魂の回廊・天界編



「オスカル、時間だ。もう戻らなければ、体が」
「どうなるのだ?」
「今、俺たちには実体がない。だから脆いんだ。急がないと消えてしまう」
「死ぬの、か?もう死んでいても?」
「死ぬんじゃない。消える。消滅してしまう。魂として存在することもない。
 “無”にかえってしまう」
「そんな・・・・」
「だから、帰ろう。ロザリーたちはいつまでも見守ることができるから」
「ああ・・・」

長い螺旋階段を昇る。天に向かって。不思議だ。先が見えないほど長いのに疲れる事がない。もしかしたら、歩いていないのかもしれない。
「そういえば・・・一度ここを通ったか」
「それはそうだろ。ここは“魂の回廊”の一部で天界への唯一の通路なんだから」
「あれは・・・・?」
見えてきたのは光。今までのところは薄明るいという感じだったが先のほうに、光が見えてきたのだ。それも強い光が。
「あれは・・・多分、天界への扉だろうな」
「あれが・・・・・・」
不思議なことに遠かった扉がいつのまにかすぐ目の前にあった。扉といっても
閉じていない。そして純白の翼を持つ者も。
「よく、ここまできましたね。下界にとどまりすぎてしまう人もいるのです」
「あなたは・・?」
「私はここで魂たちを迎える役目にある天使の一人ですよ。さあこちらに」
「あの扉は閉めていなくてよろしいのですか?」
「大丈夫です。あまりにも穢れきった者は入る前に光に焼かれてしまいます」
しばらく天使についてゆく。あちらこちらに真っ白な建物がある道往く人もみな純白の衣。そして装飾品は銀が過半数を占めていた。
「あ・・・」
いつのまにか二人の左手の薬指には銀と小さな石のついた指輪がはまっていた。
「さあ、ここがあなたたちのいるべき場所です。アンドレ・グランディエ。
 オスカル・フランソワ・ジャルジェ、いいえ、オスカル・フランソワ・グランディエ。近くに知り合いがいるはずですよ」
そう言い残して、天使は消えてしまった。
「隊長!アンドレ!」
「ジャン?!フランソワ?!」
「オスカル様・・アンドレ」
「ばあや!」
「おばあちゃん!どうして先にここにいるのさ」
「下界に行かなかったからに決まってるじゃないか。この方もいらっしゃるんだよ」
「オスカル!」
「殿下!ルイ・ジョゼフ殿下!」
「よかった。また会えたね。あのね、この子もいるよ」
そういってうしろに隠れていた子を指し示す。黒葡萄色の髪、サファイアの瞳の
小さなの男の子。
ジャン、フランソワ、ばあや、ルイ・ジョゼフ殿下。けれど男の子には見覚えがない。けれどその髪は、その瞳は。
「・・・名前は?」
「ないの・・。生まれる前にママとパパが死んじゃったから。でもあなたたちを
 恨んだりしてないよ。ここも楽しかったし、パパとママもきてくれたもの」
「僕たちは、この子のことをル・べべ(赤ちゃん)って呼んでいたんだ。だってあなたたちの子供だから。名前、付けてあげなよ」
「どうする?何がいい?」
「オスカル、お前も母親ってことか?」
「じゃあ、お前も父親だぞ。・・・シャンはどうだ?」
「シャン?」
「ドイツ語でな、“美しい”という意味なんだが。ダメか?」
「いいんじゃないか。・・・じゃあ、今から、ル・べべは卒業だな。シャン、
 いいか?」
「うん」     
「おい、アンドレ、ここに来た途端に父親だなんて大変だな」
「そうだな」
「アンドレ、お前に似たのが髪だけでよかったな。髪以外、絶対隊長似だぞ。
 美形だな、うん」
「うるさいぞ、ジャン」
「あはははは」
「笑うところじゃないと思うが、フランソワ」
「悪い、悪い。つい、な」
「ったく」
「ああ、天使さま」
「ばあやさん。グランディエ夫人に贈り物です。渡してくださいね」
「はい」
グランディエ夫人。やはりそうなのかと、あらためて思う。まあ、子供がいるぐらいだから、今更驚いたりはしないが、ここに来たときは驚いた。アンドレと同じ髪をして、オスカルの面影を宿す男の子がいたのだから。
「なんでしょう、これ。ともかく渡さなくては」
それは独り言。そしていそいそとオスカルのもとへとむかう。
「オスカルさま。贈り物だそうです」
「贈り物?誰から?」
そう言って振り向いたオスカルの顔は軍人としてでの凛々しい顔ではなく、優しい、妻であり、母である、柔らかい笑顔。
「天使さまからです。・・・あら、これは」
広げられたそれはドレス。純白の美しいウェディングドレス。
「お召しになったらいかがです?」
「そう、だな」
装飾はシンプルだが、それがかえってオスカルの美しさを際立たせている。
「お美しゅうございますよ」
オスカルが生前、ドレスを身に纏ったのは一度だけ。その時も美しかったが今の方が断然美しい。
オスカルはあの時を思い出していた。フェルゼン。あのとき、本当にあの人を愛していたのだろうか。アンドレを愛しつつも身分という壁に阻まれて、気付かない振りをし、代わりにフェルゼンを見ていたのではないだろうか。でも、もういい。今は愛する人がいる。ここで、いつまでも一緒にいることが出来る。それでいい。いつまでも。いつか共に魂の回廊を通り、生まれ変わるまで。

                    fin