『古城』 3.
すぐに医者が呼ばれ、オスカルは怪我の手当てを受けた。アンドレは客室の隅で女主人が手当てを受けるのを見ていた。ここはジャルジェ家ではないので主人の肌が見えるからと言って追い出す人間はいない。自分は使用人。空気みたいな存在だ。どうせ貴族は気にとめやしない。ならばと、アンドレはオスカルの怪我の様子や医師の言動を見て聞いておこうと判断した。
「とにかく安静にしてください」
アンドレは、エクストン伯爵と玄関ホールまで医師を見送った。
「先生、ありがとうございました」
「いえいえ、命に別状がなくてよろしゅうございました。オスカルさまは咄嗟に急所をかばわれたのでしょう。鍛錬を怠らない方は体の使い方がうまいですな」
アンドレはその言葉に黙って頭を下げた。医師を見送ったあと、彼はエクストンと話しながら階段を登った。踊り場にさしかかると伯は休憩がてら足を止め、頭上の絵画を見つめた。アンドレが視線の先を
追うと立派な絵画がかけてあった。
「家族の絵だ。もうずいぶん昔の絵だがな」
そこには主人を中心に奥方と小さな子ども達が描かれていた。今まで何度かこの城をオスカルとともに訪問しているのに今の今まで絵画に気がつかなかった。アンドレはその中の黒髪の少年に気がついた。
アンドリュー?
アンドレの視線が少年に釘付けになった。
「お前に似ているだろう?アンドリューはまだ6歳だった」
「・・・・・・・」
絵画の中の少年は屈託なく微笑み、何かを語りかけてくるようだった。
「まるで日の光のような笑い顔」アンドレは小さく呟いた。
オスカルが錯覚したのも無理は無い。今の自分と6歳の頃のアンドリュー。並べて立つ事ができたなら、まるで親子のようだ。
しばらくふたりはそこに佇んでいたが、オスカルの部屋から物音がしたので現実に引き戻された。
「伯爵、失礼します」
彼は風のように階段を駆け上がりオスカルの部屋に向かった。ドアを開けると薬で自由の利かないオスカルが賊に担ぎ上げられて、今まさに梯子から連れて行かれようとしていた。アンドレはオスカルの枕の下から銃を取り出した。非常時にオスカルがいつも枕の下に銃を隠してある事をアンドレは知っていた。彼は、銃の安全装置をはずし賊めがけてぶっぱなした。弾丸が石造りのバルコニーに当たりはねか
えった。
「今のはあいさつだ。今度は心臓を狙う」
「そうしたらこの女は地面にたたきつけられるぜ」
「ハン!その女は、普段から演技がうまくてね。お前らを出し抜こうとあえておとなしくしているのさ。男ふたりでは勝ち目はないからな」
「はったりだ。こんな人形みたいな女に何ができるか?」
「じゃぁ、試してみるんだな。俺が撃つと同時にその女はそこから飛ぶぜ。身の軽いヤツだからな」
アンドレは薄ら笑いを浮かべながら言った。その自信に満ちた言動に賊たちはひるんだ。
「おい、引き上げだ。俺ァこんなところで死にたくない」
「ようやく理解できたか。このウスラトンカチどもめ」
アンドレはふんぞり返って言い返した。
「くそう、また来るからな、覚えてろ」
賊達はオスカルをバルコニーに下ろすと梯子をさっさと降りていった。外ではすでに伯爵が手配した護衛達が待ち構えていた。
あとは伯爵に任せよう。
アンドレは大切な彼女をそっとベットに運んだ。
「ア・・ンドレ」
「傷はどうだ」
「薬であまり痛くないが、けれどお前、すごいハッタリかましていたな」
「聞こえていたのか?」
「あんな大声で怒鳴れば嫌でも聞こえるぞ」
「ハッタリかます時は中途半端はいかん。そう教えてくれたのはお前だ」
「わたしがいつそんなたわけた事を教えた?」
「子供の頃に悪さをするたびに俺に”教育”したじゃないか」
オスカルは軽く彼を睨んだ。アンドレはそれをサラリと受け流すと彼女の体に布団をかけた。
「子どもの頃と言えば・・・・さっきアンドリューの肖像画を見た」
「見たこと、なかったか?」
「あるけど、ない」
「変なヤツ」
「階段を登るとき、あんなに上の方は見ないし、下りのときは後ろ向きになる。大体家族の肖像画ならば、もっと人目につく場所に置くのではないか?」
「はじめは居間にあったのだよ。あの絵は。アンドリューが亡くなってから位置をかえた」
「たしかに階段の上ならば、見えるようで見えない」
「立ち止まって見上げなければ・・・な。で、どうだった?」
「なにが?」
「アンドリュー」
「ああ、そういう意味か。確かに俺と似ている。俺が似ているというべきかな。他人の空似もここまで
くると気持ちがいいと思った」
「それならばこの城の養子にでもしてもらうか?」
「まさかご冗談を!」
ふたりはくすっと笑いあった。冗談の中にも本音が混じった。
もしもアンドレが貴族なら国王に結婚の許しがいただける。
そんな考えが一瞬ふたりの脳裏をよぎった。その考えは一発の銃声に中断された。アンドレはいそいで
バルコニーに踊り出ると賊たちがどうなったかを見守った。
護衛のひとりが銃で撃たれ、撃ったほうの赤毛の男は取り押さえられていた。赤毛男はあらん限りの悪態をついた。わめきちらす赤毛男が抵抗を続けるので、護衛隊はもうひとりの砂色の髪の男から一瞬だ
け注意がはずしてしまった。砂色の髪の男はそのタイミングを逃さなかった。
「あ!おい、サイラス。俺を置いていくのか?」
「あばよ!間抜けな赤毛デブ」
サイラスは護衛の一人から銃をひったくるとそのまま後ずさりをして行った。射程距離を越えたあたりで全力で走り出し自分の馬に飛び乗った。あとには彼の髪と同じ色の土ぼこりが舞うのを皆、見ていた。
つづく
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