約 束



 また血を吐いた。
どうしてしまったんだ私の体は。王太子殿下と同じ病か。
たった七歳の彼を連れ去ったあの病魔。
私はたまらなく不安になって廊下に出るとアンドレを呼んだ。
「アンドレ! アンドレ!」
「どうしました?! オスカル様!」
 階下で振り仰ぐ侍女のナタリーの血相を変えた顔に私は自分の声が尖っていたことに気づく。
「あ、何でもないんだ。アンドレがいたら呼んでほしいのだ」
「わかりました」
 ナタリーは心配そうに私を見つめた。

「オスカル、俺だ」
 部屋の外に声がする。私は急いで扉を開ける。
「どうした、オスカル」
 アンドレを引き入れると私は扉を閉めた。
アンドレにしがみついてその胸に顔をうめる。慣れ親しんだお前の匂いにふれ私は少し安心した。
「どうした、オスカル」
 アンドレはもう一度そう言うと私の顔を上げさせようとした。
私はその力に逆らって、なおもおまえの胸に顔を押し付ける。
アンドレは私を抱いてくれた。静かに優しく抱かれて私は自分が震えていることに気がついた。
おかしな事だ。血を吐いているのは私なのに私はお前がどこかに行ってしまうのではないかと不安になる。
私は両方の手をアンドレの胸元の開いたシャツの内側に滑りこませる。
直接お前の肌にふれ私は自分の中に暖かい潮が満ちてくるのを感じた。
アンドレの胸に頬をつけ、背中に手をまわし、お前の命を抱きしめる。
  
  どこにも行かないで
  ずっとそばにいる 

 何度も繰り返される約束。
私は安心した。震えが徐々に去るのがわかる。
私は息をととのえると、顔を起こしアンドレの胸からのど元に顔を移した。
お前はあごを上げじっとしていた。
お前の鎖骨を指でなぞり喉仏の隆起を眺めながらその奥に流れる血潮を感じる。
お前の肌はきれいだ。なめらかでしっとりしている。暖かく懐かしい匂いがする。
私はこの肌に触れて自分を取り戻す。
お前は大地のようにしっかりと私を受けとめてくれる。
私はお前の腕の中で限りない安心を得る。

「オスカル、どうした、何かあったのか?」
 アンドレの手が背中をなでる。
「何でもない」
 私はその時になって自分の慌てぶりを恥じた。
「何でもなくて俺を呼んだのか」
「そうだ」
 アンドレは黙っていた。私は彼が何か気づいたかと顔をあげた。
 アンドレは私の顔を両手ではさみじっと見つめた。
「言う事があったら俺に言うんだぞ」
「わかっている」
「言えるか?」
 アンドレの瞳が迫った。
 私は苦しくなり彼の両手をはずした。
「言える」
 私はアンドレから離れると背を向けた。

 不意に手首をつかまれ振り向かされた。
「今度は俺の番だ」
 思いもかけない強い力だった。
アンドレは私の背中に両腕をまわすと力を入れて抱き締めた。
私はその力に逆らうことが出来ず上体を反らした。息ができない。
アンドレの息が耳にかかりうなじに唇を感じる。
熱い。体が熱くなるのがわかる。
激流のようにほとばしるものに私は足をすくわれる。
そしてそれは私の心の中のものも押し流し、私はお前しか感じることかできない。
  
  愛している
  愛している

こんなにもお前だけを愛している。
私は官能の渦に巻き込まれる。
  


            Fin