嫉妬
何故だ?
あいつが私に触れただけで,微笑みかけるだけで
こんなにも体中が熱くなるのだ?
ドキドキする・・・。
彼の名前を口にするだけで,彼のことを考えるだけで
1人で慌ててしまう自分がいる。
最近彼のことを考え,眠れない夜が続いている。
これは・・・,恋・・・?
「オスカール!」
彼だ・・・。
そう思っただけで胸は高鳴り,そばに来きてくれるのを期待している。
それが彼に知られそうで,彼の顔をまともにみる事が出来ない。
オスカルは振り向かないで彼が来るのを待った。
「ああ,フェルゼン・・・」
隣に来た彼にわざとそっけない態度をとっている自分がいる。
ドキドキしているのが分からないように。
可愛くないな,私は・・・。
アントワネット様のように,素直に感情を出せたら。
そうすれば,私もあのお方のように可愛くなれるのか?
アントワネット様は同姓から見ても素晴らしく魅力的だ。
守りたいと思わずにはいられない。
素直で可愛らしく優しさにあふれ,女性としての魅力を全て持っている人。
私と正反対だ・・・。
男として育てられた自分は,その一つも持っていない。
彼を引きつけるものは一つも・・・。
「アントワネット様の御様子は?謁見に行って来たのだろう?」
「ああ,いつもと変わりない。お前に会いたがっていたよ」
真っ先に彼女の事を聞いてくる。
どうやら最近2人は想いが通じ合ったらしく,オスカルがハラハラして
しまうほど人目をはばからない。
私よりもアントワネット様の近況の方が先・・・か。
当然だ。
しかし,分かっていても胸み痛みを覚えずにはいられないのだ。
『何故?何故アントワネット様なのだ!?』
もう少しで出てしまいそうになる言葉。
彼の唇から彼女の名前が出る度に『嫉妬』という感情が胸を渦巻く。
「・・・フェルゼン,一つ聞きたい。こうしてアントワネット様と思いを
通わせて,その先はどうするつもりだ?」
聞いてはいけない事,言ってはいけない事。分かってるつもりだった。
余計な口出しにすぎない。
それに一番先が見えないで不安なのはこの2人なのだ。
しかし,オスカルは『嫉妬』を押さえることが出来なかった。
何故!?何故アントワネット様なのだ?
「・・・分からない」
「分からないだと!そんな無責任な気持ちなのか?」
「あの方を愛する気持ちは無責任じゃない」
「その愛する人を窮地に追い込む行為をしてるんだそ!」
「分かっている!!」
「!!」
ダンッ!フェルゼンはオスカルの肩を掴むと木に押し当てた。
痛くはなかった。が,その行為自体がオスカルにはショックだった。
「・・・オスカル,君も人を愛すれば分かるさ。破滅しか導かない恋と
分かっていても止められないんだ。その人を見ていたい,触れていたい
一緒にいたいと思うのさ。それが叶わないなら,死んだも同然なんだ!」
「放せ・・・どうして私に人を愛した事がないと言える?」
「・・・すまない,どうかしていた」
「いや,私こそすまなかった。叶わない恋の苦しさは分かってるつもり
だったのに・・・」
ここまで言わせたのは自分なのだ。
そしてオスカルは自覚した。
私に入りこむ余地はない。
そして『止められない』のだ。
彼が振り向かないと分かっていても,彼を思う気持ちは・・・。
「しかしオスカル,君だけだ。こうして真剣に私たちのことを考えてくれるのは
。
あとはみんな興味本位だ。・・・君だけが私の親友だな」
「親・・・友・・・?」
「こうして真剣になってくれるのは,君も恋をしてるからか?」
「・・・ああ,している」
「辛い恋・・・なんだな」
「・・・ああ」
「オスカル。この小道は,私達が想いを通わせた場所なんだ。
そのとき本当に幸せだと思った。これ以上の幸せはないと・・・」
オスカルはうつむいたまま,顔を上げられなかった。
もう限界だ。
今顔を上げたら,きっと泣いてしまう。
誰か助けてくれ。アンドレ,アンドレ!!
「オスカル!」
先の方でアンドレの声が聞こえた。
謁見の間ここで待たせいていたのだ。
「あっ・・・,フェルゼン伯も御一緒でしたか。これは失礼を・・・」
ここでアンドレの言葉は途切れた。
オスカルが自分の中に飛び込んできて,胸に顔を押し当てているのだ。
「お,おい。オスカル・・・」
泣いている?
いや,涙は流していない。しかしオスカルは泣いているのだろう。
そばでフェルゼンが動揺している。
「失礼致しましたフェルゼン伯。実はオスカルは昨晩から体調が優れなくて」
「・・・そうだったのか,どうりで元気がないと思ったよ」
「申し訳ありませんが,私達はこの辺で失礼を・・・」
「君達は本当にいつも一緒なんだな。まるで恋人同士のようだ,羨ましいよ」
この言葉にオスカルはガバッ!と,アンドレから離れ慌てふためいた。
「べ,別に私だってそう毎日アンドレと一緒にいるわけじゃ・・・!
いや,いるんだけど・・・その・・・っ!」
「オスカル?」
1人で真っ赤になってるオスカルに,フェルゼンはきょとんとしている。
アンドレだけが状況を察していた。
間違いなくオスカルはフェルゼンに恋をしている。
まいったな・・・。
オスカル,お前も俺と同じか。
相手に告げる事さえ出来ない想い。告げてはいけない感情。
その想いを,男として育てられてしまった為に一人で耐えているのだ。
オスカルは謁見に去ってしまったフェルゼンの後ろ姿をずっと見つめている。
その姿はまぎれもない,恋する女性のものだ。
こうやって他の男に取られていくお前を見なければならないのか・・・。
抱きしめたい。
お前を抱きしめてしまいたいよ,オスカル。
せめて他の男に取られる前に,お前を抱きしめて口付けたい。
それもかなわないなら,今ここで想いを伝えてしまいたい。
しかし,所詮それすらもかなわない。
こうやって,ただ見ているだけしか・・・。
「アンドレ・・・。お前は恋をしてはいけない相手に恋をした事はあるか?」
「・・・あるよ」
「どんな気持ちだ?」
「そうだな・・・辛いよ。とにかく辛いんだ・・・」
「教えてくれ。そういうときは,どうしたらいいんだ?」
そんなの,俺が聞きたい!
「さあな。自分で考えろよ,隊長。」
つい出てしまった。
「アンドレ,真面目に聞いているんだ!」
「充分真面目だ!大体,人に教わるような事じゃないだろう!?
それに,俺にだって言いたくない事はある!」
ダメだ,止められない。
自分の感情をコントロール出来ないほどになってしまっている。
『やつ当り』以外の何物でもない。
自分のやり場のない思い・・・フェルゼンを想うオスカルは,これまでに
ない程いとおしかった。
そんなオスカルを見てアンドレは明らかにフェルゼンに『嫉妬』していた。
自分にはない全てを持っている外国の貴族。
誰も捕らえられなかったオスカルの心を捕らえた人。
そんな渦巻く『嫉妬』と言う感情が『やつ当り』という形で出てきてしまったの
だ。
まさか怒鳴るとは思わなかったのだろう,オスカルは唖然としている。
「す,すまない。すまない!アンドレ!!怒ったのか?」
オスカルは半ばすがるような目で,アンドレを覗き込んだ。
予想外のオスカルの行動に戸惑った。
てっきり,オスカルも怒り出すだろうと思っていたのだ。
「ち,違うよ。怒ってなんかいない。」
「でも,アンドレ・・・」
「ごめん。虫の居所が悪くてやつ当りしてしまったんだ。泣くなよオスカル!
ごめん,本当にごめん!」
オスカルの目には少し涙がにじんでいた。
フェルゼンといたときの緊張が解けたせいもあったのだろう。
「ごめんな」
「・・・」
「ごめん・・・」
「・・・うん」
オスカルは涙を拭うと少し微笑んだ。
本人に言ったら殺されるかもしれないが,そんなオスカルが本当に可愛く見えた
。
心臓がドキドキするのが止められない。
可愛い,やっぱりオスカルは可愛いんだ。
これだから,俺は好きなのをやめる事が出来ないんだな。
何に代えても守ってやりたいと,たまらなく思える。
オスカル・・・守ってやるからな。
オスカルは二,三歩アンドレの先を歩くと振り返って言った。
「アンドレッ!今日は飲みたい!付き合えよ!!」
「はいはい,わがままお嬢様。つきあいますよ!」
「ばかやろう・・・」
『嫉妬』・・・。
このベルサイユ宮には,一体いくつの『嫉妬』が隠れているのだろうか?
こんなにも華やかなベルサイユ宮なのに・・・。
そんな事を考えながら二人はベルサイユ宮を後にした。
FIN