C'est juste amour
会いたい.....無性にそう思った。
さっき別れたばかりだ....もう一人の自分が冷静にそう答える。
心も身体もへとへとに疲れきって、暗闇の中くず折れるように寝台に倒れこんだオスカルは
その豪奢な金色の髪をシーツの波間に漂わせていた。
三部会の招集、王太子の死、国民議会の成立....彼女を取り巻く環境は今年に入って
急速に展開し、彼女を疲労困憊にさせていた。
時として女である彼女の限界を超えてしまう事も多々あった。その白い顔から血の気が失せて
馬上で眩暈を覚えることも何度もあった。
そんな時いつも傍らから救いの手が伸びる。慣れ親しんだ指、大きな掌。
会いたい、一緒にいたい.....。
いつからそう思うようになったのだろう?
その感情が紛れもない「恋」であることに気づいたのはいつだったのだろう?
自分でも知らず知らずのうちに内に芽生えてしまったその想い。
だがオスカルはその想いを心の中に閉じ込めて鍵をかけてしまった。
彼を拒んだのは紛れもない自分。彼を傷つけてきたことに対するこれが報い。
灯りも点けないままオスカルは自分の腕を抱きしめた。
彼と喧嘩をした。
きっかけは些細なことだった。今となってはもう理由も思い出せない。
とにかく「顔も見たくない!」「こっちこそ!」といったような会話をし、文字通り右と左に別れる
ようにして自分の部屋に戻ってきたのだった。それから一時間も経っていないというのに、
オスカルはもう後悔しはじめている。
彼は悪くない。きっと悪いのは自分の方なのだろう。
彼の差し伸べる温かな手を待っていたはずなのに、いざ差し出されてみるとささくれだった
彼女の気持ちはそれを拒否してしまっていた。
彼が言った何気ない一言が無性に癪に障ってついとげとげしい態度で応じてしまったのだ。
明日は久々の休みだというのに、こんな気分のままどう過ごせばいいというのだ?
普段なら例え口喧嘩したとしてもどちらかがどちらかの部屋へ酒を持って訪れ、別に
謝るというのでもなくそのまま時を過ごすのが常だった。幼馴染、気のおけない親友同士
ならばそれで全てが済んだのだ。
だが、今回は勝手が違った。
オスカルの心の中に巣食う新しい感情がどうやら彼女を素直にさせてくれそうにない。
会いたくてたまらないのに。会って話すことがいくらもあるのに。
いや、話をしなくてもただ側にいてくれるだけでいいのに。
自分のそんな感情を無理やり引きほどいて、ただ単に話相手が欲しいだけだ、などと空しい
言い訳まで自分に用意してオスカルは一人きりで窓の外をいつまでも眺めるのだった。
翌日は朝からどんよりした天気だった。
自分の感情がそのまま天にまで見透かされているようで、オスカルはつい顔を顰めた。
「雪が降ったらいいな」
確か昨日の朝そんな会話を彼と交わしたような気がする。
何故、と問う彼に他愛もない子供っぽい答えを返したことがまるではるか昔の出来事のようだ。
オスカルは苛々と爪を噛みながらも、いつも彼がその仕草を咎めることをふと思い出しまた
歯噛みしたいような気持ちになった。
「オスカル様、どちらへ?」
乗馬鞭を手に外へ出ようとする彼女を見咎めた侍女への返答もそこそこにオスカルは
外へ出た。今日ばかりは目敏い彼に出くわす前に何処かへ行ってしまいたかった。
幸か不幸か厩舎に彼の姿はなく、幾分ほっとした反面がっかりもしながらオスカルは馬に
またがる。
愛馬に鞭をくれながらも、素直でない自分に今更ながら腹が立つ。
そんじょそこいらの男に負けるわけにはいかないと自分で自分に鎧を着せてきたけれど、
肝心の時に素直になれないなんて。
やがて曇天は冷たい雨に変わったが、オスカルは考え事に夢中で全く気付いていなかった。
しばらくただひたすら馬をせめていたが、彼女の愛馬が抗議するかのように
一度大きく嘶いたのでオスカルははっとして我に返った。
「雨か.....」
空から降り下りてくるその冷たいものが自分の心のもやもやまで洗い流してくれればいいのに。
オスカルは馬を下りるとそんな気持ちで天を振り仰いだ。
どのくらいそうしていたのだろう?
冷たい雨はいつのまにかひらひらとした雪に変わっていた。
オスカルは長い間ただじっと目を閉じて天を仰いでいた。
先ほどまでの雨とは違い、頬にかかる雪は優しくてその冷たさまでが心地よい。
恍惚となりながら無心のままため息をつくと、ふいに暖かい何かに包まれたような気がして
振り返った。
ぱさり、と無造作なようで優しくかけられた外套。
そこには今一番会いたくなくてそれでいて一番愛しい人物が彼女を見つめていた。
「アンドレ.....」
思わず懐かしい名を呼ぶ。それだけで心臓の鼓動が高鳴る。
「ここだと思った」
にっこりと微笑んでアンドレは言った。
「うん.....」
「雪、降ったな」
「うん.....」
優しく響くテノールが耳に心地よい。
オスカルは何故彼に自分の居場所がわかったのか問わなかった。
言わなくたってわかるのだ。自分の行動なんて彼にはお見通しなのだから。
多分もうこれ以上自分の気持ちに嘘をつくことなんてできないだろう。
今まで他人が何と言おうとも自分が自分らしくいられたのも全て彼のおかげ。
わがままを言って困らせても理不尽な仕事に激しても、重圧に耐えられなくなって涙しても
いつも側には彼がいた。
恋をすれば言葉なんていらなくなる。
オスカルは肩の力を抜いてアンドレに微笑みかけた。彼も自然と微笑み返す。
「さあ、帰ろう。このままだと凍えてしまうぞ」
「うん.....」
まだ彼の胸に飛び込むにはまた別の勇気がいる。
オスカルは今彼女が出来る精一杯の意思表示....かすかに肩を抱くアンドレに凭れ掛って
目を閉じた。
アンドレも驚かなかった。
ほんの微かにためらいが残る仕草ではあったけれども、そのまま彼女の重みを受け止めて
二人一緒に空を仰いだ。
FIN
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