男の友情



「隊長はきっと、きっと俺たちが守る。だから」
ぽとっとアランの目から涙がこぼれ、アンドレの頬に落ちた。
アンドレはアランを見上げて苦笑した。
「ふっ。お前に泣いて懇願されるようになっちゃ、俺もお終いだな。」
ついに明日はパリへ出動というその日、
アンドレの身を案じたアランが、アンドレを戦場へ行かすまいと、
アンドレの視力がもうほとんど失われていることを
皆の前でバラしたのだった。
アンドレは立ち上がり、軽く着衣の乱れを直しながら言った。
「フランソワ、ジャン、ピエール、みんな、ありがとう。」
この年下の隊員たちは、まだ泣いて鼻をグズグズさせながら答えた。
「うん、うん、アンドレ。俺たちがついてるからな。」
「俺たちの声を聞き逃すなよ。」
皆がアンドレを取り囲む。
アンドレは仲間たちの優しさに心打たれていた。
「ああ。頼りにしてるぞ。」
アンドレがそう答えると、皆一様に泣き笑いのような表情を浮かべて、その場から去って行った。
彼らの背中を見送りながら、アンドレはつぶやいた。
「いい奴らだな。」
「ああ。」
アランが頷きながら答えた。
皆の姿が見えなくなると、アンドレはアランの方を振り向いて言った。
「今日はもう任務は無いだろう。」
今朝の朝礼で、オスカルから明日の出動の件を伝えられると即、解散となったのだ。
「アラン、折り入ってお前に頼みたいことがある。帰る前にちょっと付き合ってくれないか。」
「頼み?」
アランは訝ったが、黙ってアンドレの後をついて行った。

二人は兵営内を出て、歩いて4,5分のところにあるカフェに入って行った。
「カフェ・オ・レでいいか?」
アンドレがアランに尋ねると、アランは「ああ」と返事をした。
アンドレがギャルソンにカフェ・オ・レを二つ頼んだ。
ギャルソンが下がるのを見届けると、アランが口を開いた。
「で、俺に頼みってのは?」
アンドレは暫しの沈黙の後、話し出した。
「俺は、オスカルを愛している。」
「おいおい、何をそんな分かりきったことを今更」
そんなアランの言葉には答えずに、アンドレは話を続けた。
「あいつは、俺がこの世でただ一人愛した女だ。
十何年間も、それこそ気も違いそうになるほど恋焦がれた、ただ一人の女性。」
アランも居ずまいを正し、真剣な面持ちになった。
そこへギャルソンがカフェ・オ・レを運んできた。
ギャルソンが去ってしまうと、再びアンドレは話し始めた。
「そのただ一人愛した彼女を、俺は俺自身の手で守りたいんだ。分かってくれるか?」
アンドレの真摯な言葉に、アランは感動で心が震えるような気がした。
何という深い想い・・・!
アランが黙って頷くと、アンドレはカフェ・オ・レを一口飲んで言った。
「あいつも、俺を愛してくれている。」
「え!?」
組んだ両手の上に顎を乗せて、視線を落とし気味にしてアンドレの話を聞いていたアランは、出しぬけのアンドレの言葉に、思わず顔を上げた。
無言で尋ねるかのようなアランに、アンドレはもう一度言った。
「オスカルも俺を愛してくれている。」
そうきっぱり言い切ったアンドレの顔は、男としての自信にあふれているようにアランには感じられた。
アランは、感動と、衝撃と、その他もろもろが入り混じった複雑な思いに捕らわれたが、敢えてそれを態度に出さずに、淡々とした口調で答えた。
「そうか。そうなったか。」
「ああ。」
「よかったな。」
「おかげさまで。」
「俺の負けだな。」
「当たり前だ。」
「ふん、抜かしてろ!」
そこで二人は思わず顔を見合わせて笑った。
二人はカフェ・オ・レを飲みながら、しばらく静かに向かい合っていた。
こんなふうに、男同士静かに語り合うのは初めてのような気がする。
この時二人は互いの友情を確かに感じ取っていた。
「俺がオスカルの為に、この命を捨てようと初めて思ったのは、
もう15年も昔のことだ。」
再び静かな口調でアンドレが話し始めた。
「あれは、まだあいつが近衛連隊長付き大尉だった頃のことだ。
俺の不注意から、当時王太子妃殿下だったアントワネット様に怪我を負わせたことがあった。
王族に怪我をさせたとなれば、到底死刑は免れないだろうと言われていた。
それをあいつが命がけで国王に願い出て、俺を救ってくれたんだ。
その時俺は決心したんだ。
オスカルの為に、いつの日か俺はこの命をかけると・・・」
アランは黙って聞いていたが、カフェ・オ・レを一口飲むと、答えた。
「いかにも、隊長らしいな。」
アランは目を瞑る。
オスカルの潔い姿が瞼の裏に思い浮かんだ。
「それから」
アンドレは持っていたコーヒーカップをテーブルに戻した。
「お前だから言うが」
アランもカップを置いてアンドレの言葉を待った。
「今から一年ほど前になるだろうか。
俺は、オスカルを道連れに・・・心中しようとしたことがある。」
アランが〔心中〕という単語にビクっとなった。
そんなアランに気にも留めず、アンドレは話しつづける。
「ちょうどその頃あいつの結婚話が持ち上がっていて、俺は荒れに荒れていた。
お前の言葉にかーっとなって、兵営内で発砲したのもその頃だ。」
ああ、とアランは合点が行ったように頷く。
「俺はあいつの部屋に毒を入れたワインを運んだ。
そしていよいよ乾杯という時、あいつが、偶然にも昔を思い出させる話を始めたんだ。
本当に偶然に、だ。
俺は我に返った。いつの日かオスカルのために命をかけると誓った自分が、
その彼女の命を奪おうとしている!
気がついた時には、俺はグラスをあいつの手から払いのけていた。」
アンドレは向いに座るアランを見つめた。
アランのシルエットがぼんやりとアンドレの目に映った。
「そして再び俺は誓った。オスカルを守ると。
きっと、きっとこの命の尽きるまで、守ってみせると!」
話し終わったアンドレは泣いていた。
アランもまた泣いていた。
アンドレの愛の深さに、また、隊長とアンドレの絆に打たれていた。
ややあって、アンドレが再び話し始めた。
「お前に頼みたいことというのは」
アンドレはやっと本題を口にした。
アランは涙を軍服の袖口で乱暴に拭うと、アンドレの言葉を待った。
「もしも俺が先に死んだら、お前にオスカルのことを頼みたい。」
思いもかけなかったアンドレの言葉に、アランは愕然とした。
「戦下では何が起こるか分からない。
俺が先に逝くような事態にならないとも限らん。
だから、その時は、アラン、オスカルを頼む!」
「アンドレ、お前・・・」
「オスカルを守ってやってくれ。お前だけだ、こんなことを頼めるのは!」
「アンドレ・・・」
アランは涙を禁じ得なかった。
そこまで彼はあの人のために考えているのか。
到底自分は太刀打ちできないと思った。
「いいな?約束してくれ。必ずだぞ。」
アランはコクンと頷いた。
「分かったよ。だけどお前、簡単に死んだら承知しねぇぞ。」
アランはわざと乱暴に言い放つと、カップに残っていたカフェ・オ・レを一気に飲み干した。
アランの言葉に、アンドレはおどけてみせた。
「当たり前だ。そう簡単にオスカルをお前に渡してたまるか!」
「何だと!この野郎!」
「あはは・・・!」
ムキになって突っかかってくるアランをよそに、
アンドレは片手を上げてギャルソンを呼び、会計を済ませた。
アランは仕方なく振上げた拳を引っ込めながら思った。
到底この男には敵わない、と・・・

二人は店の外へ出た。
晴れ晴れとしたいい日であった。
二人は肩を並べて兵営までの道を歩いた。
「アラン、お前も今日はパリの自宅へ帰るんだろう?」
「ああ。お袋に顔見せてやらにゃならんからな。」
「お袋さん、元気か?」
「いや、ディアンヌがあんなことになって以来、病院に入ったきりだ。」
「そうか。大事にしてやれよ。」
「ああ。」
二人が兵営に着くと、ちょうどお昼を知らせる鐘が鳴った。
兵営の門をくぐったところで、アンドレがアランを振り返った。
「じゃあ、明日な。」
「ああ。」
アンドレはくるりと向きを変えると、司令官室へと向って歩き出した。
見えていないなどまるで嘘のように、しっかりとした足取りで__。
アランはアンドレの後姿を見送りながら、しばらくその場に立ちつくしていた。

fin.


《あとがき》
私にとって、ベルばらの重要なポイントの一つとなっているのは、
アンドレとアランの男同士の友情です。
この二人の友情に非常に参ってしまっています。
このお話では、特にアンドレに対するアランの気持ち〔尊敬〕を描いたつもりです。
ジュリアン