白い夜



「教えてくれ、アンドレ。ロザリー」

寒空の中オスカルは迫り来る雪を見上げた。
いつかは・・・、忘れられるときが来るのだろうか?
想像もつかない遠い日。
彼からどんなに王妃様を想う気持ちを知らされても
決して消えることのなかった自分の炎。
この燃え上がった炎はどこへ出せばいい?

2人は結ばれなくても愛し合ってるのだから・・・。
自分達の不幸に酔えるのは幸福だからだ。

そんな考えを持ってしまう自分に嫌気がさす。
自分はこんな人間だったのか?
こんな自分が一番嫌いだ。

「フェルゼン・・・」

愛している。
あのまま彼に抱きしめられたかった。
口付けられたい。

先ほど触れられた肩が熱い。
握られた左手に唇で触れてみる。
彼の台詞が頭の中に舞い踊った。


【私もどれほど一緒に言ってやりたいと思ったか─】

彼に大切にされてると初めて実感した至福の瞬間。

【しかし、アントワネット様のために表立った行動は─】

優しく私の肩を抱いて地獄へと突き落とす。

【私の分もアントワネット様を守って差し上げてくれ】

そっと手を握りながら私の心を切り裂く。


心のどこかで期待していた。
そうなのかもしれない。
でも・・・。

ほんのわずかさえも、私の入れる隙間はないのか。

「苦しい・・・」

自分の頬を伝うものは溶けた雪だけではない。
教えてくれ。
諦められるときが来るのか?

彼から逃げるように馬を走らせた。



ヒヒーン!
「参ったな・・・」
アンドレは一人ごちた。
方々を探したがロザリーの行方は依然として知れない。
失望を胸に抱いて納屋へと馬を連れた。

「オスカル・・・?」
納屋の中で金髪が見えた。
「ロザリーは?」
「駄目だ、手がかりなしだよ」
「こちらもだ・・・」
搾り出すような彼女の声。
悲しげなのはロザリーの件だけではない。
分かっている。

オスカル、何があった?

「そうか、フェルゼン伯爵のところにも・・・」
ここで言葉は途切れた。
斜め下に目線を落とし、パタパタと雫を落としている。
アンドレは金髪をクシャリとなでてやった。
「大丈夫だよ、あの子はしっかりしてる。」

言い終わるのが早いかオスカルはアンドレにしがみついていた。
背中にしっかりと腕を回し顔を胸に埋めている。
泣き顔を胸に押し付けていた。

何があったんだオスカル?フェルゼン邸で。

彼女の背中に腕を回しきつく抱き返す。

俺では慰められないか?

「オスカル・・・」

放したくない。

「身体が冷えてるぞ」
平穏を取り繕うための言葉。
「暖炉をつけてやるから暖まれ」
今まで何度こんなことを繰り返してきただろうか。

オスカルは腕の中で頭を振った。
「いやなのか?」
「いや・・・だ・・・」
アンドレは軽くため息をついて言った。
「全く、わがままお嬢様だな」
「ああ、こんな自分大嫌いだ」

オスカル、フェルゼンと何があったんだ。
可哀想に口にできないのか。
自分をここまで追い詰めて・・・。

可哀想に。

「俺は好きだ」
「・・・私は大嫌いだ」
「残念ながら俺は大好きだ」

お前はフェルゼンに抱かれたいと思うのか?
俺がお前を欲しいと思うように。
気が狂いそうだ・・・。

ならば、慰められたいとは思わないのか?
俺が商売女で気を紛らわせるように。
そんな寂しい夜をお前は一人で耐えてるのか?
俺では慰められないか?

オスカルに分からないように、そっと彼女の後頭部に口付けた。

慰めてやりたい。

「・・・アンドレ」
「ん?」
「お前が暖めてくれ」
アンドレに回していた腕にさらに力をこめた。
「─暖炉は嫌いだ」