「じごくへん よみがえり版」 稲妻と閃光を煌かせて、漆黒の闇夜に新たな訪問者が訪れる。ここは、全ての命ある者が息絶えた時にゆく黄泉の王国。そこを支配しているのは、帝王のトート閣下。 現れたその人影は、名乗りもせずにいきなり閣下に剣を向けた。何故なら、トート閣下もまた、素晴らしく豪華な宝剣を持ち合わせていたからだ。問答無用。ふたりの剣は勢い良く宙を舞う。しかし、気の遠くなるほどの長い年月、剣を儀式にしか使用しなかった閣下とこの鮮やかな剣の使い手とではお話にはならない。あっと言う間に勝負はついた。 「お前は誰だ?」 剣を鞘に収めながら、訪問者は問い掛ける。 「俺は黄泉の国を支配する帝王トート」 厳かに雄大に宣言するが、すぐさま切り返された。 「帝王だと。こんなに剣もろくに使えないお前がか。笑わせてくれる」 宮殿に妖しく光る髑髏の明かりが、微かにこの人を照らし出す。豪華に輝く黄金の髪、トート閣下を真っ直ぐに見据える蒼い瞳。薄暗い世界に際立つまでに白い肌に蒼い薔薇のような唇。身に纏う衣服は、間違い無く血塗られた軍服。どうやら、戦闘で命を落としたようだ。男とも女とも分からぬその姿態、圧倒的な美貌がトート閣下の脳天を直撃した。 「オスカル、今、ここへの転入手続きをしているところだが…この方はどなただ?」 後ろから現れた黒髪の端正な男が、話し掛けている。 「あぁ、アンドレ。何でもここの帝王らしい…それより着替えたいのだが」 すぐさま、着替えを用意するアンドレの手回しの良さ。もう、これは全て長年の経験と勘の成せる技。何処から調達したのか、光沢のある絹のような素材の白い衣装に凝った装飾を施した白いブーツ。黄泉の国でこれだけ豪華な衣装はおそらくは帝王のものに違いない。 この麗しき佳人は黒髪の男から衣装を受け取り、身に纏う。傅かれる事に慣れた優雅な仕草に黒天使も唖然と釘付け状態である。何より色彩のほとんど無い黄泉の世界にこれほど純白が似合う人間が存在し得ることに驚く。ようやく、この傍若無人な新入りたちに、慌てて身振り手振りで訴える。ト−ト閣下こそがこの黄泉の国を支配する偉大な帝王だと。 「まぁ、とにかく、よろしく頼む。なんだか,喉が乾いたな。酒はないのか?」 ずかずかと宮殿の帝王の間に入り込んで、気に入った場所に腰を掛ける。あとから、慌てて付いてくるアンドレ。ついでに黒天使に閣下秘蔵の酒をお願いする。むろん、閣下は拒みはしない。眼のまえに突然現れた煌く蒼い瞳に惹き込まれたのだ。男か女か。この妖しいまでの美しさと漂う色気はどちらものなのだろう? 「何をじろじろと見ているんだ?そこの帝王。聞きたいことでもあるのか?」 グラスの酒を勢い良く飲み干して、上機嫌で尋ねてきた。 「いや・・お前は男か、それとも女か」 とたんに黄泉の王国中に響き渡るかのような笑い声。 「ふっふっ…私が男に見えるのか?何処に眼を付けている?正真正銘の女に決まっているではないか」 その言葉にトート閣下は安堵して、この美しい男装の佳人をあらためてじっと見詰めた。そして、惚れっぽい黄泉の帝王トート閣下が、憂い顔で高らかに歌い上げる。 19世紀のエリザベートはまだ生まれてもいない。ゆえに今、恋を捧げるお相手は、18世紀の美しき男装の佳人。 「その瞳が 胸を焦がし 眼差しが突き刺さる〜♪」 オスカルは、閣下の突然の歌声に驚いて振り返る。 「えっなんだ、びっくりするじゃないか。アンドレ、ここの帝王が歓迎に歌を披露してくれるらしいぞ。ほら、酒、どんどん注いでくれ」 黒ビロード張りの豪華な長椅子に身を横たえて、オスカルはグラスを突き出す。 トート閣下は無言でオスカルに近寄り、その頬に触れながら、続ける。 「ただの少女の筈なのに 俺の全てが崩れる〜♪」 このフレーズがいけなかった!歌った瞬間にトート閣下の脳天に星が見えた。気が付くとすざましい勢いのパンチをまともにくらって、仰向けに倒れてしまっていた。 (閣下〜〜大丈夫ですか?) 黒天使が身振りで示し、閣下を助け起こす。半分は、この美しき男装の佳人の身のこなしに仰天しながらではあるが… 「何かの冗談か?そこのふざけた帝王とやら。私がただの少女に見えるのか!無礼であろう。アンドレ!」 何かあると呼び付けられるのは、ずっと以前からのこと。黒髪の従者はすぐさま傍に行く。 「失礼、黄泉の帝王閣下。この転入手続きに目を通されるとよくお分かりだと思うのですが、オスカルは享年33才ですので…」 「おいっ、そうはっきり言う奴があるかっ!適当で良い。全く大事な書類をろくに見ないでよく帝王が勤まるな。そういえば、剣の腕もなっていないぞ。変な歌を歌う暇があれば、少しは鍛えたらどうだ?」 きらきらと幾つかの星を見た閣下は、この毅然としたオスカルの魅力にはすっかり嵌ってしまった。 美しいだけの女は大勢見てきた…たおやかな心優しき美女も、勇ましい男勝りの女武者も…どれだけ大勢の女たちがこの不死身の死神の傍を通り過ぎて行ったのだろう。 しかし、この目の前にいるオスカルの醸し出す男とも女とも言えぬ中性的な色気とその魅惑の眼差しがもう、トート閣下を完全に虜にしたのだ。 「お前の命 奪う替わり 生きたお前に愛されたいんだ〜♪」 閣下の突然の言葉に驚いたのは、オスカルよりもアンドレの方だろう。 「駄目ですっ!もう、オスカルも俺も死んでいるんだし、それに俺たち、愛し合っているんです!」 そこで黒天使の登場だ。声のない彼らは心で念じて、相手に送る。 (あの〜〜お言葉ですが、このアンドレ・グランディエは閣下の死の口付けを受けられたのですが、こちらはまだ…・・) その指差す方向にいるのは、オスカル・フランソワ。 そこで閣下は続けて歌う 「返してやろう、その命を〜♪」 「つまり…私を生き返らせてくれるのか。このアンドレと共に」 悪くない話だと思わずにんまりする。が、次の瞬間にその浮かれた気分は奈落に沈む。 (いえ、命を与えられるのは、あなたおひとりだけです) そう心に念じた黒天使は、すぐにパンチを受けて仰向けに倒れていた。 「私は、アンドレがここに留まるならここにいる!彼が生き返らない限り、絶対に何処にも行かないぞ」 蒼い瞳が怒りを潜めて煌く。伸ばされた手がアンドレの手をぎゅっと握り締める。 結局すったもんだの挙句、ト−ト閣下はふたりに命を与えるはめになってしまった。 とにかく閣下は惚れた女にはからきし弱い。命を返すのみならず、この美しい男装の佳人の要求は貪欲だった 「私は、あまり人にあれこれ頼むのは、好きではないのだが…だが、アンドレがものすごく不自由しているから、生き返ったら彼の眼を治しておいてくれ」 さらりといってのけるその要求は、閣下自らがあちこちに頼み歩かねばならない困難なものだった。 「死んだ現況のまま・・というのが原則なのだが…」 黄泉の帝王閣下の理屈などこの美しき佳人には、さっぱり通用しない。 「お前、眼が見えないと不便だろう!そんな事さえ分からないで帝王が勤まるのかっ!出来ないと諦める前に努力しろ!分かったな!」 「…・」 「返事は?」 「…はい…」 「ようし」 オスカルは満足げに呟き、続いてもうひとつの願い事を口にする。 「あっ、それから、自分の事を願うのは、気が引けるが、まぁこの際だ。私の病気の方も治しておいてくれ」 「えっ…それは…・」 またもや、困難極まる要求。思わずトート閣下のため息が漏れる。 「なんだぁ。私の病気を治してくれないなら、ここで生き返っても意味はないだろう。 この宮殿も住み良さそうだし、もうここで良い。ここでアンドレと暮らすから、放っておいてくれ」 そういって、いかにも帝王の力量を見下げる雰囲気に、閣下は猛烈にプライドを刺激される。 「この俺を見くびるな。これでも黄泉の帝王なのだ。念じて適わぬことなど無い」 つい、はっきりと言いきってしまった。あっと思ったところであとの祭り。 「そうか。ではよろしく頼む」 武官はどんなときでも感情で行動するものじゃない・・と言ったのは、この黒髪の従者だったか。トート閣下には知る由も無い。 ふたりを黄泉の国から送り出すためのトート閣下の苦労は,語り尽くせなかった。黒天使は惚れっぽい黄泉の帝王のその恋が決して報われぬ事を知っていた。 あと100年待てば、彼の想いを受け入れてくれる美貌の皇妃エリザベートが現れることなど誰も知らない18世紀の出来事だった。 ★ あとがき★ スリンク様の「じごくへん」の最初の部分を読ませて頂いて、あんまり面白かったので続きをお願いした所、「自分で書くように♪」とのお言葉でした。それで、つい 妄想して書き上げてしまいました。と言う訳でこのオスカルは「鏡よ鏡」のイメージなのです。 このタイトルもスリンク様につけて頂きました。有難うございます。 また、前半部分が重なるのは、その経緯がある為です。 UPに際してはhitomi様とスリンク様の御好意に感謝いたします。 |