悪夢の終わり
『アンドレーッ!!』
ガバッ!
オスカルは夢の中の自分の叫び声に目を覚ました。
外を見るとまだ闇が広がっている。
にも関わらず,目はしっかりと冴えてしまった。
「眠れない・・・」
窓から見える満月を見上げてオスカルはつぶやいた。
彼女を眠れなくさせているのは,最近毎夜のように見る悪夢。
いや,悪夢ではない。実際起きた事なのだ・・・。
アンドレが黒い騎士に片目を奪われた瞬間。その夢を毎日のように見るのだ。
決まってアンドレが目を奪われるところで目が覚める。
そして一度目が覚めるともう朝まで眠れない。
オスカルは子供のときからそうだった。
恐い夢を見て目が覚めると,もう眠れなくなってしまうのだ。
そんなときは決まってアンドレの部屋に行った。
気持ちよく眠っているアンドレを無理やり起し,アンドレの寝台にもぐりこんだ
。
そして自分が寝つくまではアンドレを先には寝かさなかった。
もちろん大人になった今となってはそんな事はしていないが『眠れないから』
と言って,ワイン片手に話に付き合せるような事はたまにあった。
しかし,今はそれすらも出来ない・・・。
あのときから,アンドレに会わせる顔がなかった。
アンドレはあれからもいつも通りだが,オスカルだけがギクシャクしていた。
アンドレはオスカルを責めはしなかった。むしろ,『自分の目でよかった』とさ
え
言ってくれた。それが返ってオスカルを苦しませていた。
「・・・ル,オスカル!」
「えっ?あ・・・!」
勤務帰りの馬車の中,アンドレの声で目が覚めた。ウトウトしかけていたのだ。
「起してすまない。でも,もうお屋敷に着くからさ」
「あ・・・あ,大丈夫だ。別に眠っていたわけではない」
「最近寝不足そうだな,今日は早く寝るんだぞ」
「・・・眠りたくないんだ」
眠ればあの夢を見てしまう。もう見るのは嫌だ。
最近オスカルは眠る事自体を拒否し始めてしまっていた。
「オスカル?」
ハッ!オスカルは我に返った。これ以上探られたくない。
アンドレに相談するなんてむしが良すぎる。
丁度そのとき馬車が屋敷に着いた。オスカルは慌てて馬車から降りた。
「な,何でもないっ!大丈夫だ,今日はちゃんと寝る!!」
そう言うとオスカルは屋敷へと走り去ってしまった。
その晩。オスカルはアンドレに言われた通りに眠ろうとした。
しかし,悪夢を見るのはやっぱり避けられなかった。
『ああ,またこの夢だ。嫌だ,嫌だ!!』
黒い騎士の扮装をしたアンドレがいる。決まってどこかへ走り去ってしまう。
『アンドレそっちは駄目だ。そっちへ行くなっ!』
必死に叫んでも声は届かず,体は鉛のように固まって動く事も出来ない。
その内,アンドレが左目を押さえてうずくまる。辺りは血で真紅に染まる・・・
。
『アンドレ!アンドレーッ!!』
決まってここで目が覚める。そしていつも闇が広がっているのだ。
しかし今,目の前にあるのは闇ではなかった。
「大丈夫か?大分うなされていたぞ」
あったのは心配そうに覗くアンドレの顔だった。
「アンド・・・レ,どうして・・・?」
「ちゃんと寝てるか気になって,それでお前の様子がおかしかったから・・・」
「そうか,すまない変に心配かけて」
彼女は何とか平静を保つと起きあがり,窓辺へ向かった。
彼に今の涙の溜まった顔を見られたくない,アンドレに背を向け月を見上げた。
「いや・・・。それよりお前,眠れないんだろう?」
アンドレはオスカルの背後から話しかけた。
「何があったんだ,オスカル。話してみろよ」
『「何が」だと?何故,目を失ったお前が無事だった私の心配をしているのだ!
?
これでは,まるで逆ではないかっ!』
オスカルは思わず感情的になってアンドレを問い詰めてしまった。
「お前は片目を奪われて,どうしてそんなに落ち着いていられるのだ?」
「オスカル!?」
「ベルナールに・・・,黒い騎士に対してなんの恨みもないのか?私には!?」
何も言わないアンドレに向き直り,なおも問い詰めた。
「私のせいで永久に片目を失ったのだぞ!何故責めないんだ!?」
言っている内に目頭がどんどん熱くなり,涙があふれ出てきてしまった。
「何故,私を責めない!?責めてくれっ!」
止めようと思えば思うほど,言葉と一緒に涙もボロボロと出てくる。
彼の前で泣きたくなんかないのに・・・。
「オスカルッ!」
アンドレは腕をグイッと引っ張ると,泣きじゃくるオスカルを優しく抱きしめた
。
「オスカル,いいんだ・・・」
オスカルはアンドレの腕の中でぶんぶんと首を横に振った。
「お願いだ,責めてくれっ・・・!」
オスカルの金髪を軽く梳くき,子供にするかのように頭を撫でる。
「オスカル。この目がお前の目であったら,その事の方が俺には・・・辛い」
「違う・・・!違うっ!!私ならよかったんだっ!放せ,放せっ!!」
彼女はアンドレの手を振りほどこうと,彼の腕の中で暴れた。
「お前が無事で本当によかった・・・。俺にとってお前より大切な物など何もな
アンドレはオスカルをの涙を手で拭ってやり,落ち着かせるように優しくささや
い
た。
オスカルはアンドレの背中に両腕を回した。
「アンドレ・・・。アンドレ!アンドレッ!!」
オスカルは何度も名前を呼んで,アンドレにしがみ付いた。
「さあオスカル,少しは眠るんだ。寝不足なんだろう?」
「・・・駄目だ,眠れないんだ・・・」
「・・・また,恐い夢でも見るのか?」
オスカルはアンドレから目をそらし,コクンと頷いた。
いい大人だと言うのに・・・。恥ずかしくって顔がまともに見れない。
アンドレは呆れているかもしれない。
オスカルは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「じゃあ,昔みたいに一緒に寝るか?」
そう言うとオスカルの返事を聞く前に,彼女を軽々と抱き上げた。
「えっ?あっ・・・!」
オスカルをそっと寝台へと寝かせる。
アンドレはオスカルの瞳をじっと見つめた。
「冗談だよ。ほら,眠るまでここにいてやるからちゃんと寝ろよ」
アンドレは寝台に腰を降ろしていった。
「でも,恐い・・・」
「大丈夫だ,ここにいるから。何があっても守ってやるよ・・・」
不思議なもので,アンドレの声は段々とオスカルを落ち着かせた。
オスカルは言われた通りに目を閉じた。
「・・・お前はいつでも冷静なんだな。私があいつの目を傷つけようとしたとき
も
『無意味な事だ』って。お前はいつでも穏やか・・・だ・・・」
そう言うとオスカルは今までの疲れか,コトリと眠りに落ちてしまった。
アンドレはしばらくオスカルの寝顔を見つめていた。スースーと寝息を立て
うなされている様子もないようだ。
アンドレは突如身をかがめ,オスカルの唇に自分のを軽く触れさせる。
『オスカル,お前は知らない。いつも俺が「冷静」であるわけがない事を・・・
。
俺はいつだって「冷静」でなんかいられない。お前をこうして抱きしめていると
き
何度,心の中で葛藤した事だろう?何度,お前を滅茶苦茶にしてしまいたい
衝動に駆られたかを,お前は知らない・・・。俺はいつまで「冷静」な振りをし
て
いられるのだろうか・・・?』
FIN