おいわい

「オスカル〜、お〜い、大変だ!・・・どこにいるんだ?」
「ここだ、アンドレ」
オスカルは日課である『◎もいっきりテレビ』の電話相談コーナーをソファーに寝っ転がったまま見続けながら上の空で返事をした。

・・・今日の話はダンナの浮気相談か。この手の相談はいつになってもなくなら無いなあ・・・。うちのアンドレみたいな操正しい男はいないのか。全く!

プリプリしながらも他人の不幸は蜜の味。初めは覗き見趣味のような気がしてなじめなかったが、司会者の毒舌も時には面白く、最後は人情でほろりとさせる演出に今はすっかり嵌っているオスカルである。

「おい、またテレビ見てるのか。全くお前ときたら炊事、洗濯、掃除、なんにもできないのにテレビとおやつだけは忘れないんだからな。ちょっとは俺を見てくれよ」
「見た」
「違う!そんなチラとじゃなくて、じっと見てくれ。お前と結ばれてからというもの・・・」
「幸せなんだろう?」
オスカルはおやつの煎餅に手を伸ばした。
「それはそうだが・・・毎日家事に追われて、その上ベル三十周年記念でリバイバル人気者のお前のマネージャーとしてあれこれ雑用やスケジュール調整はしなくてはいけないし・・・。俺、年が変わってから5キロも痩せたんだぞ。5キロ!」
「いいことじゃないか。ダイエット効果がでてるんだろう。私だっていくらなんでも幸せ太りして、国王陛下みたいに腹が出たお前を連れて歩きたくないから丁度いいんじゃないか?」
「幸せ太り?一体どこにそんな暇が」
ブチブチいいながら長年染みついた習慣でお茶をオスカルに入れてやるアンドレ。
エプロン姿がなぜだかしっくりきている。
「あ、今日のお茶は美味しいな」
「だろう?京都のファンからの差し入れだ」
「ファンは有り難いものだなあ。三十年間私を思ってくれているんだから」
「・・・・正確には‘私達’なんだけど」
「何か言ったか?アンドレ」
「い〜や、別に。」
「全く、もう。お前が横からごちゃごちゃ言うから最後の解決の場面が観れなかったじゃないか」
オスカルはテレビのOFFボタンを思い切り押して、テレビは静かになった。
「それで?大変なこと、っていうとどれくらい大変なんだあ?又、コミケに出席して欲しいっていう申込みがあったのか?あれは握手だけでもで手が痛くなるし、営業スマイルで後からの皺ケアが大変なんだ。お前から断っておいてくれ」
「いや、そうじゃないんだ、オスカル。仕事の逆の話さ」
「というと?」
オスカルはソファに座り直した。髪の毛に煎餅の欠片がいっぱいついている。すかさずアンドレはブラシで髪を梳き、いつもの艶を取り戻そうとする。もう立派なマネージャー兼お世話係。ばあやが見たら涙を流して喜ぶだろう。
「あのhitomiさまが、関西に俺たちが仕事や浮き世の憂さを忘れさせてくれる別邸を造ってくれたんだ」
「え!あのhitomiさまが!?」
「オスカル、そんなに急に動いたら髪の毛がますます絡まるよ」
「別にいいさ、それくらい。それよりもどうしてhitomiさまがわざわざ私の為に・・」
「‘俺たち’だってば・・・。」
「はあ?」
「兎に角、いつも人目に曝されている俺たちが少しでもくつろげるよう、別邸をこしらえてくれたんだそうだ」
「それは・・・大変だっただろうな。私の為とはいえ」
「・・・俺たち!の為だよ」
「まあいいじゃないか、細かいことは。それよりも早くhitomiさまにお礼を申し上げに行こうじゃないか。フライトアテンダントの中には私のファンが一杯いてるから急な飛行機のチケットも何とかなるだろう」

・・・でも実際には働く女性にとってはアンドレの方が人気があり、その威力でチケットはどうにかとれた。

「で、そこはどこなんだ?」
「そこ、って?」
「ゆっくりくつろげる場所」
「確か、関西にあって・・・。名前はパレス・ロイヤルとか言うてたなぁ」
「あ、今、箱根の関を越えたな」
「何で解るんや?」
「お前が関西弁をしゃべれるようになったからだ」

「ここがパレス・ロイヤルか・・・」
「なかなかロマンティックなところやろぉ。hitomiさまのご苦労がしのばれる、っちゅうもんや」
オスカルは思わずアンドレの脇をつついた。
「アンドレ〜。いくら順応力があるお前だといっても、もう標準語に戻ってくれよ。まるで『花王名人劇場』を見てるみたいだ」
「おっと、そんなこと言ったら年がばれるぞ・・・っと。hitomiさまはどこかな。携帯で連絡したらこちらにいらっしゃる、と秘書さんが教えてくれたんだが」
「まだ、あちこち工夫しようとされているようだからな。ここは広いから総点検だけでも大変で、あちこち見て回っていらっしゃるんだろう」
「でも・・・ここなら世間の五月蠅い目はないし、パパラッチに追いかけられることもない。ゆっくりお前と二人きりですごせそうだな。アンドレ」
「ああ。それでは、いざ、あのピンクに輝く“愛の宮殿”の中へ」
「へ?こんなに綺麗な景色なところなのに、あの中へもう入るのか?そして、何をするんだ?」
「決まっているじゃないか。ここは大人の楽園。二人の愛の世界へと旅立つんだ」
「ダメだ!アンドレ」
「どうして?」
「そんなに安易に結ばれてしまってはいけないんだ。ベルばら主役の役目を忘れたのか」「はっ、そういえば」
「読者は、私達が身分の枠に縛られ、男女の差で苦しみ、友情と愛情が混じった混沌とした世界で悩む私達を見たいんだ。最後には結ばれるとしても、直行はだめだ。ここはhitomiさまが私たちが原点に返ることができるように、と場所を提供してくれたんだのではないだろうか。例えば最近は二人でゆっくり話したことがなかったではないか。仕事に追われ、時間ができたら次の日に備えて休み・・・。そんな毎日ではただのキャラクターを演じているのと同じだ。そんなのは真のベルばらじゃない。もう一度、想いのたけを込めて結ばれたくてもハードルが高かったあの時間を思い出し、初心に戻って悩もう。見つめ合って」
「そ、そんな・・・俺はもう勝負下着までつけて・・・十分待ったのに」
「こわく・・・ないから。高校数学よりも」

その様子をhitomiさまが双眼鏡で覗いていた、とは二人には知るよしもない。