私は・・・、知っていたのだ。

彼が私になげかける視線の意味を。
私に触れるときの優しい手つきの意味も。
彼の想いさえも・・・。

けれど、私は知らない振りをしてきた。

私は別の男性に同じ想いを抱いていたからだ。
フェルゼンは私に友人である事を望んでいた。
だから私は彼の友人であり続けたいと思った。
彼にこの想いを知られたくはなかった、彼を愛していたから・・・。

だから、私はアンドレの想いに気がつかない振りをしていた。

伝えたところで友人以上になれない想いなら、今の関係を壊して
しまうのなら・・・、伝えない方が良い。
このまま友人として接していられる方がどれだけ楽だろうか。
私はそれを知っていたからだ。

けれど、彼の想いは私のものとは違っていたのだ─。




「夕食はいらない」

あの夜、ばあやにそれだけ言うと部屋に閉じこもった。
私はベッドに倒れ込んだ。
今日、友人以上には見れないとフェルゼンは言った。
これで終ったのだ、何もかも。
私は彼の友人である事さえも出来なくなってしまった。

私は何故、女性として彼の前に現れたいなど望んでしまったのだろう?
一時で良いから、彼に女性として映りたかったのだ・・・。
でも、もう友人としても彼の目に映る事は出来ない。
「もう二度と会えない」
彼がそう言った・・・。
私が一人で全てを壊してしまったのだ。

私は声を押し殺してひたすら泣いていた。

                
コンコン。

しばらくして扉が叩かれた、ノックの主は分かっている。
「オスカル、入るぞ」
返事を待たずに彼は扉を開けると、迷いもなく奥の寝室へとやって来た。
私が夕食を抜くときは必ずここにいるのを知っているのだ。
そして、今や彼を呼んでいる合図のようなものになっていた。

いつも通り彼を呼んで、ただ慰めて欲しかったのだ。
いつも通りに慰めてもらえると思っていた・・・。

「どうしたんだ?明かりも灯けないで。今、蝋燭を持って来てやるよ」
「そのままにしておいてくれ!」

わざと怒鳴った、彼が心配してくれるように。
自分の辛い気持ちを伝えたかった。

「そのままで良いから、そばに来てくれ・・・」

アンドレは黙って頷くと、私のいるベッドに腰を降ろした。
「アンドレ・・・!」
私は起き上がり、彼に抱きついた。
肩を震わせている私を、アンドレは優しく抱き締めてくれた。
「オスカル、泣いているのか?」
「フェルゼンが、フェルゼンが・・・!」
「フェルゼン伯に会ったのか?何があったんだ、オスカル!」
「もう・・・、二度と会えないと!」

私はアンドレに全てを話した。
そして、アンドレの腕の中で泣き続けた。

「オスカル、きっとフェルゼン伯はお前との間に偽りがあるのが嫌だったんだ。
お前とは親友だったから・・・、真実だけでお前と付き合いたかったんだよ。」

「・・・そうだ。所詮、私の存在価値は男でしかないんだ!どんなに女の感情を
持っていたって女なんかになり得ない・・・、私は男なんだ!」

彼は私の頭を梳くように何度も何度も撫でてくれた。

「そんな事はない、お前は魅力的な女性だ!」
「違うっ!私は男だ!!」
「女だよ、お前は紛れもなく女だ!」
「嘘だ、嘘だ・・・っ!」
私はアンドレの胸をひたすらドンドンと叩いた。
「私は女なんかじゃない、私は男なんだっ!」

私はアンドレの胸のなかで、ただ泣きじゃくっていた。
いつも通り慰めてくれるのを待っていた。


だが、その内アンドレに変化が起きたのを感じ取った。
いままで優しく私の髪を撫でていた彼の手が、いつのまにか私を
押さえ込むかのように身体に回されていた。

私は戸惑った。

「ア・・・」
彼は私の顎を捕らえると、唇を重ねた。
私は驚愕した。

何故アンドレは、このような事をするのだろう?
私に気持ちを伝えるつもりなのか・・・?

「・・・やっ─」

あまりの事に驚いた私は、慌てて顔をそむけた。
しかし、彼は再び私の顎を捕らえると唇を重ねてきた。

すると、不思議と嫌だという感覚はない。
アンドレは私の嫌がる事など決してしない。

一旦そう自覚してしまうと、私はアンドレの口付けを抵抗もせず受け入れていた。
私が落ちつくように、怖がらないように、繰り返し優しく口付けてきた。
彼の私を大切に思う気持ちが痛いほどに伝わってきて、喜びさえ感じた。

ああ、私はこんなにも愛されているのだ・・・。
女性として私を愛してくれているのだ。
こんなにも女性としての私を必要としてくれている。
どうして、こんな切ない思いを今まで無視できたのだろう?

しばらくの間、私は彼の唇に酔っていた。
すると彼は口付けるのをやめて、身体を離したた。

次ぎの瞬間、私の肩に手を当てると首筋に唇を押し当ててきた。
彼の吐息が首筋にかかる。
それすらも、嫌だとは感じなかった。
むしろ、ずっとこうされていたいとすら思っていた。

彼の重さに耐えきれず、私達は寝台の上に重なり合うように倒れこんでしまった。

このまま、彼に抱かれてしまっても・・・。

そんな気持ちがよぎった矢先だった。
彼の上着にわずかに残る香水の香り・・・。
明らかに女性の─。

そうだ、アンドレは私以外の女性を抱いたのだ。

彼がそういう類の店に出入りしているのは分かってる事ではあった。
フェルゼンとの舞踏会の日もアンドレは帰ってこなかった。
そして、最近は彼が帰ってこない日が頻繁に続いていた。

他の女性を抱いた腕で、今度は私を抱こうというのか?

イヤダ!

私は彼を跳ね除けようとした。
両腕に力をこめて彼そ突き飛ばそうとした。
しかし、ビクともしない・・・。

「オスカル、動くな!動かないで聞け!!」
アンドレが沈黙を破った。

聞きたくない!聞きたくない!!

「・・・愛している」

そんな言葉を言われても、いまの私に受け入れられるわけがない。
他の女性を抱いたばかりのお前を・・・!

彼は再び首筋に唇を押し当ててきた。

「やめて、やめて・・・」

やめてくれ、アンドレ。
今は何を聞いても受け入れられないっ!

シュ・・・。
彼は私の言葉を無視して、私のシャツのリボンを解き始めた。
そして釦を1つ1つ外しながら言った。

「お前だけだ、他の女に目を向けた事など一度もない・・・」

─ウソダ!

衝撃的な言葉だった。
愛していると言う言葉よりも・・・。

他の女性を抱いておきながら、どうして私だけといえるのか・・・。
私が知らないとでも思っているのか?
だからそんな嘘をつけるのか?
アンドレが私に嘘をついた・・・、アンドレは私を裏切った!

ウソツキ!ウソツキ!!



─気がつくとアンドレの身体は私から離れ、悲しげに私を見下ろしていた。

「・・・すまない、もうこんな事は二度としない」
「・・・」
「だけど・・・愛している、死んでしまいそうだよ」

アンドレは切なげに私の手を取ると自分の顔に当てた。
小さな声で何度も「愛している」と繰り返すと手の甲に口付けた。

「・・・アンドレ」

やっとの思いで言葉を発した。
そのとき、私は初めて自分が涙を流しているのに気づいた。
私は・・・、泣いていたのか。

絶望の影を背負い部屋を去っていくアンドレの後ろ姿を見て
私は再び泣き出した。
自分でも驚くほど涙が止まらなかった。

ウソツキ!

そう思うと、また涙が溢れ出すのだ。
アンドレは、そしてどうしようと言うのだろうか。
嘘をついてまで、私を抱きたかったと言うのか?

私はアンドレに解かれ開いたシャツを握り締めると
また、悔しさと悲しみが込み上げてくるのを実感した。

許せなかった。
他の女性を抱いておきながら、私を抱こうとするアンドレが。
平然と私だけだと嘘をついたアンドレが・・・。

 
  
                      FIN