「・・・せつないね」 奇蝶

序文

この作品をお読みになる前に、少し書かせてください。
今回はあの7月12日ということで、色々考えました。
結果、あえて回りの状況やベッドの中のことなど、
淡々としかかきませんでした。(ごく最小限におさえました)
私は、私の中にある想像力で、この作品を書きました。
詳しい描写などは、どうか皆様想像してください。
それが、一番いいと思っています。
 なお、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、
私の書くオスカルは常に女です。理由は簡単です。
彼女の、強い面や立派な面を書くのもいいけれど、
私にとって彼女は隊長であるまえに、貴族である前に
普通の感情をもった、やさしい女なのかもしれないと
おもうからです。ご批判も多数あるかとは思いますが、
これが私の中のオスカルとアンドレの7月12日です。
それでは、ごゆっくり・・・。


本文


・・・夜が、私たちを飲み込んでいる。私たちの背中を、肩を、そして
吐息まで。どこかで、梟の鳴く声がきこえてきる。まるで御伽噺の世界に入り込んだかのような、そんな夜。
 私は、怖かった。いや、正確にいうと今も少し怖い。明日、私はこの思い人とともに荒れ狂う戦地に赴く。この、黒髪の恋人を連れて。
彼の名前はアンドレという。私の、たったひとりの、そして絶対的なアマン。一昨日の夜、私は明日の出動の命令を受けた。そしてそのとき悟った。ああ、その日が、私の命が尽きる日だ・・・と。だから、今夜があったのかもしれない。すべてを、彼に託すときが。
 SEXなんて、汚いものだと思っていた。淫らな男と女がするものだと。
でも、それはまったく違った。彼はまるでガラス細工でも抱くように、私の振るえている肩を温め、まるで幼子のような表情で、私の胸に顔をうずめた。私は、生まれてきて良かったと思った。女で良かったと思った。
 今、私の思い人は、かすかな寝息をたてて、すぐ隣で眠っている。
逃げ出したいわけじゃない。けれど、しばらくこの時がとまってくれればと
思う。それは私のエゴだろうか?
そっと、アンドレの寝顔に唇を近づけてみる。黒葡萄の髪をなで、愛撫する。ピクリと、彼は反応する。くすぐったいように。私はそれがおもしろくて、何度も口付けをくり返した。
「アンドレ・・。好きだよ。好きなんだ。おまえなしで生きて行けるほど、
私は強くない・・。」
静かにつぶやいてみる。
「・・・わかってる。」
彼は起きていた。あっというまに立場は逆転した。
アンドレは私をさっきみたいにベッドに押し倒し、体を重ねてきた。
私は抵抗しないで、彼に身を任せる。
涙が出そうなのを、必死にこらえた。
「・・泣いているのか?」
「・・泣いてなんかいない。」
「そうか。」
「私が強がりなのは、昔からしっているだろ?」
私は笑って見せる。少しだけ歯を見せて、彼に笑って見せる。
「なあ、オスカル。」
「うん?」
彼もつられて笑う。
「結婚したら、子供は何人作ろうか?」
おどけたように、彼は言う。
「おまえと結婚する約束なんて、したおぼえはないぞ」
私はアンドレの首に両腕を絡めながら答える。
「ははっ、そうだったな。まだプロポーズなんてしてなかった。」
「そうだ。革命が終わったら、私はきっとたくさんの男に言い寄られるぞ。
私を誰にも渡したくなかったら、今のうちに求婚しとくんだな。」
革命が終わる前に私の命が尽きていることなんわかってる。でも、
今夜はきっと神様は私がどんな女々しいことを言っても、ワガママをいっても、許してくれそうな気がする。
「では、麗しき金の髪をしたオスカル嬢、私の妻になっていただけませんか?」
クスクスと、彼は笑う。私を抱きしめながらアンドレは笑う。
「・・・考えておく。」
「それはまた冷たいご返事。私がどんなにあなたを愛していても約束してはくれないのですか?」
「私が素直じゃないのは、昔からしっている・・・・。」
 もう、限界だ。
私は彼に体を預けたまま泣きじゃくった。
「アンドレ・・・、アンドレ。」
ただひたすらに彼の名前を呼ぶ。抱きしめてくれとねだる。
「・・・大丈夫。俺はここにいる。」
「抱いていてくれ。私の涙が止まるまで。私が、もう一度笑えるまで。」
彼は何も言わない。言葉よりも確実な方法を彼は知っているからだ。
私の肩を、背を、強く強く抱きしめた。
「おまえは・・・、へたくそだ。私の涙は、止まらない。」
「こういうときは、へたでいいんだ。」

しばらく、私たちは何もしゃべらなかった。
ただ、お互いの体温を感じていた。
「結婚したら、子供は2人がいい。男の子と女の子、ひとりづつ。」
「じゃあ、プロポーズは受けてくれるんだな?」
「しかたがないからな。私が受けないと、おまえは一生ひとり身かもしれない。」
「そうだな。俺はおまえ以外の女はどうしても愛せないらしい。」
「ふふっ・・・」
私たちは戯れた。彼の前では、私は隊長でもない、伯爵でもない。
ただの女だった。それで、いいと思った。
「結婚式は、どこか小さな教会がいい。ドレスなんていらない。参列者もいらない。新郎と新婦だけでいい。」
「それは俺も同感だ。」
「そしてそのまま小さな村に住み始める。そのうちに子供がうまれて、
私たちは親になる。」
「いい、未来だな・・。」
「うん・・・。」
梟が、もう一度鳴いた。
「アンドレ、私のこと、好きか?」
「好きじゃないな。」
「・・・そうか。私もおまえのことは好きじゃない。」
「好きじゃないけど、世界一愛してるな。」
「ははっ・・今日は見事に意見が合う日だ。」
彼に抱かれながら、私は一瞬、決して訪れることなどない未来に思いを馳せた。
私はアンドレの妻になり、子供の母親となり、小さなドアと、大きな窓のある家に暮らす。
私は一生懸命料理を覚え、家族のために、ケーキを作る。
・・・悪くない。そんな私も、悪くない。

急に、胸のあたりから、鈍い痛みがこみ上げた。
私は咳き込んだ。私は少し血を吐いた。
アンドレが、冷静に私の口元の血をぬぐい、背中をさすってくれた。
「・・・知ってたのか・・。」
「・・ああ。あいにく愛する女性のことには敏感でね。」
「・・敏感すぎる。」
私たちは、泣いた。
ふと、サイドテーブルにある短剣に目がいった。
このまま、ここで死んでしまおうか・・。
喉の先までその言葉が上がってきた。
すぐに我に返り自分を戒めた。
「もう、眠る。明日は早いぞ!」
「ああ。俺におぼれて寝坊しないように。」
「・・・バカ。」


私たち、愛し合ってる。私は女で、彼は男で、そして生きてる。
こんなにすばらしいことは、そう簡単には見つからない。

窓の外に目をやれば、夜の深い闇が私たちを包んでる。
梟の、三度目の鳴き声が聞こえる。

せつないね・・・なんて思わない。
明日が怖いなんて思わない。
死ぬことなんて怖くない。

彼が、いれば。

私たちきっと、世界で一番幸せなときを過ごしているに違いない。
明日の朝、目がさめたら、彼におはようという前にキスをしよう。
そのキスに彼が答えるまえに、もう一度キスしよう。
ずっと、ずっと・・・。

神よ、今ここで誓います。
私は今宵ここにいる男性の妻となりました。

そして、お願いがあるのです。
どうか、最後の瞬間、おびえることなくあなたのもとに行けますように。
どうか、彼が苦しみませんように。
どうか、私たちを、共に花々が咲き乱れる、天の国へ。

1789年7月12日

オスカル・フランソワ


fin