― Adieu ― 「アンドレ、この戦闘が終わったら結婚式だ。」 今なんて言った? まさか… ああ、なんてステキな夢なんだろう。 そうさ、これは夢なんだ。 おまえを手に入れられただけでも幸せなのに結婚だなんて。 そうだな、ふたりだけで丘の上の小さな教会で式を挙げよう。 そして小さな家を借りるんだ。 今までと同じような生活はさせてやれないけれども幸せにするよ。 俺が仕事から帰るとおまえが食事の用意をして待っている。 おまえは今まで料理なんかしたことないから大変かもしれないな。 初めは失敗ばかりだろう。 でもいいさ。 少しずつ覚えていけば。 おまえが俺のために作ってくれたものなら何でも美味しいさ。 でも「美味しい」って言葉は同じでも 俺の目を見て感じてくれよ。 本当に美味しいのかそうでないのか… ああ、おまえは恐ろしく鈍感だからそんな事を期待してはいけないな。 そして同じ寝台で眠り、誰に咎められることなく朝をむかえる。 ふたりだけの毎日。 信じられないけどそんな生活もいいかもしれない。 子供も欲しいな。 今まで黙っていたけれど本当は家族が欲しいんだ。 俺には親も兄弟もいない。 だから新しい家族をおまえと作りたい。 子供はおまえの髪の色を持った子がいいな。 金色の髪にサファイアの瞳の女の子。 中身は…おまえは怒るかもしれないが俺に似たほうがいいかもしれない。 だいたいおまえみたいなお嬢様の相手ができるのは俺ぐらいだからな。 休みの日には子供のために馬を走らせ遠乗りに出かけよう。 たまには颯爽と馬を走らせるおまえを見たい。 俺の馬に子供を乗せるから、おまえは自由に走ってくれてかまわない。 そして静かな森を抜けてキレイな湖を見つけたら 子供と一緒に水遊びに興じるのも楽しいな。 そんな俺たちをおまえは微笑みながら見ているんだ。 そしておまえの作ってくれた弁当を食べて昼寝をするのもいいかもしれない。 ああ、なんて幸せな光景なんだろう… 叶うはずもない夢に想いを馳せた。 「アンドレ、もう少し右だ右!」 「いいぞアンドレ、右20度かたまってるぞ。集中していけ!身をふせて!」 皆が俺のために指示をしてくれる。 そうだ。 闘うんだ。 おまえは貴族の身分を捨ててくれた。 俺たちと同じ市民になって闘うために。 俺たちの自由な未来のために。 だから俺も闘う。 そんなおまえを守るために… 「左続けて。背中を見せたぞ!続けて!」 「わー!フランソワ!」 「ジャーーーン!!」 銃弾の音。 血の匂い。 「ごほっ!ごほっ!」 オスカルの咳き込む音。 俺は咄嗟に振り向き駆け寄る。 「オスカル!」 ガガーン!ガン!ガン! 熱い。 身体が熱くて堪らない。 「ア…ンドレ…」 ああ、オスカルの声だ。 無事だったんだな。 よかった。 おまえを守ることができた。 「ユラン伍長、あとの指揮をまかせる!」 「し…指揮を続けろ…」 「しゃべるな!」 「隊長が…な…ぜ…せ…戦闘現場をはなれ…る…」 何をしている? 闘いを続けなくては… 熱い。 身体が熱い。 ああ、おまえの目… そして…鼻… ああ、そうだ唇… すべて覚えておきたい。 見えないけれど、この手で覚えておきたいんだ。 「見えてないのか!?見えてないのか!?い…いつからだ!?アンドレ!!」 怒らないでくれよ。 おまえを守ることができたのだから… 「いつからだーっ?!な…なぜ言わなかった!?なぜついてきた!? このばかやろう!!」 ダメだ。 おまえにはまだやるべき事が残っている。 ここにいてはいけない。 早く戻れ。 ああ、そんなのは嘘だ。 おまえと離れたくない。 「み…ず…を…」 「みず…?あ…す…すぐ持ってきてやる。待っていろ。」 オスカルの足音が遠ざかる。 それでいい。 それでいいんだ。 おまえの居るべき場所に戻れ。 本当はおまえの腕に抱かれていたいけれど これ以上おまえを悲しませたくない。 おまえに俺の最後を見せてはいけない。 約束通り、死ぬまで傍にいてやりたかったのに。 ごめん… 一瞬だったけれどもステキな夢を見ることができた。 おまえと共に歩んできた人生は素晴らしいものだった。 おまえを愛することができて本当に幸せだった。 音が消えてゆく。 ああ、オスカル… もうお別れだ。 いつまでもいつまでも 限りなくおまえを愛しているよ。 こんな俺を愛してくれてありがとう…
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