☆ もう一人のアンドレ ☆



      王族に・・・それも王太子妃に怪我をおわせた罪。
      ベルサイユ一とうたわれているお方に・・・。
      平民の俺が死刑を宣告されるには充分な罪だった。

      「お待ち下さいっ!アンドレに罪はありません!!
      どうしても、アンドレをお咎めになると言うのなら・・・
      まずは私の命を・・・っ!」

      彼女は命がげで国王に直訴し、俺の命を救ってくれた。
      「平民なんかを・・・」
      一部の貴族の目がそう言っていたが、国王は俺を咎めないと言った。
      途端、彼女は床に崩れ落ちた。

      「オスカルッ!」

      体中傷だらけで、顔は青ざめていた。
      こんな体で俺の為に駆けつけて来てくれたのか・・・。
      彼女を抱き上げ、その華奢な体に驚いた。

      軽い・・・、そして何て細いんだろう。
      こんな細い腕で俺を守ってくれたのか・・・。

      彼女が目覚めても、俺の涙は止まらなかった。
      彼女に守られてばかりの自分が情けなかった。
      そんな俺と逆に彼女は笑って言った。

      「泣くなアンドレ、泣かせる為に守ったのではないぞ!」

      オスカル・・・、俺はいつかお前の為にこの命を捨てよう。
      今日お前がしてくれたように、命を賭けてお前を守るからな・・・。

      俺はこの日、決意した。





      彼女が男を想って泣いている・・・。
      自分の想いは決して報われる事はない。
      ならば、いっそ・・・。

      「はなせっ!」
      「いやだっ!!」

      長年にわたる自分の感情を押さえる事が出来なかった。
      無理矢理彼女の唇を奪うと、寝台へと倒れこんだ。

      「い、いや・・・」

      彼女の言葉も、もう俺の耳には届いていなかった。
      着衣に手をかけると力任せに引き裂いた。

      「いやぁぁぁぁ〜〜〜!!」

      彼女が叫んでも止まる事は出来なかった。
      どんな事をしてでも彼女を自分のものにしたい・・・。
      誰にも渡したくはない!
      俺は再び彼女の衣服に手を伸ばした、そのときだった。

      『やめろっ!』

      誰かの声が俺の頭の中に話しかけて来た。
      腕は第三者の手につかまれて動かせない。
      俺はその姿を見て息をのんだ。

      アンドレ・・・。

      まさしく自分の姿だった。
      年の頃は二十歳前後で、髪は長く後ろで一つにまとめてある。
      むかしの自分だ。
      険しい顔で俺を睨んでいる。

      『アンドレ・・・、お前は彼女を守ると誓ったのだろう?
      何故、彼女が泣いているんだ!?』

      泣いている?
      その言葉に驚き、彼女を見た。
      つぅー。と、一筋涙が流れている・・・。

      諦めと絶望の涙。

      「それで、私をどうしようと・・・?」
      「・・・すまない。もう二度としない、誓うよ」

      けれど・・・。愛している、愛している。
      この想いは決して消える事はない、何があっても・・・。





      死によってしか結ばれない愛もある・・・。

      平民の俺が彼女といつまでも共にあるなど叶うわけがない。
      しかし、共に死ぬ事なら出来る。
      オスカル・・・。
      共に生きられぬなら、共に死のう・・・。

      「ワインを持ってきた」
      「ああ、メルシー」

      俺のオスカル、誰にも渡しはしない。
      愛してる、愛している。
      だから、共に死のう・・・。

      「あの頃、私はあのお方を命に代えてでもお守りすると・・・」

      オスカルは思い出を語りだした。
      彼女はすでに十四歳でそんな決心をしていたのか。

      俺は?
      どんな決意をした!?それはいつ頃だった?
      そうだ、俺の髪がまだ長かった頃に・・・。

      「・・・こんな事では、私も先が長くないな」

      彼女は何の疑いもなくワインを手に取り口に運ぼうとした。
      そのときだった。

      『飲むな、オスカルッ!』

      そう叫ぶ長い黒髪の青年が俺の横を駆けて行った。
      またアンドレだ・・・!
      オスカルを守り抜くと決意した頃の自分の姿だった。

      『飲むな、飲むなーっ!』

      もう一人のアンドレは、オスカルに向かって一目散に駆けて行くと
      彼女をワイングラスを叩き落とした。

      パン・・・ッ!

      ・・・気がつくと俺は床の上で、オスカルに覆い被さっていた。
      オスカルが混乱した表情で俺を見ている。

      生きている!

      暖かいオスカルの肌に触れ、生きてることを実感すると涙が止まらなかった。
      よかった、生きている。本当によかった。
      先刻まで共に死のうとしていたのに、今の俺はオスカルが生きていることを
      何よりも喜んでいた。

      そうだ俺はお前を守り抜くと、この命を賭けて守ると誓ったのだ。
      何故、忘れていたのか・・・。
      オスカルが生きている。これ以上の幸せは俺にはないのに・・・。

      ああ、守ってやる。守ってやる!
      この命が尽きるまで・・・。





      「わーっ!フランソワー!!」
      「ジャーンッ!」

      そばで俺に指示を出してくれていたフランソワの声が途切れた。
      そして、その名前を呼ぶジャーンの声もまた・・・。

      しかし、何も見えなくなった俺には起きた事を確認する術もない。
      まさか・・・?
      そんな事を考えるだけしか出来ない。

      まさか、フランソワが?ジャーンが!?

      俺は砲撃を止め、唖然と立ち尽くしていた。
      二人が・・・?
      考え込んでいたそのときだった。

      『アンドレ・・・』

      また、あの声が聞こえた。
      聞こえただけでなく姿もはっきりと見えた。
      もう何も見る事の出来なくなった俺に・・・。

      真っ暗な闇の中に、若きアンドレの姿がはっきりと見える。
      騒々しいはずなのに、周りの銃撃戦の音は聞こえない。
      ここだけ時が止まったかのように、彼はゆっくりと話しかけてきた。

      『・・・オスカルを守るんだ』

      そう言うと、ゆっくりと右手を伸ばして指をさした。
      そこには愛してやまない女性の姿があった。

      見える、見える!
      もう二度と見る事がないと思っていたお前の姿が!!
      しかし、何故そんなに苦しそうにしているんだ?
      大丈夫かオスカル?

      「オスカル・・・?」

      オスカルが心配で馬を走らせた。
      「ばかっ、アンドレ!」
      アランが何か叫んだ気がしたけど、気にしなかった。

      次ぎの瞬間、俺の体中に火がついたような鋭い痛みが走った。
      辺りはまた何も見えない闇に戻り、俺は倒れ込んでしまった。
      どうしたんだオスカル、大丈夫か?
      そう声をかけたかったのに・・・。

      ズガァン・・・ズガァン・・・!

      再び銃撃戦の激しい雑音が聞こえてきた。
      その瞬間、俺の体中に激痛が走りはじめた。

      オスカルが俺を運び出している。
      そうか、俺は撃たれたのか。



      「あ・・・、お前の目・・・」

      触れた彼女の瞳から雫が落ちているのが分かった。
      泣いているのか?
      『泣くなオスカル、泣かせる為に守ったんじゃないぞ!』
      もう、そう言う力すら俺には残っていなかった。

      コツン・・・。
      足音の方を向くと、もう一人の俺の姿があった。

      オスカルを守ると決意した頃の若き自分。
      その決意が形となって俺の前に現れたのだ。

      彼はもう何も言わなかった。
      『よくやったな』
      顔がそう言いたそうだった。
      そして、俺の中に吸い込まれるかのように消えていった。

      体中の痛みがだんだんと和らいでいく。
      これの意味する事は分かっていた。

      ごめんな、俺はもうこれ以上お前を守ってやれない。
      幸せにしてやる事も出来ない、ごめん・・・な・・・。

      泣かなくていいんだ、オスカル。
      先に行くだけだから、そんなに悲しまなくていいんだ。

      オスカル、俺はお前に出会えて幸せだった。
      お前を愛せて、お前に愛されて幸せだった。

      俺達が心を通わせた日々はとても短かったけれど、あのとき俺達は
      一生分の愛を確かめ合ったんだ・・・。
      たとえ死んでも、この想いは変わらない。
      愛しているよ・・・。


      そのとき俺は深い眠りに落ちるかのように安らかだった・・・。


                      FIN