黒髪 1



 私、ジョゼフィーヌ・ド・コラールは目の前の光景が信じられなかった。知らせを受け、慌てて実家のジャルジェ家に飛んできた私を待っていた光景。3歳年下の美しい妹、オスカル・フランソワと小さい頃からずっとこのジャルジェ家で育ったアンドレ・グランディエの躯(むくろ)が横たわっている。オスカルは白い顔に笑みさえ浮かべて、まるで眠っているようだ。その顔はあまりに美しく、子供の頃から知っている妹の顔ではあるけれど、今まで見たことも無いような柔らかな表情をたたえている。アンドレは・・・アンドレは、私が昔憧れた黒髪が乱れたまま横たわっている。私はそっと近づきアンドレの髪を整えてやる。途端に何も見えなくなった。涙が溢れて溢れて、気がつくと、周囲が驚くほどの声を上げて泣き出していた。
 そう、私は、昔からこの黒髪に触ってみたかった。やっと触ったときは、その黒髪の主は神の御許に旅だった後だなんて・・・。
 

 ―私が初めてアンドレに会ったのは、そう・・・、あれは、ばあやが彼を連れてこの屋敷に戻った日の晩餐の席だった。
 家族がテーブルにつくと、お父様がばあやに合図を送った。そのばあやに促されるように部屋に入ってきたのは黒髪の少年。
「皆に紹介しよう。今日からこの屋敷に住むことになった、ばあやの孫のアンドレ・グランディエだ。オスカルより1歳年上で、オスカルの遊び相手兼護衛が役目だ。皆も仲良くするように。」
お父様はそれだけ言うと食前のお祈りを始めたけれど私は彼の黒髪から目を離すことができない。あんな黒髪は今まで見たことが無い。黒っぽい髪はベルサイユでもパリでも時折見かけるけれど、そのほとんどが濃い茶色。なのにアンドレの髪は夜の淵に誘うような深い、深い黒。大地を覆うような闇の黒。そこだけ違う空気が張り詰めているように美しい色で、私は息ができなくなる。「息を呑むってこういうことかしら・・・。」難しい本の中に出てきた言葉を思い出しながら、今は部屋を出ていってしまった少年の黒髪への好奇心が募っていく。オスカルの代わりにいろいろな貴族の子息達の相手をさせられたから、私の中の男の子のイメージはあまり楽しいものではない。でも、なんだかそのイメージに、あの少年の印象は重ならない。
 姉妹の中で、お父様の金髪碧眼を受け継いだのはオスカルただひとり。私はというと・・・、お姉様たちと同じように、お母様譲りの柔らかな色の薄茶色。瞳はすみれ色。すみれ色の瞳だなんて、友達にうらやましがられたけれど、私はオスカルの蒼い瞳が大好きだ。邪悪なものは何物をも跳ね返す、強い冴え冴えとした瞳に妹ながらよく見とれていた。でもあの日から私の視線は、屋敷の中で見え隠れする黒髪も知らず知らずに追いかけている。快活なあの少年は、私の知っている男の子と本当に違うのか、確かめたくってしかたがない。時折こっそり後をつけてみたりしたが、その行き先には必ずといっていいほど天使のような妹、オスカルがいて、2人で子犬のようにじゃれあっているのが常。あの子達のすることといったら、本当に男の子の遊びばかりで、私には到底着いていけるものではなく、私に許されるのは、遠巻きに二人の様子をみることだけだったのだ。遠巻きに見ていても、黒い髪と金色の髪のコントラストは、子供心に犯しがたい美しさだと見とれる。それでも私は二人の間に自分の位置を探したくて、あるとき、一人廊下を歩くアンドレを呼び止め、くだらない頼み事をしてしまった。
「アンドレ、あのね、今日の午後お友達が遊びに来るの。その時に新しいゲームをしようと思うのだけれど、一人人数が足りないのよ。お姉様たちは子供のゲームにはつきあえないっていうし、オスカルは女の子と遊ぶのが好きじゃないし、だから、アンドレ、ゲームに加わって欲しいんだけど。」
本当はゲームなんてする予定はなにのに、無理やり話を作ってアンドレを拘束しようとしたのだ。当のアンドレはにこにこ笑って
「わかりました、ジェゼフィーヌ様。その時間、オスカルの用事があるかどうかオスカルに聞いてみます。」
と答える。
「ちょっと待ってよ。何でオスカルに聞かなくちゃいけないの?私はアンドレに頼んでいるのよ。」
「え?だって俺はオスカルの遊び相手兼護衛が役目だから。」
あっけらかんとアンドレが言い放つ。
「これからオスカルと剣の稽古なんです。お返事はまた後で言いに行きます、ジェゼフィーヌ様。」
そう言い残して庭のほうに駆け出してしまった。アンドレは私を「ジゼフィーヌ様」と呼ぶ。オスカルは「オスカル」と呼び捨てなのに。

 ―こうして、私はアンドレの黒髪を視線で追いかけながら、それでもろくに話をすることができないまま、彼がジャルジェ家に来て1年が経った。その頃はちょうどお姉様の結婚話でジャルジェ家は慌しい頃だった。上2人のお姉様はもう既に嫁いでおられて、ジャルジェ家の娘は3人。いえ、オスカルも娘にはちがいないけど、彼女はあくまでこの家の跡取りなんだから、私達とは違っていた。お姉様たちが次々に嫁がれたものだから、私は随分と寂しさを感じており、また、お姉様の結婚話が話題の中心になっている家の中で、私はどこかに忘れ去られたように一人で時間を持て余すことも多かった。オスカルは私とは遊ばないし、アンドレもオスカルとずっと一緒だし。
 天気のいい昼下がり、ふと思いついて普段は行かない裏庭のほうまで散歩したときだった。大きな木の下で、一生懸命本を読みふける黒髪の少年を見つけた。私は思いきって声をかける。
「アンドレ・・・・・。何しているの?こんなところで。」
アンドレは突然声をかけられて一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐさま鮮やかな笑顔を私に向けた。
「今、オスカルが軍事学の授業中なんです。俺には必要ないから・・・。だからここで一人で歴史の授業の復習をしているんです。」
「ふーん、アンドレはオスカルの受けている授業、全部一緒に受けているのかと思っていたわ。」
「いえ、俺は語学や歴史、そのほか基本的な授業のとき、同じ部屋に同席しているだけで・・・。あとは、オスカルが『今日の授業でこんなおもしろい話があった』ということを話してくれるので、それでけっこういろんなことを知ることができるんです。それより、ジョゼフィーヌ様はこんなところで何をなさっているのですか?」
「だって家のみんなはお姉様の結婚話で持ちきりで、私の相手をしてくれる人なんか誰もいないんだもの。」
「あの・・・、俺で良ければ話相手になりますよ。ジョゼフィーヌ様には面白くない話し相手かもしれませんが。」
にこにこ笑う少年。「ずっとあなたと話がしたかったのよ」と喉元まで出ていたけれど、あまり嬉しそうにするのはシャクだから、わざとすましてアンドレの横に腰を下ろした。草の上に座るなんて、ずっとやりたくてもできなかったことだったけど、アンドレ以外誰も見ていないことが、貴族の令嬢という立場を一瞬忘れさせた。。
「ねえ、アンドレの髪は真っ黒だけど、誰に似たの?ばあやは黒い髪じゃないでしょう?」
「ああ、これは俺のかあさんに似たもので。かあさんはそのとうさん、つまりおばあちゃんのだんなさん、俺のおじいちゃんに似ていたと聞いています。だから、おばあちゃん、時々俺の髪を懐かしそうに触るんですよ。」
「へぇ、ばあやがねぇ。でも、本当に真っ黒ね、あなたの髪。」
「この前も屋敷に遊びにきた貴族の子供にからかわれました。まっくろけのやつだって。ベルサイユでは黒い髪の人は珍しいんですか?俺の生まれた町ではそうでもなかったのだけれど。」
「そうねぇ、アンドレほど真っ黒というのは珍しいかもね。それに今は金髪が流行だから。私はまだ宮廷にデビューしてないからよく知らないけど、ほとんどの貴族は自分の髪を金髪に染めたり、かつらをかぶったりしているんだって、お姉様たちがおっしゃってたわ。」
そう話しながら私の視線はアンドレの黒髪に釘付けになった。黒い髪が陽の光を受けて不思議な色に輝いている。黒い髪も金髪のようにキラキラ輝くのだと初めて知った。途端に私はアンドレの髪に触りたい欲求をひたかくした。だって男の子の髪に触るなんてとってもはしたないことだと感じたから。オスカルだったら、素直に触らせていいうのだろうか・・・。
「あの、オスカルとはいつもどんなことを話しているの?あの子ったら、あなたが来てからというもの、本当によく笑うのよ。いったいどんな面白い話をしているの?」
「え?特別変わった話はしていないと思います。今と同じですよ、ジェゼフィーヌ様。」
「オスカルがこんな普通の会話であんなに楽しそうにするの?だってあの子は、小さい頃から自分が読んだ本の話とか、剣の話とか、私が聞いてもちっともおもしろくない話ばかりしたがったのよ。」
「ええ、本の話も剣の話も俺とはよくしますよ。でも、今日一日あったことや、楽しかったこと、面白かったものの話とかしていると、ずっとずっといつまででも話していられますよ。ジョゼフィーヌ様はどんな話が好きなんですか?」
私はどんな話が好きなんだろう。改めて尋ねられると咄嗟には出てこなかった。
(お姉様たちからは宮廷の話を聞くのが楽しい。お母様には楽しかったことや悲しかったことを真っ先に話すわ。お友達とは新しい遊びのことや、時にはちょっと大人びてドレスの話なんかも。そう、わたしも他愛ない話をしているのが一番楽しい。オスカルもそうなのかも。普通の話を普通にしたかったのかも。でも、ほかの貴族の子供とは会話がかみ合わないみたいだし、家の中でもなにか格好つけているみたいだし、とてもあの子が普通の会話をしたがっていたなんて思えなかったけれど。風変わりな妹と思っていたけれど、実は本当は子供らしい感性を外に出せなかっただけなのかもしれない。じゃあ、アンドレがオスカルの子供らしい感性を引き出したのかしら。)
アンドレは相変わらず楽しそうな顔でこちらの様子をうかがっている。
「アンドレ、私、なんとなくわかったような気がする。オスカルがこの頃よく笑う理由を。」
「え?」
アンドレは人と話をするとき、まっすぐこちらを見つめる。多くの貴族の子供はそれができなかった。オスカルに会いに来た貴族の子供の視線は捕らえどころが無く、宙を泳いでいる感じだった。でも、アンドレは・・・黒い瞳をまっすぐこちらに向けてくる。あの瞳を鼻先で見てしまうと素直に何でも話せそうな気がした。ちゃんと私の話を聞いてくれているって、思えた。
「ねえ、アンドレ、あなたの生まれた町の話をしてちょうだい。ベルサイユとは全然違うの?」
アンドレは話した。私がそれまで知らなかったベルサイユ以外のフランスの様子。その話を聞きながら、私はアンドレと始終一緒にいるオスカルがまたうらやましくなった。
(オスカル、あなたったらいつもこんな会話をしていたのね。それであんなに楽しそうに笑っていたのね。ええ、確かにアンドレと話していると楽しいわ。今までオスカルに会いに来た貴族の子供の相手を身代わりになってしたとき、全然楽しくなかったのは、みんな自分勝手に自分の好きなことだけ話したり、こちらの話を聞いていなかったりしていたせいだわ。アンドレは私の話を聞いてくれる。そして、楽しい話をしてくれる。オスカルでなくてもアンドレと一緒にいると楽しく感じるわ。)
 それから私達はよく話をするようになった。もちろん、アンドレの側にはいつもオスカルがいたけれど、軍人教育のための家庭教師が来ている間など、二人が離れているとき、私はアンドレと話をするため、彼の姿を探した。アンドレは一人で図書室にいることもあったし、屋敷の仕事の手伝いをしていることもあった。でも一番のお気に入りはやはり裏庭の木陰のようで、雪の降る冬や雨の日以外は木陰で勉強するアンドレの姿をよく見かける。私は彼の勉強の邪魔をしていたけれど、彼は少しも嫌な顔をせずににこにこと私の話を聞いてくれるのだ。

 ―そしてまた1年がたって、私は宮廷にデビューした。
 私にとっては待ちに待った宮廷デビューだったけれど、想像以上につまらないというのが正直なところだ。夜会に出席してもすぐ帰りたくなる。それまではお姉様たちから聞かされていて、興味しんしんだったけど、家に遊びに来る貴族の子供たちを大きくしただけの人達が多くて・・・。他の令嬢たちも噂話ばかり。そこでもやっぱりアンドレのようにきちんと人の話を聞ける人が少ないのにがっかりしていた。
「ジョゼフィーヌじゃないの、お久しぶり。ご機嫌いかが?」
「あら、ごきげんよう。最近、ちっとも家のほうに来てくださらないのね。」
「ええ、わたくし、オネガ公爵の令嬢と仲良くなったの。」
ジャルジェ家より身分が高い家に取り入ることができたといっては、それまでの付き合いを止めてしまう人も多かった。大人の世界の汚さ、醜さに私はほとほと嫌気がさしていた。それでも、ジャルジェ家の令嬢という肩書きが私を拘束していた。ある日私は社交界での人間関係に嫌気がさして、夜会から帰った後、どうしてもアンドレと話がしたくなった。
「アンドレはもう眠ってしまったかしら。」と思いながらもアンドレの部屋に行ってみることにした。もちろん、宮廷デビューした令嬢のすることじゃないと分かっていたけれど、このままでは眠れない。彼の部屋のある最上階の東の角のドアの前にたどり着いた私がノックしようとしたとき、中から子供同士の話し声が聞こえてきた。思わずドアに耳をつけて聞き耳を立てるなんていうはしたない行為をしてしまった。聞き覚えのある2つの声が聞こえる。
「・・・・・まったく、あの時お前が突然飛び掛ったから、アシュラック伯爵の息子はすごく驚いていたぞ。」
「だってアンドレ、あいつったらお前とは遊ばないっていうんだもの。」
聞こえてくる声のアンドレ以外の声の持ち主は紛れも無く、オスカルだ。
「そりゃ、貴族のお坊ちゃんにしてみれば、平民の俺と遊ぶのはプライドが許さないと思っているんじゃないか。」
「それが僕は許せないんだ。アンドレは僕の兄弟だし、一番の親友だ。親友を馬鹿にするのは許さない。」
「オスカル、それが貴族社会だろう。俺、ジャルジェ家に来ていろんな貴族を見て思ったよ。多くの貴族は貴族以外を人間と思っていないって。俺が生まれた村にも領主様がいたけれど、そんなに接点なかったから知らなかったんだ。でも、他の貴族の子供になんといわれようと、俺はなんとも思っちゃいない。俺には、お前がいる。お前はいつだって俺と対等に接する。だんなさまだって奥様だって、俺を可愛がってくれる。きっとほかの貴族のお屋敷だったら、こんなふうにはいかなかっただろうなぁ、って俺思うもの。おばあちゃんがジャルジェ家大事と常々口うるさくいっているのがよくわかったよ。それだけジャルジェ家の人達が俺達を信用してくれているんだって。ほかの貴族が俺のことを何とみようが、そんなことはどうでもいいんだ、オスカル。お前さえ、俺を認めてくれれば。」
「アンドレ、何があってもお前は僕の一番の友達だ。」
「ありがとう、オスカル。・・・・それにしても、あの時のアシュラック伯爵の子息の顔といったら・・・。」
部屋の中からは子供が楽しそうに笑い転げる声が聞こえてきた。重なり合う楽しそうな笑い声。私はそのとき初めて、オスカルが度々アンドレの部屋に来て、二人でいつまでもおしゃべりして笑いあっていたことを知った。
 私は何をしようとしていたのか。自分の気持ちをアンドレにぶつけるために彼の部屋までおしかけようとした。それでは私がうんざりしていた貴族の子供と何も変わらないではないか。自分勝手に自分の話ばかりをする貴族の子供と。私は到底2人の中に入れないと思った。アンドレが私の話を聞いてくれるから、私はアンドレと話すのが好きだった。でも、アンドレは?アンドレが本当に楽しいのはこうしてオスカルと話しているときなんだとやっと分かった。オスカルはアンドレを、アンドレはオスカルを認めて、お互いを大切に思っている。二人は既にお互いを大切な人間として尊重しあっている。私は今まで、自分が話したいというわがままだけでアンドレの勉強のじゃまをしてしたことを恥ずかしく思いながら、彼の部屋の前から遠ざかっていった。

 その年の冬。ある雪の日にオスカルが無理やりアンドレを外に連れ出して剣の稽古をした。そのせいで2人とも揃ってひどい風邪をひいてしまった。アンドレが屋敷に来てから毎日のように屋敷中に響き渡っていた2人の笑い声がなくなり、代わりに薬湯を運ぶ慌しい足音やらシーツを変えるために行き来する女中たちの忙しそうな様子が何日か続いている。私はそっとオスカルの部屋を訪ねてみた。寝室で真っ赤な顔をして眠っている妹。いつもは雪のように白い肌が熱で緋色に染まり苦しそうに息を荒げている。私が顔に手をやると、うっすらと目を開けたオスカルは、真っ先に私に尋ねた。
「姉上・・・、ア・・アンドレは?アンドレの具合はどう?」
「大丈夫よ。昼間お母様とばあやが話しているのを聞いたら、だいぶ落ち着いたって。」
「僕が・・・僕がいけないんだ・・・。僕がアンドレを雪の中に連れ出したから・・・。」
「大丈夫、アンドレもちゃんとお医者様に見てもらっているから。すぐに良くなるって。だから、オスカル、安心して休みなさい。」
私がそういうと、オスカルはうっすら微笑んで眠りの中に入ってしまった。私はそっと廊下に出て、今度はアンドレの部屋に行ってみた。みんなにみつからないようにそっと足を忍ばせて部屋に入る。初めて入るアンドレの部屋は私達の部屋とは随分と様相がちがっていたけれど、それでも清潔ですっきりしている。アンドレは眠っていた。
「なんて無防備に眠っているのかしら。」
安心しきったように深い眠りにあるアンドレの寝顔を私はまじまじと見つめた。柔らかな頬はあどけない子供のものだけれど、意志の強そうなしっかりとした眉、すっきりとした鼻、唇は小さく開いて寝息をたてている。
「アンドレってかなりかわいい顔をしているわ。」
アンドレの隣にいつもいるオスカルが本当に天使のようにかわいいため、私は見逃していたけれど、黒髪に縁取られた顔は整っている。
「ふーん、大きくなったらどんな顔になるのかしら・・・。ふふふ・・・。」
私は楽しい想像を膨らませじっくりとその顔を見つめていた。するとまぶたが動き、ゆっくりと開かれると黒々とした瞳がこちらをみつめた。アンドレはしばらく状況がわからないみたいで不思議そうに私を見つめていたが、やがてはっきりと意識を取り戻すと慌てた。
「ジョ、ジョゼフィーヌ様。どうしたんですか。」
飛び起きながら私に尋ねた。
「だめよ、アンドレ。ちゃんと寝ていなくては。まだ完全に治っていないんだから。私はオスカルに代わってあなたの様子を見にきただけ。」
「あの・・オスカルは?大丈夫ですか?」
「ええ、お医者様の薬で眠っているわ。大丈夫よ、2―3日もすれば治るわよ。お父様の子供ですもの。オスカルがね、あなたのことを心配していたから、だから私が代わりに様子を見にきたっていう訳。」
「あ・・・オスカルに伝えてください。風邪を引かせるようなことしちゃってごめんって。俺がいけないんです。俺の腕が、オスカルの剣の稽古に十分でないから、だから手間取って長時間雪の中に・・・。俺のせいなんです。」
まったく、なんという子たちだろう。お互いがお互いをかばっている。お互いがお互いを一番に心配している。余程気が合うのね、と私はややあきれ顔になってアンドレに言い聞かせた。
「治るまではしっかり体を休めたほうがいいわ。でも、多分あなたのほうが少し早く治りそうだから、治ったらオスカルに顔を見せてやって安心させてやってくれる?」
「もちろん、ジョゼフィーヌ様。」
「さあ、アンドレ、あなたも早く眠らないと治らないわよ。」
私は弟ができたみたいにちょっとお姉さん気取りでアンドレを寝かせ、毛布をかけてそっと部屋を出ていった。出て行くとき、後から
「ありがとう、ジョセフィーヌ様。」
という声が聞こえた。
 3日後、ようやく起きあがれるようになったオスカルを見舞っていると、ドアをノックする音。オスカルが「どうぞ」というとそっと黒髪の少年がドアから顔を出した。
「アンドレ!!」
オスカルはうれしそうな声を出す。
「あ、あの・・・、入っていい?オスカル。」
「もちろん、早くこっちに来いよ。」
「オスカル、大丈夫?」
「ああ、もう起きあがれる。アンドレは?」
「俺はお前より頑丈にできているみたい。もうすっかり治ったよ。」
「そうか、よかった。」
こうなると、もう二人とも私のことなど眼中に入らないみたいで、ずっと自分がどんなに苦しかったかを報告しあい、それぞれが風邪の原因を作って悪かったと謝りあっている。私の出る幕ではなさそうなので、私は部屋を出ていった。しばらくして、私はまたオスカルの様子を見に彼女の部屋に行った。すると、金色の髪と黒い髪の子供が寄り添うように眠っていた。私はまるで絵を見ているように気分になってしまって、しばらく二人の様子に見とれていた。するとそこにお母様が入っていらっしゃった。私はアンドレがつまみ出されるかとハラハラしたけれど、お母様は二人を見ると
「あらあら。」
といったまま微笑んでいらっしゃるだけ。そして私のほうを見て
「あなた、二人に見とれていてんでしょう?」
と尋ねられた。私は図星されて顔を真っ赤にしてしまった。その私の肩を抱いてお母様は
「この二人に見とれない人間のほうがどうかしているわ。オスカルの金色の髪はアンドレの黒髪に映えて一層際立って美しいし、アンドレの黒髪もオスカルの金髪の隣にあって一層深みを増しているわ。」
と、まるでご自分の子供のことではないようにその美しさを称えていらっしゃる。そして、お母様もしばし二人に見とれていた。お母様は私に、アンドレを起こして、病み上がりだからあまり無理をしてはいけないと伝えるよう言い残して部屋を出て行かれた。私はもう少しの間、この美しい絵のような子供達を見ていたくて、アンドレを起こさなかった。