雪景色

「う・ん・・寒・・い・・」
珍しくオスカルはベッドの中で身震いをして寒さのあまり目が覚めてしまった。
薄目を開けて見渡すと当たりがやけに明るいので寝坊したのかと飛び起きた。
冷ッとした外気に触れ、寒いながらも清々しく心地よい空気にまどろみを覚えるのであった。

ローブを羽織り明るい窓際に近づく。

「ん?  ゆ・・き・・だ・・!」
そう、寒いはずだ。窓の外では粉雪が舞い降りていたのだった。
昨晩から降っていたのか、視界に入る当たり一面が雪景色だった。
嬉しくて、心が弾んできて、もう、高まる気持ちを押さえきれなくなって着替えもそこそこに外へ飛び出してしまった。

「何年振りなのだろう・・!」
誰も踏み入れていない雪の大地に自分の烙印を残す・・・。サク、サク・・。
真っ白な雪の上に自分の足跡を、つけて行く。サク、サク・・。
自分の足跡だけがついている。サク、サク・・。
ステキだ!なんて素敵なんだ!!
オスカルはまるで子供に戻った様に、童心に帰って喜んだ。

その様子を熱い眼差しで見守っている者がいた。
アンドレ・グランディエであった。
彼は朝から馬の世話をして、仕事が一段落終えた所であった。
アンドレはオスカルの無邪気さに目を細めて見つめているのだった。
「オスカルがあんな顔をするなんて、誰も知らないだろうな・・」

そんなアンドレに気づいたオスカルは手招きで彼を呼び近くに来させて無言のままニッコリ笑い傍に来たアンドレに雪だまを投げつけた。

パシッ!

雪だまはもろにアンドレの顔に当たった。

アンドレは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。・・・が、オスカルが必死に笑いをこらえている姿を見て漸く理解できた。

「ア――ハハ!・・ハッハッハ・・・その・・・顔・・ククク・・・」

オスカルは耐え切れずとうとう大声で笑い出してしまった。

ヒュン!  ・・・パシ!

アンドレがオスカルに向って投げた雪だまはいとも簡単に払い落とされてしまった。
「アハハ・・・アンドレ! 何処見て投げているのだ?」
「お、お前がすばしっこ過ぎるんじゃないか!」

二人は雪だまを投げ合ったりじゃれ合ったり、雪だるまを作ったり・・・。
はしゃぎあって、お互い童心に戻り楽しんだ。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
気がつくと寒さのせいかオスカルの顔色が少し青ざめている。

「オスカル! この位にしておこうぜ!汗、かいただろ、着替えないと風邪ひくぜ、
そろそろ部屋に戻らないと・・・」
「嫌だ、アンドレ! もう少しこのままいたい!」
オスカルは首を横に振って動こうとしない。まるで駄々っ子の様に・・・。
「だめだ、オスカル! 良い子にして!」
「アンドレ!わたしは子供ではないぞ!」
「さあ、オスカル・・おれも一緒に行くから・・」
アンドレは微笑みながら右手をオスカルに差し出した。
「お・・まえ・・も・・?」
「ああ、今日は時間が有るのでお前の部屋で話でもしよう、いいかい?」
「・・・」
オスカルはコクンと小さく頷きそっと手を差し出した。
まるで幼子の様に・・・。


湯気の上がったカップにショコラが慣れた手つきで入れられる。
カチャカチャ・・。

アンドレはオスカルにそっと渡す。
「体が温まるぞ」
「・・ん、メルシー」
受け取って一口、口に含んでみる。
ショコラの甘さが口全体に広がってそれが、体に滲み出て、体中温かさで包まれる様だった。
青ざめていたオスカルの顔がみるみる朱色掛かったミルク色に変わっていった。
その顔を見てアンドレは満足そうに頷いている。

「・・! どうした?何を見ている?」
視線を感じたオスカルはアンドレに問う。
「ふふ・・・おまえの顔だよ」
おどけて、人差し指でオスカルの鼻先をつついた。
「今更、見る顔でもなかろう・・」
アンドレの手を払い除ける。

「ふふ・・・」
アンドレは笑いながら視線を絡めてくる。
オスカルはその視線を無言で受けていた。
沈黙で視線が絡み合う中アンドレの口元だけが絶えず上がっていた。

やがてオスカルが小さくため息を一つ落とす。
「・・ふ――――っ! ふふ・・・相変わらず視線を外さない奴だな」
「近衛連隊長殿にお褒めに預かりまして光栄です、ふふふ・・」

オスカルは飲みかけのショコラをテーブルのうえに置き、窓際に寄った。
窓枠に右手を掛けて見入っている。
「まだ・・・降ってる・・・」
オスカルは雪を見つめながら懐かしむように遠い目をした。

「覚えているか? おれがこの邸に来た次の日、すごい大雪が降ったんだ・・」
「うん、そうだな・・わたしは大急ぎでおまえを起こしに行ったんだ」
「そう・・で、おばあちゃんに『お嬢さまより遅く起きるとは何事だい!』って叱られたんだ」
「ふ〜ん、そうだったかな・・? おまえ、よく覚えているな」
「そうさ、その後、おばあちゃんに初めてヤキを入れられたからな」
「アハハ・・! それは悪かった・・・!」
「笑っているな、本当におまえがもうちょっと遅く起きてくれればヤキを入れられずに済んだのに」

窓から雪と空の彼方を見つめているオスカルの手にそっと自分のそれを重ねた。
オスカルの体がピクンッ!と、小さく痙攣する。
ただ、手を重ねあっているだけなのに何故、こんなに息苦しいのだ?
まるで体中の血液が逆流しているみたいだ・・・
こ、こんなに胸が苦しいなんて・・・わたしは、わたしの体はどうにかしてしまったのだろうか・・・
手を重ねられたままアンドレの方に振り向かされた。

蒼い・・湖の底の様に蒼い瞳 今・・・自分しか映っていない・・
その下にある薔薇色をした唇 何か言いたげに、少し開いている・・
妖しく魅力的な唇だ
奪いたい・・奪いたい・・!奪いたい・・!!
そう考えたアンドレは頭の中に霧が掛かって思考回路が止まってしまった。

ああ、この暖かい手にもっと触れられていたい・・
この間、垣間見たたくましい胸に抱かれてみたい・・
アンドレ・・アンドレ!・・わたしのアンドレ!!

ふたりは無言のまま見詰め合った。

そして、魂を呼び合い・・寄せ付け・・すい込まれていった・・・!

自然と寄り添う二人・・・。

窓の外にはまだ、雪が降り続いている・・・。


            FIN