魂の回廊


「・・カル、オスカル」
私を呼ぶ声がする。でも私は死んだのではなかったか?バスティーユで、アンドレが待っているからと、ロザリーの手当ても断って。あの私の春風は泣きながら
連れて行かないでと言っていたが・・・。今はどうしているだろう・・・。
「オスカル・・」
私を呼んでいるのは、誰だ?顔は見えない。見えるのは黒髪だけだ。そう、懐かしい黒葡萄色の髪。まさか・・・?
「アンドレ・・?アンドレなのか?」
「やっと気が付いたんだな、オスカル」
「アンドレ!・・ここは何処だ?私は死んだんじゃないのか?死んだはずだ」
「死んださ。俺も、な。だからここにいるんだ。魂としてだけどな」
「ここは何処なんだ?」
「“魂の回廊”、さ。死んだヤツは一度みんなここに来るんだ。そして2日間だけ
 下界に降りることを許される」
「なんでそんなことを知っているんだ」
「聞いたのさ、天使さまに。どうやら俺たちは天国へ行けるらしい」
「一緒にか・・・・?」
「ああ・・・」

「オスカル、許可状はもうとってあるんだ。行ってみないか」
「下界へ 、か。本当に2日間だけなのか」
2日間だけで愛しい人々と別れることができるだろうか。
「ああ。2日間だけなんだ。でも地獄へ行くやつらはそれすら許されない」
「じゃあ・・どこへ行く?」
「俺は行きたいところがあるんだ」
「何処だ?」
「ジャルジェ家さ。おばあちゃんも心配だし、なによりも、おまえの肖像画が見たい。あの時は見えなかったからな・・」
「見えるのか?今は見えるのか!?私は見えているか?」
「ああ、見えるよ。片目だけどな。ここへ着いた途端見えるようになったんだ」
よかった。本当によかった。彼の光を、彼から光を奪ってしまったのは私なのだから。

薄暗い。部屋のなかは私が死ぬ直前そのままだった。どこかですすり泣く声がする。いや、屋敷中からか。
「アンドレ・・・どうだ?」
「ムッシュウの腕は確かだな。見事だよ」
「そうか。・・・ばあやのところへいかないか」
「そうするか・・俺は、おばあちゃんよりも先に逝ってしまったからな」
「そういえば私たちが死んでからどのくらい経っているんだ」
「俺は・・俺が死んでからはまだ一日くらいか」
「・・・・なら行こう。私はばあやに謝らなければ」
「何を、だ?」
「約束を破ってしまったからな・・」

「オスカル様・・お嬢様・・・約束したじゃありませんか・・うっうっ、アンドレまで私を置いて逝くなんて」
ばあや、すまない。でも分かっておくれ。私は幸せだったのだから。アンドレと
我が夫と離れ離れにならずにすんだのだから。愛する人々のために戦い、生きることができたのだから。
「オスカル、旦那様と奥様のところはいいのか?」
「今、行く・・・・だが・・・」
「どうした?」
魂となった今も私を見つめてくれる、黒い瞳。やさしく響く声。
「私は・・怖いんだ。父上の意に背きそれでも信じてくれと勝手なことを・・
 そして父上と母上よりも先に死んでしまった。それでも許してくれているだろうか・・・親不孝者の私を」
「大丈夫さ」
実体がないはずなのに後ろから抱きしめられているのがわかる。やっぱり私の
泣き場所は、安らぐ場所は彼の、アンドレの許なのだと、今更ながらに思った。
「アンドレ・・側に・・いてくれ。私を離さないでくれ。私は・・・臆病者だ。死んでいても・・怖れるものがある臆病者だ。だから・・・・」
「放さない、絶対に。言っただろう、オスカル。俺はおまえの影なのだと。俺はおまえが存在する限りおまえの側にいる」
「すまない・・少しだけ・・・・・」
聞こえるのは私が彼の胸で泣く小さな嗚咽。そして感じるのは私の髪を撫でてくれるアンドレの手の感触だけだった。
父上、母上、姉上たち。お嘆きにならないでください。私は男として育てられた
おかげで世界を見ることができ、幸せだったのですから。我がロココの女王、
王太子殿下、内親王殿下、国王陛下を裏切ってしまうことになってしまったこと
は耐えがたきことでした。でも私は、後悔はしていません。フランスの国民とし
て市民−シトワイヤン−アンドレ・グランディエの妻として誇りを持ち、貴族であり将軍としてではなく一人の人間として生きることができたのですから。
「・・あの子は。幸せでしたよね。私たちはそう信じていいのですよね」
「ああ・・・そうだな・・。オスカルは私たちの誇りだ。そして信じてくれと
 言った言葉を信じていい。私たちはオスカルを愛していた。信じている。
・・・それでいい」
「そうですよね・・」
「ちっちう・・え、はは・・うえっ・・・わた・・しは、こんなにも・・・・」
「泣いて、いいんだぞ」
「今、父上と母上に・・姿を見せられたら・・幸せだと伝えられたら・・・・」
「知っておられるさ、御二人とも」
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二人が目覚めた時、いたのは教会だった。喪服姿の人が大勢いる。
「あれは・・ロザリーか?」
「そうみたいだな・・・」
真っ赤に泣き腫らした瞳をして喪服に身を包んでいるのはロザリーだった。ロザリーばかりではない。アランたちやベルナールもいる。
「ロザリー、その指輪は誰のだ?」
「奥様から・・オスカル様の御母様からいただいたの・・オスカル様とアンドレ
 にと・・・二人は夫婦だからと」
「・・・じゃあ、はめてやれよ」
「うん・・・・」
「母上が・・・?」
棺に入っていたのは私とアンドレだった。ロザリーはその指輪を私とアンドレの
左手の薬指のはめていく。
「あれは・・・・」
「奥様は知っておられたんだな・・・」
「ああ・・・・・」
                To Be Continued・・・