☆ ワイングラス ☆
今日はアンドレの誕生日・・・
オスカルは自室のテーブルの上に並べられた二つのワイングラスを
嬉しそうに眺めていた。
昨日届いたばかりのペアのワイングラスの側面にはそれぞれ『A』、『O』と小さく
イニシャルが彫られている。
「今夜はこのグラスで一緒にワインを飲んでそれから・・・。」
アンドレの驚く顔とワインを飲んだあと起こるであろうことを考えると
オスカルは頬が熱くなっていくのを感じた。
と、その時 トントンとドアをノックする音が・・・
「お嬢様、ショコラをお持ちしました」
「!!!」
ばあやの声だ!急に現実に引き戻されたオスカルは急いで目の前のグラスを隠
そうとグラスを手に取ろうとした。が、その時
『パリン・・・』
『A』と彫られたグラスがオスカルの手をすり抜けて床に落ち砕け散ったのだ
「あぁー!」
ガラスの割れる音とオスカルの悲鳴にも似た叫び声に驚いてばあやが急いで駆
け寄ってきた。
「まぁ!お嬢様お怪我はございませんか?危のうございますから少し離れていて
くださいまし。アンドレ!アンドレ!急いでお嬢様の部屋に着ておくれ」
ばあやに呼ばれたアンドレが急いでオスカルの部屋にやって来た。
「おばあちゃん、どうしたんだい?そんな大声で叫んでオスカルに何かあったの
かい?」
アンドレがばあやのそばにやってくるとガラスの破片を拾い集めてるばあやと、
その横で呆然と破片を見つめているオスカルの姿があった。
「ああ、グラスが割れたんだね。オスカル、怪我は無いか?おばあちゃん、ここは
俺がかたずけるからいいよ!
それより、侍女達がおばあちゃんのこと探してたみたいだから行ってやって」
「あぁ、じゃあ頼んだよ。お嬢様そこから離れて下さいよ!ガラスの破片で
お怪我なさいますからね!」
ばあやの言葉もまるで聞こえていないかのようにオスカルはまだ破片を見つめて
いる・・・
「おい、オスカルさっきから何度も言われてると思うけど危ないからそこから離れて
くれないか?」
アンドレは破片を拾い集めながらその場を動こうとしないオスカルに向かって言った
「アンドレ・・・。グラス、割ってしまった。どうしよう・・・。」
破片を拾うアンドレの頭上から思いもかけないオスカルの今にも泣きそうな声が
聞こえてきた事に驚いたアンドレはオスカルの顔を見た。
そこにはいつもの「麗しい衛兵隊隊長」の姿は無く、ただ目にいっぱい涙を貯めた
美しく頼りなげな女性がたたずんでいたのだった。
「おい、どうしたんだ?たかがグラスが割れたぐらいで何を泣くことがある?」
「たかがグラスではない・・・。」
「えっ?」
「作ってもらったんだ ペアで・・・。お前の誕生日にこれで一緒にワインを飲もうと
思って。昨日届いたばかりなのにこんなことになってしまって、私の不注意だ!
すまない
アンドレ、せっかくのプレゼントがこんなことになってしまって・・・。」
「そうだったんだ・・・。ありがとうオスカル。お前が俺の誕生日にそんなこと
考えていてくれたなんて凄くうれしいよ」
アンドレはオスカルをしっかりと抱きしめた。そして
ふと、テーブルに残された方のワイングラスを見てみると『O』と
イニシャルが彫られているのがみえた
「イニシャルが彫ってあるんだな。割れたのは『A』の方だったのか・・・。
『O』じゃなくてよかったよ!これなら誰が見てもお前のだから二人の中を勘ぐら
れる事も無い!なぁ、そう思わないか?オスカル。」
「アンドレ・・・。」
アンドレの腕の中でオスカルが頼りなげな声を出す・・・。
「オスカル・・・。グラスは一つでも今の俺達には楽しく飲める方法があるだろ?」
「えっ?どうやって?」
アンドレはオスカルの気持ちを少しでも軽くしようと いい事を思いついたとばかり
にオスカルを抱きしめていた腕を放し長いすに座って待っているように言うと部屋
からガラスの破片を持って出て行ってしまった。
しばらくすると、今度はワインのボトルを持って部屋に入ってきた。
「なんだ?ワインの回し飲みでもしようというのか?」
オスカルの問いに「まぁ、見てろよ」とだけ答えると『O』と彫られたグラスに
ワインを注いだ。
そして、それを一口 口に含むと不思議そうにこちらを見ているオスカルの唇に
自分の唇を重ねた・・・。
突然のことで始めは驚いたオスカルだったがアンドレが何をしようとしているのか
すぐに理解し閉じていた唇を少し開いた・・・。
すると、オスカルの口の中に少しずつワインが入ってきたのだ
それを飲み込むと少し唇を離し上目ずかいにアンドレに言った
「楽しく飲める方法ってこのことだったのか?」
「まぁね、これならグラス一つで十分だろ?」
「ふふふ・・・。でも、何だか早くに酔いが回りそうだな。」
「そう?じゃあ気持ちよく酔えた所で・・・」
アンドレは軽々とオスカルを抱きかかえ寝室に向かって歩き出した。
「あっ!おい、こら私はまだ一口しか飲んでないし酔ってなんかいないぞ!」
足をばたつかせ抗議しようとするオスカルに向かってアンドレは笑顔で応戦する
「俺は十分に酔わされたよ!さっきのお前の涙と唇にな!あはは・・・。」
ここまで言われるとオスカルは頬を赤らめながらも、降参するしかなかった
「もう、好きにしろ!」
「あぁ、そうさせてもらうよ。なにしろ今日は俺の誕生日だからな!」
白いシーツに包まれながら恋人達は愛を囁き合う・・・
「アンドレ誕生日おめでとう。これからもずっと2人で祝いたい・・・。」
「ありがとう。オスカル、愛しているよ・・・。」
二人が幸せな時間を過ごした数日後一つ残されたワイングラスにはこう 彫り
なおされ、キャビネットの奥に大事にしまわれていた
『A&O』と・・・。
FIN