春という素晴らしい季節に・・・



革命も過ぎ去り平穏な日々がフランスを満たしている。
革命に生き、その後の世の中も生き続ける2人の若者
オスカル・フランソワそしてアンドレ・グランディエ・・・・。
張り詰めた状況の後。ふんわりした時間は
今だけなのかもしれない。
けれど
見つめあえば自然に笑みがこぼれる。
数ヶ月前では考えられないほどの至福のときが彼らを満たしている。
今の彼らには未来への不安など必要ないのかもしれない。
町外れに小さな教会が建っている。そこには2人が昔から親しくしている友人がいる

彼の名前はルカ。今ではこの教会の
神父なのだ。


その日突然教会の扉にせわしいノックの音が響いた。
「どなただね?こんな真昼間に」
ルカにとっては一番の優雅な時間帯を激しいノックに
奪われてしまったので彼は少しムッとなった。
「私だ!オスカルだ。」
そう言い放つと同時に古い扉がおもいっきり開いた。
「・・・オスカル?まさかあのオスカルかい?いやぁ
連絡もなしに何年ぶりだい!また綺麗になって」
喜ばしい訪問に彼は喜びを隠せなかった。
「っそ、そんなこと言ってる場合じゃないぞ。私は・・・。」
とまで言いかけると彼女は下を向いてしまった。
えらく急いでいるらしい。
「いったいどうしたんだい?久しぶりに会ったというのに」
オスカルの頬はえらく紅潮している。
「私は・・・いや私たちは・・・・。」
「ん?」
「つ、つまりだ。そっ、その・・・・」

その時後ろから人影が近づいてきた。
勇ましく、凛とした・・・・。
彼もまた先ほどの彼女と同じように扉を弾いて入ってきた。
真っ黒く真実を見つめる片方だけの瞳をこちらに向けて。
「君は・・・まさか」
「久しぶり。アンドレだよ」
昔のひっそりと寄り添う、どこか寂しげな姿ではない。
力強く光に満ちた姿。
「いったいどうしたんだい!いきなり二人揃って」
ルカはいきなりの訪問者に口がぽかんと開いてしまっている。
「オスカル、まだ言ってないのかい?」
優しい彼の問いかけにオスカルは黙って首を縦に振った。
そんな彼女に愛しげに微笑む温かい瞳。
「実は俺達ここで・・・」
「やっやめろ!わ、わたしは外の風にあたってくる。アンドレ、
後は頼んだぞ」
慌てたオスカルが顔を真っ赤にして表へ出て行った。
残された二人は思わず顔を見合わせてしまった。ルカはこんなオスカルを見たことが
無かったので目をまるくしている。

「はははっ、きっとオスカルのやつ照れてるんだよ。それで実は・・・ここで結婚式を
あげたいんだ。懐かしいこの場所で」
彼のこんなに輝いた瞳もまた、ルカは見たことが無かっただろう。
「そんなことか・・・・・って!君たち結婚するのかい!」
「そう、それをお願いしに来たんだ。俺はもっと落ち着いてからにしようってオスカル
に言ったんだけど。
どうしても早くしたいらしくて。」
「こちらは一向にかまわないさ!なんたってちっさな頃からの
友達の結婚だ!盛大にやらないとな!」
・・・・こうして春のはじめ4月に結婚式が行われることになった。



「アンドレ!とうとう私たちは本当の夫婦になるんだぞ。
なあ、聞いてるのか?アンドレぇぇぇ」
最近のオスカルはこればかりだ。まるで子供のようにはしゃぎ、
あの革命での勝利の女神の顔はどこにも無い。
「あぁ、聞いているよ。だから頼むから少し離れてくれないか?
これでは馬の手入れが出来ないよ。」
気が付けばオスカルはアンドレにぴったりとまとわりついていたのだ。
はっとしたオスカルは急に恥ずかしくなった。

「わっ、わかっている。し、しかしお前は嬉しくないのか?
ずっと待ち続けた日はもう来週なんだぞ!」
「そりゃ、楽しみに決まっているさ。でも結婚式を終えたら
2人で暮らすだろ。その準備をしなくちゃ。」
「だからこそ、屋敷の生活で2人で居られるのも少しなんだぞ」
わがままなオスカルはアンドレにはかわいくて仕方がなかった。

そこにチョコチョコと小柄な女中が走ってきた。
「こんなところで何なさっているんです。お嬢様!
ウエディングドレスの試着の時間ですよ。さぁさ早く」
ばあやのマロングラッセの声が響いた。
「そうか。それじゃ、行くぞアンドレ」
「ダメです。お嬢様お一人ですよ。アンドレは馬の手入れを行ってますし、なにしろ時
間が・・・・。」
「それじゃ、ばあや。私はアンドレとここで馬の手入れをするぞ。そんなに急ぎなら私
はドレスなどいらない。
式は軍服で結構だ!!」
「な、何をおっしゃいますか!」
今のオスカルをとめられる者はやっぱり彼だけ。
「わかったよ、オスカル。俺もいくよ。」
「仕方がありませんね。さあ早く。急いで」
アンドレは思わずため息。



・・・まだかな・・・。
女の着替えというのはどうしてこんなに長いものか。
時折部屋から嫌がる彼女の声が聞こえる。
いつかの遠い日の光景がよみがえる。
あの時はもっと違った。オスカルは初恋の彼のために
着飾っていた。
今日は違う!
アンドレは幸せを感じて頬がゆるんでいる。恐ろしいほどの幸福に今はただ感謝しな
がら・・・。
「アンドレ、お嬢様のおめしかえが終わったよ。」
アンドレの胸は高鳴った。オスカルが純白のドレスに
身を包んだ姿はどんなに美しいか想像も出来ない。かつて他の男のために着飾った
彼女をちらつかせながら。

「ど、どうだ?アンドレ。」

声が出ない・・・・・・・・・。

まるで聖母マリア。
かつてフェルゼンのために着たドレス姿がかすんで見えてしまう。絹のベールに包ま
れた素肌が彼の心を惑わす。
瞬きの間に消えてしまいそうな細身の身体。
不安そうにオスカルが訊ねる
「おかしいか?もし・・・・お前が嫌だというなら今すぐやめるぞ」
「綺麗だ・・・。俺のものなのはもったいない」
「なっ、これはお前の為に着たんだからな。恥ずかしくて仕方がないぞ!もうっ」
オスカルは顔を背けてしまった。その瞬間、
アンドレはオスカルを自分の腕の中にすっぽりと包み込んだ。
「おい、あっアンドレ!皆が見ているじゃないか!こら、放せっ」
彼女の抵抗をあっけなくはねのけ、
彼は世界中でオスカルだけに聞こえる声でささやく


‘さらってもいいか?’


彼の吐息はオスカルの体をいとも簡単に駆け抜けていった。
思わず身震いしてしまうほどに。
「!!!」
その瞬間オスカルを羽のようにふわりと抱き
アンドレは走り出した。
「おい!アンドレどこへ連れて行く気だ!
私はこんな格好だぞ。外へ出るというのか?」
アンドレは何も言わず猛スピードでらせん階段を駆け下りた。
不思議なことに外は降るはずのない名残雪が降っている。
春の雪なのに何だかさらさらしている・・・・。

アンドレはどんどん走っていく。森の奥まで来てしまった。
が、しかしとうとう疲れ果てオスカルを抱いたまま草むらのなかで
どさっと倒れこんでしまった。
「アンドレ、なにをするんだ!痛いではないか!はなせ。」
しかしアンドレはオスカルを抱いたまま動かない。
「シカトするならばこうしてやる」
オスカルはアンドレのわき腹をおもいきりくすぐった。
「ぎゃははは!オっオスカルなにするんだよ。やっやめろってば
あははは」
「アンドレは右が弱かったよな!昔から。離さないならくすぐってやる!」
そういって二人は草むらの中をコロコロ転がった。
まるで子供の頃のように。

アンドレの腕から抜け出したオスカルはドレスの端をつかみ
丘の方へ走り出した。
「待てよ、オスカル。ドレスが破けるぞ!」
とはいってもアンドレもまた楽しそうだ。
ふたつの影はしばらく跳ね回ったが
森を出たあたりであっさり細い腕がアンドレにつかまった。
そこには一面にタンポポの花が咲き乱れている。
二人に言葉はなくただそれを眺めていた。
アンドレは再びオスカルを抱きしめる。
「なあ、今までにこんなにも美しい花畑を見たことがあるかい?」
深みのある彼の声はそよぐ風によく似合う。

オスカルは蒼い目に涙をいっぱいにして彼を見上げた。
「不思議なことだアンドレ、お前といるとすべてのものがやさしく感じられる。
風の音も草も木も花も・・・。だから、だからお願いだ。ずっとそばに居てほしい。私の
そばで・・・ずっと・・・。」
不器用な彼女の精一杯の愛の言葉だった。
彼はそれに最高の笑顔でこたえる。

‘俺の居場所はお前だけだ。’

そういうと彼女をを空に向かって抱き上げた。
天使のようにふんわりと宙に浮かんだ。
彼の手によって・・・・・。
「これが俺のオスカルです。父さん母さんそして主よ
この世に存在できてよかった。彼女に出会えてよかった。
生まれてきてよかった・・・・・。」

春のはじめ 幸せのはじまり
ずっとずっと昔から定められていた不器用な彼らの愛のカタチ