| 追憶
ヤツとは、いつのまにか親友になってたな。
へっ、ヤツはどう思っていたか知らないがね。
出会った当初は、貴族のあまに尻尾振ってやがるいやな野郎だと思ってた。
その上、あいつの言葉や行動に、隊長を好きだっていうオーラが滲み出ててさ、
それを目の当たりにすると、なんだかムカついてきて、ついあいつにチョッカイ出したりしてたもんだ。
今から思えば、俺はあの時すでに、隊長のことが好きだったんだよなぁ。
皆が素直に隊長に従うようになってからも、俺一人だけ反抗してた。
それをアンドレのヤツはとっくに見抜いていたんだな。
『まるでケツの青いガキだな。』
そう言ったあいつの得意げな顔を、俺は今でも覚えているよ。
あいつの言うように、俺はただイキガッテるだけのガキだった。
その頃だったかな。あいつの右目が、見えなくなりかけているのを知ったのは。
それはほんの偶然だった。あいつが階段を踏み外したんだ。
運良く俺が後ろから支えてやることが出来たが、
あいつは顔に脂汗を浮かべていたから、おかしいと思ったんだ。
問い詰めたらやっぱりそうだった。
『誰にも喋るな。喋ったら、殺す。』
その時のあいつの顔は、恐ろしい程切羽詰っていた。
俺はゴクンと唾を飲みこんだ。
こいつ、本気だ。そう思った。
こいつのこの剣幕では、多分隊長はこのことを知らないのだろう。
恐らく、一番知らせたくない相手なのに違いない。
俺は重大な秘密を握ってしまったような気がして、その夜は眠れなかった。
アンドレは目がヤバイことが皆に悟られないように、まぁうまくやっていたよ。
フランソワたちも全く気付いている様子はなかった。
まあ、あいつらはボンクラだから、気がつくわけもねぇがな。
しかし、そうと思ってよくよく観察してみれば、実際疑わしい場面は何回もあったんだ。
その度に俺は冷や冷やして、わざとアンドレにチョッカイ出してみたりして、
その場をごまかそうとしたもんだ。
そんな時、フランソワたちはもちろん、アンドレ本人にまで訝しげな視線を浴びせられた時にゃあ、
いったい誰のためだと思ってんだよぉ〜!と啖呵切ってやりたいくらいだったぜ。
一番焦ったのは、やっぱり隊長にバレるんじゃないかと思った時だよな。
隊長にだけは知られちゃいけないって、まるで自分のことのように
ヤツの為に神経使ってた。
その頃まだ素直じゃなかった俺だが、
隊長にだけは知られたくないっていうヤツの気持ちが
何となく理解できるような気がしたからなんだろう。
そんな気持ちは今ならよく分かる。
だけど、そんなことも言っていられない状況が訪れた。
明日はパリ出動というその日・・・
俺は、今から考えればものすごく愚かなことをしてしまったんだ。
『約束を、破ったな、アラン?!』
フランソワやジャンたちのいる前で、俺はヤツの目のことをバラしたんだ。
ヤツの身の安全を慮ってしたつもりだったが、
ヤツと言い争っているうちに、俺は自分が無意味なことをしていることに気がついたんだ。
俺やフランソワが止めたくらいで、聞く耳を持つような彼ではないことくらい、
分かりきっていることだ。
『つまらん意地を張ると、笑いたければ笑え。』
そう静かに呟く彼に、俺たちは心底打たれていた。
ここまで深い愛があるのかと・・・
命ある限り、惚れた女を自らの手で守り抜くのだというアンドレの想いが、
俺たちにビシビシ伝わってきて、俺たちは皆、男泣きに泣いた。
ヤツは本物の男だと感じたんだ。
その時、俺たちは皆、ヤツに共感していた。
そして、皆でアンドレを助けてやろうと決めたんだ。
絶対に隊長には知らせまいと誓った・・・
俺たちは男の約束を交わしたんだ。
しかし、その結果、ヤツはパリ出動のまさにその日、
本当に隊長を命がけで守って、逝っちまった・・・
もうほとんど見えていなかったのだろうに、
アンドレは隊長のことだけは分かったんだろうな。
そう思ったら、泣けてきた。
その日の隊長はいつもの隊長では全くなかった。
指揮さえ続けることが出来ないほど、恋人の死を嘆く一人の女だった。
俺たちはその姿を見るのも辛かった。
隊長は、アンドレの目が見えていないことを、自分が気がつかなかったことに、
ショックを受けているらしかった。
なぜ気がつかなかったのかと、何度も何度も自分を責めていた。
そして、お前は知っていたのかと俺に問いただした。
隊長の質問に俺が小さく頷くと、
なぜ一言私に知らせてくれなかったのかと、俺の胸を両の拳で何度も叩いた。
俺はされるがままになっていた。
隊長の気持ちを思うと、何も返すことができなかったのだ。
隊長は拳を握りしめながら、俺の胸で激しく泣きじゃくった。
俺も一緒に泣いた。
そして、隊長がひとしきり泣いた後、俺は隊長に語った。
アンドレの命がけの、壮絶なまでの深い愛を。
男は、本気で愛した女を自らの手で守り抜きたいものなのだと。
そして、それを完璧にやりとおしたあいつは、本物の真の男であったのだと。
隊長は、そんなことは分からないと言うように、何度も何度も首を横に振るだけだった。
なぁ、アンドレ、そうだよな?
俺は泣き濡れた顔で、空を見上げて呟いた。
見上げた空は澄み切って青く、あいつの心のようだと思った。
あの二人が逝っちまってから、もうじき一年になるが、
俺は今までアンドレのような「真の男」を見たことがない。
常に控えめであったけれど、一人の女性をあれほどまでに愛し抜いた男の中の男。
俺たちに、愛の何たるかを教えてくれた男。
窓の外を覗くと、あの日と同じように空は青く澄みきっていた。
ちきしょう。こんな空を見ていると、涙が出てくるぜ。
全く、らしくねぇよな。
俺は日が暮れるまで、いつまでも窓辺に佇んでいた。
fin.
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