あぶく





   第1章



 怒涛のフランス革命も漸く終止符が打たれ時が流れ出そうとしていた。日も暮れようとしている川沿いの道を一組の男女が馬を一頭ひいて歩いて行く。
姿形は傷つき貧しそうだが体から醸し出ている気品は、平民のそれでは無さそうだ。
男の方は長身で黒い髪に黒い瞳、面構えも甘いマスクの割に心が強そうであった。
女の方は男と見まごう背の丈が有るが男のそれでは無く華奢な体つきであった。眩いばかりの黄金の髪を持ち湖の底の様な蒼い瞳は見詰められるだけで吸い込まれそうであった。その、黄金の髪に縁取られた顔はあまりにも白く、そして、あまりにも聡明であった。
 訳が有りそうな2人連れはただただ無言で歩いている。
見た目は男の2人連れに見えそうだが、よくよく見ると男と女であった。
 川沿いの一本道から町の風景が見えた時2人は顔を見合わせ安堵した。
そして、どちらからとも無く声を掛け合った。
「良かった、今日は野宿かと思ったぞ」
「ああ、でもおれはお前となら野宿でも平気だぞ」
「ふふ・・そうは行くまい、ここらは物騒な地域だ、
野宿なんぞしたらただでは済まないだろ・・」
 2人は疲れた体をもう少し頑張らそうと自分で自分に「大丈夫!」と言い聞かせもう少しの町まで足を進める。
 漸く着いた町中で2人は聞いていた家を探し出しその前まで辿り着いた。
それは少し汚れている古びた建物であった。
だが小さな屋根は雨風を塞いでくれるであろうし小さな窓は太陽の光を家一杯に吸い込んでくれるであろう。
「ここだオスカル・・ここがおれたち2人の新居だ」
「ああ、そうみたいだ・・」
そう言うと男は女を抱き抱え入り口に向かって歩き出す。
吃驚した女は慌てて降ろすように男の腕の中で暴れた。
「なっ、何をするアンドレ!」
「じっとして、オスカル・・やってみたかったんだ・・花婿が花嫁を抱いて家の中に入るシーンを、・・」
「・・ア・・ンド・・レ・・」
女は大人しくなり男に抱れたまま家の中に消えていった。
 数分後―。 
コンコン! 2人の新居を誰かがノックした。
男が開けに玄関に出向くと数人の町人が集り佇んでいた。
「はい? 何か・・」
男は優しいものの言い方で尋ねた。その後ろに女が顔を出す。町人たちは怪訝そうな顔付きで尋ねた。
「町長さんから聞いたが、あんた、アンドレ・グランディエ・・って言うんかい?」
「え、ええ・・アンドレ・グランディエです・・」
「わしらは、ここの町の者だが・・」
「ああ、すみません、こちらから挨拶に伺わないといけないのに・・今、着いたばかりで少しばかり休憩をとったら挨拶にお伺いしようと思っていました」
「いや、それはいいんだが・・アンタ等2人はどんな関係なんか、教えてくれるかなぁ・・」
「・・・!」
「プライベートな事で悪いんだが、教えてくれんかのぉ」
見渡すと町人達が自分達を見詰る目は何か殺気立っていた。不思議そうに一通り顔を見詰めたがただの好奇心では無さそうなので素直に答える事にした。
「夫婦です・・まだ、ほやほやですが・・」
男は顔を赤らめながら俯き加減にそう言った。
だが、途端に町人達は一斉に顔を見合わせ「出て行け!」と口々に罵った。
男と女は訳が分からず2人して顔を見合わせる。
町の人の代表らしき感じのよさそうな人物が一歩、前に出て静かに口を開いた。
「お話をさせて下さい。わたしは代表者でルネ・マシュランと言います。我らの突然の無礼、吃驚された事だろう、我らは神聖なるクリスチャンだ・・そう言えば分かってもらえるな」
男と女は訳が分からずにお互いの顔を見合わせるばかりであった。女の形良い唇が静かに動いた。
「わたしはオスカル・フランソワと申します。わたしも神聖なるクリスチャンですが・・神かけてやましい事はやっていない」
蒼い瞳がキラッと光った。
一瞬怯みかけた町人たちは代表と一緒に強気に出てきた。
「クリスチャンなら解っているはずだ! 神は同性愛を認めていない!」
「この町に住みたければ別れろ!」
「そうだ!そうだ! 同性愛者は出て行け――!」
町人達の台詞に2人は再び顔を見合わせると、お互いクスクスと笑ったかと思うと吹き出して笑ってしまった。
お腹を抱えて笑う2人を見て町人達は目をまん丸にして見ていたものの、だんだんとその瞳の奥に燃え盛る炎を見て漸く笑いを止める事が出来た。
「おれはアンドレ、こっちはオスカル、おれの妻だがこう見えても正真正銘の女性だ」
「・・・!」
その時の町人たちの反応はまず絶句だった。
そして口々に叫んだ。
「えーっ! うそだろう!!」
「一緒にいたい為にそんな冗談いうな!」
「直ぐばれるうそなんかつくもんじゃないぞ〜!!」
オスカルの顔がだんだん険しくなってきた。 まだ、町人たちは騒いでいる。
我慢の限界に達したオスカルは全身全霊で叫んでいた。
「うるさ――――ぁい! いい加減にしろ! わたしは女だ! 文句が有るか! 文句のある奴は前に出ろ!  相手してやる!!」
そう言いきるとギロッとひと睨みした。
町人たちは脅えながらも口々に言い出した。
「や、やっぱり男だ・・」
「ああ、あんな口の利き方をする女なんているものか・・」
「そ、それに女にしてはデカ過ぎる・・!」
そんな反応にガックリ肩を落とすオスカルだが、いいやここで負けてはならない!
退いてしまうと同性愛のレッテルを貼られてしまう。
平常心を取り戻そうと必死に冷静さを保とうとした。
「し、失礼・・わたしは本当に女性だ、女性同士なら身体検査を受けても良い」
すっぱりと言い切ったオスカルの態度に皆の表情が和らいだ。
「あんた・・本当に女かね・・?」
代表がおずおずと聞いた。
「ああ、いかにも・・調べてもらえば解る事だ・・」
胸を張って答えるオスカルに皆はすまなさそうな顔をして近寄ってきた。
そして握手を求めるように右手を差出してきた。
オスカルはそれに答えて皆の中に溶け込んだ。
何時の間にか町人たちの数が増え家の周りは人の輪になって大きく取り囲まれていた。
 貫禄のある、でも人のよさそうな老人が前に出てきた。
その老人に気づくと町人たちは老人に道を譲った。
髪の毛も眉毛もみな白髪で丸い顔に小さな目、真ん中にちんまりとした鼻が有り大らかで優しそうな口元が印象的な老人であった。背は低いが大きな体をゆさゆさ揺らして歩いてくる姿は何とも可愛らしい。老人はアンドレとオスカルの前に立ち笑顔一杯に話し掛けた。
「ようこそ市民アンドレ・グランディエ、女市民オスカル・フランソワ、わしは町長のピエール・マシュランと申す。よろしく」
老人はこの町の町長であった。町長に迎えられ漸く2人はこの町に滞在する事を認められ真の夫婦と認められた。
町長と2人は堅い握手をして集ってきた町人たちとも皆、声を掛け合って握手をした。
わらわらと大勢の人が、何処からとも無く現れ幾人ともおぼつかないほどの人数と触れ合った。
女性達は年寄りも中年女も若い娘も皆、遠巻きに2人を見詰めていたが男衆が握手をするので自分達も2人の側に行って握手を求めた。
優しそうで爽やかで好意的なアンドレ。
気品が有って近寄りがたいが意外と打ち溶け合えそうなオスカル。
女達は2人に頬を染めてうっとりしていた。
疲れきった体と心の傷もこの町の暖かな住人の持て成しで癒えそうな予感のする2人であった。