『雨音』
俺はオスカルの部屋の前にいる。わかってる、わかっている。
中での彼女の気持ちはわかっている。
思っても届かない。しかし決して言葉にすることは許されない
お前の想い・・・・。
自分の女としての気持ちを彼に見せないよう、きずかれぬ様に
言葉を交わすお前・・・。フェルゼンとお前・・・。
外の雨は痛々しくもあり狂おしい俺の気持ちを雨は優しくなだめる。
「・・・オスカル、ショコラを持ってきた。」
当然返事はない。俺にまで平然にしていようとするのか?
それならばもう遅い。この俺がお前の変化に気がつかない
はずないだろう・・・。王妃と彼から目を伏せることもせず平常
であることがお前にとってどんなに辛い事か・・・・。
「入るぞ。」
「ちょっと待て!今開ける・・・から・・少し待て。」
隠そうとしても無駄だぞ、お前の涙を。
「待たせて悪かった。」
目を腫らした彼女がそっと扉を開ける。
それでも普通を装っているつもりなのか・・・。
俺はショコラをテーブルの上にそっと置き、すぐにその場を去ろうとした。
今ここに居ては彼女を汚してしまうから。
彼女のすべてを壊してしまうから。
「待て、アンドレ。少しここに居てくれ。何も話さなくていいから。
ただ一緒に雨音を聞いているだけでいいから。小さな頃のように・・・・。」
俺だってそうしたかった。
つんと冷たい空気の部屋。身体が凍てつく・・・・。
「・・・・それはできないよ、オスカル。俺はこれから馬車を修理しなければ」
「だめだ!今日は私と一緒に・・・。」
・・・・そんな声を聞いて俺が断れるとでも思ったのか?
こたえは決まっているじゃないか。
「わかりました。・・・今日だけだぞ。」
まともにオスカルの顔なんか見られない。
彼女はきっと俺がお前に対する痛みと同じ形の痛みを
俺ではない男に抱えていることがわかっているから。
愛する者への胸の熱いなにかをこぼさぬよう壊さぬよう抱えているのがわかるから・・・。
「明かりを消してくれ、アンドレ。」
「何を言っているんだい。もうこんなに外は暗いのに」
俺は必要以上に早口になる。
「ほら、小さな頃私が父上に叱られて1週間部屋から出してもらえなかったとき、お前とこうして毎夜こっそり真っ暗な中で色々な話をしたじゃないか。」
今の俺には首を横に振ることしか許されていない。
「もうあの頃とは違う。・・・・違うんだよ、オスカル。」
彼女は悲しく微笑んだ
「・・・・ふっ・・・違うか。」
俺は黙ったまま部屋を立ち去ろうとドアに手をかけた。
・・・・・泣いている・・・。
背中から伝わってくる部屋の空気が俺に教えている。
【オスカルは泣いている。】
とうとう隠し切れなくなったのか・・・。
「見るな!見るな!・・・み・・見るな。」
もう遅い。
振り向いて抱きしめる。傷だらけの彼女を壊れるくらいに抱きしめる。
「・・・・やめろ。離せ・・はなせ、アンドレ・・。」
抵抗する彼女に力はない
「いいから。今日はいいから。黙って。このままで・・・・。
雨のせいで俺は何も聞こえない。
暗闇のせいで俺は何も見えないから・・・・。」
彼女の全身の力がぬけていった。
「もう・・・こんな役回りはたくさんだ・・・・。」
彼女が吐き捨てた台詞は、ずっと抑えていた彼女自身の気持ちをいとも簡単に解いていった。
やがて暖かい雫が俺にたくさん降ってきた。
いままで1度も見せたことのない彼女の涙の雫。
彼女は泣いた。泣きじゃくっていた。
俺の腕の中で小さくなって、声を殺して泣いていた。
壊れてしまわぬように俺は大切に抱きしめていた。
もうどのくらい経ったのだろうか。
いつのまにかショコラの湯気も消えている。
彼女の寝息が聞こえてくる。
安心しきっているらしいな・・・俺には。
ふぅー・・・。思わずため息が出てしまう。
ソファーに座ったままの俺に包まれて彼女は眠っている。
目に涙をたくさん残して。
優しく彼女の頬に口付けた。きっと許されないことだろう。
この俺が天使を愛することは・・・。
でも俺は愛したい。たとえ届かなくとも愛し続けたい。
彼女を抱き上げ寝台に運びその軽い身体をおとした。
主よ・・・許したまえ。
彼女のやわらかな唇に俺の其れを落とす。
神よなぜ彼女を俺の人生におきたもうた・・・・・。
明日の朝はきっと晴れていることだろう・・・・。