貴女が近衛連隊長になった時、お祝いを返された時も・・
ポリニャック夫人に賭けで負けた時も・・
フェルゼンとの噂話が話題になった時も・・
いつもわたくしの事を真剣に思い意見してくれた貴女でしたのに・・
そんな貴女を鬱っとおしく思い避けていたわたくし・・!
今・・目覚めました・・!
目覚めました! オスカル―――!!
お・・おお・・オスカル―――!!!

アントワネットはその場に泣き崩れた。
今まで自分の事を思ってくれていたオスカルの気持ちが手に取るように、
判ったのだ。
どんなに自分に尽くしてくれたか
そんなに自分を愛してくれたか・・・!!

オスカル、もう遅すぎますか?
わたくしが真の女王になるには・・遅すぎますか?
いえ、貴女とわたくしは立場は違ってもフランスを愛するもの同士!!
生きるのです!
生きて再び会いましょう!!
それまで、それまで頑張って生きてください!!

いつか、この革命が思い出話としてお話ができるよう・・
わたくしは誓います!
どんなことをしても生き抜いて見せます!
貴女と再び会える事に希望をもって!!


              FIN