初めての贈り物
             


ドサッ・・・。
枝に積もる雪が落ちたのだろう。
オスカルは、目を覚ました。
辺りは暗く、カーテンで閉じられた窓の辺りだけが明るい。

寄り添って眠る恋人を起こさないように寝台を抜け出し、床に脱ぎ捨てられた夜
着を
取り、身につけた。
寝台を振り返り、恋人の寝姿を見つめるオスカルの瞳が優しい。

部屋の暖炉は消え、冷気が体を押し包む。
オスカルは震えながら、窓辺に近づき、カーテンを開いた。
外は一面の銀世界・・・雪明かりが目に眩しい。

ノエルの夜。アンドレと二人、初めて過ごしたオスカルの誕生日。

屋敷中がノエルに浮かれ、お祝いに盛り上がっている最中、二人は示し合わせ、
その
場を抜け出した。
オスカルの部屋で、二人だけでノエルと誕生日を祝う。

祝いの後は、切なく恋しい一夜になった。

【初めて・・・私の誕生日とノエルを二人だけで祝った】
オスカルは胸が熱くなり、自然に涙が溢れた。
胸に湧き上がるアンドレへの愛。胸を焦がす想い・・・。
涙は止まらない。
窓ガラスの曇りに、アンドレの名前を書いては、拳で消した。
戸惑いながらも幸せに酔いしれる自分がいる。

幸せな一時・・・。

【初めて・・・?あっ、そういえば・・・】
オスカルはあることを思い出した。
涙を拭い、部屋の隅に置かれた小テーブルの引き出しから、小さな箱を取り出す 。
寝台からアンドレの声が聞こえた。
「オスカル、何処にいる」
慌てて、寝台に戻った。

「ここだ。ここにいる」
「 何処に行ってたんだ。隣で休んでいると思ったのに、心配するぞ」
「すまない。雪が落ちる音で目が覚めたんだ」
「雪?まだ、降っているのか」
「今は止んでるが、降り積もった雪が目に眩しいくらいだ」
「窓の側に行ったのか。どうりで、体がこんなに冷たい」
アンドレがオスカルを抱き締めた。

「こら、箱を落とすだろ。止めろ!!」
「うん?何を持っているんだ」
「この箱、覚えてないか」
「えっ、何だっけ」
「もう、忘れっぽいんだから・・・」
シーツの上に小箱を置き、ふたを開け、布に厳重に包まれたそれを取り出した。
アンドレの目の前で、ゆっくり布をめくる。
白い珍しい巻き貝がそこにあった。

「あっ、これは!!」
「思い出したか」

「おまえが屋敷に来て、私の誕生日に初めてくれた贈り物だ」
「覚えてる、忘れるはずがない」
アンドレが懐かしそうに手に取った。
「この貝は、俺が両親と初めて海に行った時に、おやじが拾ってくれた物だ」
「そうだ。『おまえの大事な物だから貰えない』と言ったのに、強引に私に押し
つけ
たんだ」
「迷惑だったか」
「ううん、すごく嬉しかった」

オスカルは、アンドレの手からの巻き貝を取り、耳に当てた。
「こうすると、海の音が聞こえるんだ」
「海の音」
「ああ、綺麗な音だ」
「どれ、俺にも聞かせろ」
オスカルの手から強引に奪い耳に当てた。
「アンドレ!!」

「そんなに怒るな。ちょっとだけ・・・」
アンドレが押し黙る。遠い思い出を懐かしむ顔になった。
「聞こえるだろう」
「うん。海鳴りの音がする。遠い遙か昔の南仏の海だ」
「海を見たことがあるんだ。羨ましい」
「今度、連れていこうか」
「本当か」
「ああ、もっと暖かい季節になったら、二人で南仏に行こう。おまえにあの碧い
海を
見せてやりたい」
「絶対、約束だぞ」
「分かった」
アンドレが笑う。

「おまえと見る南仏の海は、きっと綺麗だろうな」
うっとりした顔でオスカルが呟く。
「俺には、おまえの方が綺麗だと思うけど・・・・・・」
「茶化すな!!」
「俺は、嘘が嫌いだ」
「勝手にしろ」
オスカルが口を尖らす。

「可愛いぞ。そんな顔が見られるなんて、俺は幸せだ」
アンドレが満面の笑みを浮かべる。
「もう」
「この貝は仕舞っておこう。おまえの為に、もっと素敵な貝を探してやる」
「本当だな、その言葉を忘れるな」

オスカルが、貝を布に包み小箱にしまい、小テーブルの引き出しに戻した。

「忘れないようにご褒美をくれ」
寝台に戻ったオスカルに、アンドレが言う。
「褒美?何を言ってる!!貝を探してくれたら、褒美をやろう」
「ちぇっ、それなら、おまえの冷えた体を暖めてやるよ。ほら、こんなに冷たい 」
強引に体を抱き締めた。

「こら、苦しい。止めろ、止めろったら・・・」
オスカルがもがく。
「本当に止めていいのか」
アンドレが悪戯ぽく笑う。
「意地悪!!」
オスカルが口を尖らした。
「おまえも素直じゃない」
寝台に体を組み伏せ、口づけを交わす。
アンドレの温もりがオスカルの体にゆっくり染みていく。

オスカルの誕生日は、もう過ぎていた・・・。
雪明かりが眩しいほどに明るい晩だった。
                【終】