側にいるだけで



想うだけではだめなのか。
愛しているだけではだめなのか。
こんなに、こんなに愛しているのに・・
こんなに想っているのにだめなのか―――!

ああ、一度でいい、たった一度でいい
おまえの、おまえの全てがほしい―――!


「何をしている?」
最愛の人の声に振り向いたアンドレの黒い瞳は濡れていた。
「何をしている? 泣いて・・いたのか・・?」
オスカルの台詞にアンドレは内心ドキッとしたが平常心を保って何気ないふりをした。
「泣いて・・って、おれがか?
まさか! 何故?」

アンドレは何時ものように笑ってみせる。
少し不自然な笑いだ。
「あ、いや、すまない・・そう見えたんだ 気にしないでくれ」
オスカルは頭を振ってそう、アンドレが泣いたように見えたのは自分の見間違えだ、と自分自身に言い聞かせた。

ここはジャルジェ家の奥庭。
奥庭には、たくさんの花々が我先にと、色とりどりに見事に咲き誇っている。
そして、門から奥庭にかけてたくさんの木が植えられている。この木も花もジャルジェ家当主のご自慢だ。

 いつもオスカルは寝付けないと奥庭に出る。
母・ジャルジェ夫人が大切にしている庭。
ここにいると母が側で抱きしめてくれるような錯覚さえ覚える。
そして、月を眺めたりして時間を過ごし、落着くと部屋に戻り眠りにつくのだ。
今夜も寝付けず奥庭に出てくると先にアンドレがおり、泣いているように見えたのだ。
木の陰の合間から。
ジャルジェ家の庭には大きな木がいくつもある。
そう、昔から・・。
だが、二人が休む木はいつも同じ。
幼い頃から変わっていない。

オスカルの部屋の窓に枝が伸びている大きな木だ。
この木にもたれると何故か安心する。
その大きな木は今も健在で相変わらず大きく逞しい枝を誇らしく自慢げにオスカルの部屋まで伸ばしている。
その木の下で、どちらからともなく地面に腰を落とした。
もたれあった背中からお互いの体温が伝わり息苦しくさを感じる。

「オスカルこそ何をしてるんだ? もう遅いぞ」
アンドレはやっとの思いで、はき捨てる様に一言の台詞が出た。
「う・・ん、 寝付けなくて・・」
そう言って細く長い指を自分の金糸に絡め、視線を落としたオスカルはいつにも増して妖しかった。

この夜のせいだろうか。

月もなく、星ひとつ出ていない、漆黒の暗闇の中でたった2人きり・・!

風だけが、心地よい風だけが2人の間にそよいでいる。
2人の間を優しく通りぬけ、かの愛しき人の黄金の髪を弄んでいく。

いつになく、とても淋しそうな哀愁漂う横顔だった。
昼間の連隊長と全く違う顔。
誰にも見せない憂いに満ちた顔。
俺だけが、俺だけが知っているオスカルのもうひとつの顔!

「夜風は体に悪いぜ、中へ入ろう」
アンドレは包み込むように言った。
「ん・・ああ、そうだなそうしないといけないな・・
そうだアンドレ!
わたしの部屋に来ないか?」
オスカルの瞳が少年のようにキラッと輝いた。
「エ! い、今からか?」
『こんな時間に従僕を部屋に呼ぶのか?』
アンドレは焦った。いくら幼馴染だからと言っても男と女だ。主人と従僕だ。
誰かに見られたら・・・。
その気持ちがオスカルに伝わったのか、美しい蒼い眸が再び翳ってしまった。
「だめ・・か?」
すがり付くような瞳で見つめている。

『うう・・あ、あの眸に弱い』

「解った、解ったよ、淋しがり屋のジャルジェ准将!」
アンドレはドキンとした疼きを隠すようにイタズラっぽく笑って言った。
「さ、さ、さ、淋しがりやだって?」
本音をつかれオスカルはかぁーっとなり、みるみる頬を紅潮させ身体全身を震わせて怒りを露にした。
感情が高まり、押さえ切れずにアンドレを睨み付けひっぱたこうと追いかけた。

笑いながらアンドレはするりと交わして逃げ出した。

走って走って、やがてオスカルの部屋の前まで走ってきた。
『これだけ堂々と二人で走ってきたんだ
誰に見つかっても怪しまれないだろう』
アンドレは自分なりにオスカルを気遣い夜中に男と女がひとつの部屋に居ても何もない事を強調しようとしていた。
アンドレはオスカルの方に向きを変えて両手を挙げて降参のスタイルをした。
「降参!降参! 参った、もう、走れない!」

アンドレ同様オスカルも息が切れて肩で息をしてる状態だった。

はあっ、はあっ、はあっ、

「こ、こんなに走ったのは・・久し振りだ・・はあっ、・・」

そして、どちらからともなくオスカルの部屋に入った。

部屋に入るとテーブルの横にワゴンが止まっていて、その上にはオスカルの就寝前のワインとグラスが並べられてあった。
それが視界に入ると一旦、立ち止まったオスカルだが、アンドレの方を見た。
視線が絡まると「メルシー」と微笑みながら一言だけ言った。

「おまえは本当に気が効くな・・」
オスカルが椅子に座ろうとした時、アンドレはグラスにワインを注ぎオスカルに手渡す。
再び視線が絡む。

アンドレはワイングラスを目の高さに上げオスカルの持つワイングラスに近づけた。
それを察したオスカルは自分からグラスに近づけ
チィ・・・ン・・・と、音を鳴らした。

「多忙だけれど充実している我がジャルジェ准将に乾杯!」

「超多忙だけれど充実しているアンドレ・グランディエ殿に・・・乾杯!」

二人は乾杯をして極上のワインを嗜んだ。
二人の喉がゴクリ・・・と上下に動く。
心許せる二人の至福の時だ!
『愛している・・!
おれの気持ちを全然解っていないオスカル・・
いつまで待たなければいけないのか解らないが、おまえなしの生活は考えられない!
迷惑だろうが・・おれは、どこまでもおまえに着いて行くぞ!』

恋人たちとはまだ呼べないが信頼しあった者たちの夜は更ける。

闇が辺りを包み込み静寂な夜が巡ってくる。

外は、漆黒の闇・・・。



FIN