ゆれる想い
青い青い空。
どこまでも、どこまでも続く吸い込まれそうな青い空。
その中に弾けて目を射りそうな白い雲。
眩しさいっぱいの白い雲が青い空をゆうゆうと流れていく。
何もない馬車すら通らない田舎の一本道。
あたり一面が葡萄畑で新緑の風に乗り芳しき香りが鼻孔をくすぐる。
葡萄の香りと青空と白い雲。
のどかなのどかな初夏の午後。
そんなのどかな町に不釣合いの二人組みが馬をかけさせて来る。
ひとりは黒い髪に長身で体つきもがっちりしているが対照的な甘いマスクが魅力的だ。
もうひとりは金色の髪に華奢な体つきに華のかんばせ。
隙の無い身のこなしは気品漂いまるで神が舞い降りてきたのかと思うような錯角さえ訪れる。
二人ともこの町の人間ではないようだった。
「オスカル、来て良かったな、心が洗い流されるようだ」
「本当だな、ヴェルサイユの雑踏から逃れ気持ち新たになれそうだ・・・」
「しかし、ジャルジェ家はこんな所にも領地を持っていたんだな」
「ああ、わたしも初めて父上に教えて頂いた」
二人は他愛無い話をしながら進んで行った。
こんな落ち着けた和やかな気分になれるのは久しぶりの事である。
オスカルが近衛連隊から衛兵隊に移り毎日毎日が衛兵隊員との闘いの日々であった。
近衛連隊と違って衛兵隊は貴族出身者と違い第三身分の平民が多い隊である。
そんな中でオスカルは隊長として最初から認められる訳が無い。
だがオスカルは何とか彼らに溶け込もうと毎日、戦いつづけている。
「何も無い平和な近衛よりやりがいがある」
オスカルは常々、そう言っているが内心疲れきっているんだろうな。
アンドレは、そっと案じているのだった。
二人の間をそよ風が駆け抜ける。
優しく髪を撫でながら・・・。
そんな二人の視界に見覚えのある顔が入ってきた。
前方より歩いてくる一組の男女。
男は見るからに丈夫そうな体つきで女のほうは華奢で繊細そうな天使のような微笑を浮かべ
寄り添っている。
そんな二人をオスカルとアンドレは顔を見合わせお互い目を細める。
「アラン・ド・ソワソン!!」
その二人の声に相手の人物は気づきこちらを見る。
「た、隊長!! それにアンドレも!!」
そう、見覚えのある顔はオスカルが疲れきっている原因。
衛兵隊の班長、アラン・ド・ソワソン!!
隣に寄り添っている天使は彼の自慢の妹ディアンヌ・ド・ソワソン。
お互い近づきオスカルは馬から降りて笑顔で右手を差し出した。
「意外な所で出会うものだな、アラン!」
アランはオスカルが差し出した手を払い妹の肩を抱いて反対の方向へ歩き出そうとする。
だがディアンヌはするりと抜けてオスカルの前に立ち優雅にお辞儀をする。
「隊長様、お久しゅうございます。
こんな所でお会いできるとは光栄にございます」
「これはディアンヌ嬢、ご丁寧な挨拶、いたみいります」
そんなディアンヌに答えてオスカルも優雅にお辞儀をしてディアンヌの右手に優しくキスを落とした。
「オスカル様、ここへは・・・?」
「初めてです、ディアンヌ嬢・・・
父の代理の視察です」
「まあ、そうですの・・・
わたくしは、この町で育ちましたのよ、亡き父のお墓がございますの
ほら、あの高台、あそこに父は眠っておりますの」
ディアンヌが指差したのはかなり急斜面になっているがここらあたりでは一番見晴らしの良さ
そうな所だった。
急斜面であるが真下は海が広がり波が優しく水しぶきを作っている。
「ほ、う・・・いい所ですね」
「ええ、とても! そうだわ、もし宜しければこの町を案内いたしましょうか?」
ディアンヌは愛くるしい笑顔を向けてきた。
オスカルはアンドレと目を見合わせどうする?・・・と言う風に合図した。
それに気づいたディアンヌは慌てて付け加えた。
「すみません、オスカル様!!
こんな馴れ馴れしくしてしまって・・・!」
「いえ、ディアンヌ嬢・・・光栄です。が、我々はたった今到着したところで今から屋敷に向かわ
ねばなりません。」
「まあ! 今着いたところですの? それはお疲れのところ重ね重ね失礼致しました!」
ディアンヌは驚いてオスカルに詫びた。
「いえ、明日は・・・いかがですか? 明日ならぜひともお願いしたいのですが・・・
出来れば貴方の兄上と共に・・・!」
オスカルは優雅な微笑を浮かべ横目でアランを見ながら言った。
「な、な、な・・・何で俺様が隊長を案内せねばなんねえんだ!!」
アランは頬を茹蛸のように真っ赤に染めながら焦り、叫んだ。
迫力も何も合ったものではない。
オスカルは小さく笑った。
『アランって、かわいい・・・!』
それはアンドレも同じ事を考えていた。
翌朝、ここジャルジェ家の別荘で・・・。
何やら聞き覚えのある声が下から聞こえ心地よい眠りから目覚める。
オスカルはいつもの自分の部屋と違うので体を起さず当たりを見渡す。
ここは・・・?
ああ、昨日アンドレと領地視察に来たんだったな・・・。
コンコン!
扉がノックされた。丁度、起きようとしていた所だった。
「誰だ? 開いているが・・・」
オスカルの声を待つまでも無くこの別荘の管理人の妻マリー・ソルスランが入って来た。
「おはようございます、オスカル様、朝早くから申し訳ございません!!」
「おはよう、マリー、どうしたのだ?
もう朝食の用意が出来たのか?」
オスカルは冗談っぽく笑いながら言った。
「オスカル様の部下のアラン・ド・ソワソン様と言う方がお見えになられて、オスカル様は
未だ、お休みになられていると申し上げても『お約束してる』・・・と言って聞かないのでございます」
『ふふ・・・!来たか!!』
「解かった、すぐに着替える!
少しだけ待ってもらってくれ!!」
「あ、お着替えを・・・」
着替えに行こうとするオスカルの後からマリーが追いかけて来る。
「ああ、よい! 自分で着替える!」
一言だけ言うとクルリと向いて着替えに行ってしまった。
残ったマリーはやれやれ、貴族らしくないお方だ・・・等と心の隅で思ったりする。
「た〜いちょう〜〜〜!
来てやったんだぜ〜〜〜!! まだかよ〜〜〜!!」
アランががなり声を上げている。
「兄さん!
失礼よ!こんな朝早くから・・・!!」
妹のディアンヌがアランを制す。
「何言ってんだ!
人に案内を頼むんなら用意して待っておくもんだ!」
「もう〜!
理屈はそうだけど、早すぎるわよ!! まだ、お休みの時間よ!!」
「だってよ〜〜〜!」
衛兵隊では鬼の班長も妹のディアンヌに叱られるとさすがにシュンとしている。
そこへアンドレが駆けてくる。
「よお、アラン! えらく早いじゃないか!」
アンドレはにこやかにディアンヌにも挨拶をする。
コツ、コツ、コツ・・・階段を一段ずつ降りてくる音がする。
窓から差し込む木漏れ日を浴びてその姿はさながらアポロンの様に輝いている。
「すまない、遅くなってしまった・・・待ったか?」
オスカルが階段から降りて真っ直ぐこちらに向かってくる。
アランとディアンヌはしばし立ちすくみ絶句した。
木漏れ日を浴びた金色の髪は光に溶け込みそうなほど輝き全身から醸し出る気品はオリンポス
の神そのものだった。
「隊長様・・・ぐ、軍服以外のお召し物は初めて拝見いたしました・・・
ス、ステキです・・・!」」
ディアンヌがやっとの事で口を開いた。
「お褒めに預かり光栄です、ディアンヌ嬢」
ディアンヌの横で我に返ったアランが「フン!」と鼻を鳴らし横を向く。
それを見たアンドレがアランの頭をコツン!と小突いて「さあ、行くぞ!」と合図した。
別荘から馬車で森を抜けると町に着く。
田舎町なのでこれと言って名所は何も無いのだが景色はすばらしく美しい。
どこまでも続く海を眺めたり、緑生い茂る森の中を探索したり・・・。
なんと言っても目に染むくらい青い空に白い雲・・・!
ヴェルサイユでは中々見られない光景だ。
4人は森の中に入って泉のそば迄来て管理人のマリーが手際よく作ってくれたお弁当を広げる事にした。
3人和気藹々ムードで和んでいる中アランだけがふてくされた様子だったが食べるだけ食べて
満足したように大きなおなかをさすり眠りについたのだった。
「兄さん、兄さん! お花を摘みに行きたいわ!」
ディアンヌはアランを揺さぶったがビクとも動かない。
「兄さん、もう〜〜〜!!」
オスカルとアンドレはそんな光景を微笑ましく見つめていた。
アンドレが立ち上がりお尻の埃を払ってディアンヌの前に立ち手を差し出した。
「ディアンヌ嬢、わたしで宜しければお供仕りますが・・・」
「まあ〜〜! アンドレさん、本当ですの?」
ディアンヌは頬をばら色に染め喜んだ。
「オスカル、ちょっと行って来る。休んでいてくれ」
「ああ・・・」
アンドレはディアンヌをエスコートして森の中に消えていった。
その後姿を見送ったオスカルは視線をアランに落としたが子供のように無邪気な顔をして眠って
いる。
その寝顔をしばし見つめていたがやがて疲れが出てきたのか自分も睡魔に襲われた。
こっくり、こっくり・・・としている内に眠りに入ってしまった。
静かな静かな静寂の中。
風の音と小鳥のさえずりだけが響き渡っている。
「・・・う、うん・・・」
一足先にアランが目を覚ました。
キョロキョロと頭を振ると要るはずの妹のディアンヌの姿は無く代わりに隊長が気持ち良さそうに
眠っていた。
「げっ!! た、隊長!!」
声をかけ起こそうとした時、オスカルの睫が微妙に揺れた。が、起きそうに無い。
何て無法備なんだ、この人は・・・!
それにしても・・・皆がキャー、キャー騒ぐ気持ちがわかるな・・・
これだけ綺麗なのに鼻にかけないし自慢しない・・・
大貴族の癖に俺たちみたいな者にも付き合ってくれる・・・
アランはオスカルの顔を見つめた。
安心しきった顔。
天使のように無邪気な顔。
いつしかその顔に見とれ視線は唇だけに釘付けにされた。
やわらかいのかな・・・
あまいのかな・・・
そんな考えが頭をよぎったときアランの唇はオスカルの唇に落ちていた。
「・・・ん・・・」
アランは飛びのき慌てて眠ったふりをした。
オスカルは夢に起されたように起き上がり周りを見渡しアランが眠っているのを見て
「フフ・・・よく眠っている、無邪気なものだ・・・」
眠った振りをしたアランがそれを聞いて『アンタの方が無邪気だよ! 人の気も知らないで!!』
冷や汗を流しながら心の中で叫んでいた。
どこまでも透き通った青空から泉に吹き付けられる風に乗ってアンドレとディアンヌの声が聞こえてきた。
「お〜い、オスカル〜〜〜!」
「オスカル様〜〜〜! 兄さ〜〜〜ん!!
こんなに綺麗なお花がいっぱい摘めたわ〜〜〜!!」
ディアンヌも珍しく興奮して両手いっぱいに花を抱えている。
オスカルは彼らを迎えて『こんな落ち着けた和やかな気分になれるのは久しぶりだ』と、思った。
その横でアラン一人が『隊長の唇ってやわらかくて溶けそうだった・・・
しかし、いつ起きよう〜〜〜!!』
穏やかな穏やかな森の午後
アランはちょっぴり役得とほくそえんでいるのであった。
FIN
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