☆ 条件反射 ☆

 


           腕を伸ばしても触れない距離、でも一歩踏み込めば届く距離。
           俺が彼女の側にいるため、自らに課した枷。
           そしてこの枷は永久にこの身を縛るもののはずだった。

           「愛している。」
           彼女からの告白。思いもかけず得られた言葉。
           俺は自身の枷を外す唯一の鍵を手に入れた。

           はずだったのだが・・・。
           習慣と言うのは恐ろしいもので、新しい距離に中々慣れることができない。
           それだけならいいんだが、どうやら前の距離を保つため、オスカルが側に来ると
           彼女をよけているらしい・・・。
           俺自身にその意識はない!どーしてそんなもったいないことせにゃならんのだ!

           「アンドレ、この件だが。」
           隊にいる時はまだいい。司令官室に2人きりでいたとしてもお互い甘い雰囲気に
           浸るような気分にはなれない。
           オスカルも上官と部下という関係を崩さぬようにつとめている。
           それでも今までとは距離の取り方が明らかに違う。意識はしていないんだろうが
           話し掛ける時など前より距離が一歩俺に近い。
           で、俺は無意識に一歩下がってしまう・・・。
           オスカルのちょっと気分を害したような顔には気付かない振りをして、俺は彼女
           の手の中の書類を覗き込んだ。
           「何だ?」
           「ああ。」
           取り澄ましたオスカルの声。
           何とか場が持ったかな。

            問題は屋敷に帰ってからだ。
           俺は毎晩屋敷での仕事が終わると、オスカルにワインを運ぶ。
           元々それが俺の一日の終わりの仕事だったんだが、今はその後しばらく彼女と
           部屋で過ごすようになった。
           その時に慣れない距離がひょこっと顔を出す。
           その日はオスカルが長椅子に座っているのに、以前のように向いの椅子に座っ
           てしまった。
           「アンドレ。」
           俺の名を呼びながら、オスカルが拗ねた目をする。
           最近見せてくれるそんな表情はとっても可愛い、なんて思っている場合ではない。
           俺は極まり悪そうな顔で彼女の横に移動した。
           そしてそのままオスカルを抱き締める。意識さえしていれば距離を縮めることはで
           きるから。
           「アンドレ、グラスを持ってるんだぞ。」
           ちょっと咎めるような、でも決して嫌がっているわけではない声。
           恋人同士のつかのまの甘い時間。

            今日もワインを入れたグラスを二つ盆にのせ、オスカルの部屋へと向かった。
           昨日は一日中忙しくて、屋敷に帰り着いたのは夜半過ぎだった。
           もちろん2人で過ごす時間などもてるはずはなく、俺はお休みのキスだけして
           部屋から引き上げた。
           そんな時の彼女は俺をちょっと寂しげに睨む。頼むからそんな眼をしないでくれ。
           自分の眼差しが男をどんなに惑わすかなんて、本当にちっとも分かっちゃいない。

           コンコン。
           一応ノックする。
           「誰だ。」
           誰何する彼女の声。分かっているくせに。
           「俺だよ、入るぞ。」
           俺は答えながら、扉を開けた。
           オスカルは窓の側に立ち、空を見上げていた。
           俺はいつもの卓の上に盆をのせると、彼女の傍らに近寄る。
           「何を見ているんだ?」
           「星が綺麗だなと思って。」
           「本当だ。」
           今日は特に空気が澄んでいるのか、銀砂をまき散らしたような見事な星空だ。
           つられて空を見上げている俺の側にオスカルが擦り寄る。
           ・・・。またやってしまった。
           「アンドレ、一度言おうと思っていたんだが。」
           いささか冷たく響く彼女の声。そりゃ怒るよな、恋人に寄り添おうとしてよけられた
           んじゃ。
           「どうして私が側に寄るとよけるんだ!」
           ・・・、どう説明しよう。理由はあるにはあるんだが・・・。
           「えーと。」
           「もしかして、私が側に来るのがいやなのか?」
           ぶんぶんぶん。思いっきり首を横に振る。そんな風に思われたんじゃ堪らない。
           「じゃあなんで!」
           「・・・長年の習慣。」
           彼女の瞳のきつさが不意に弛んだ。綺麗な蒼い瞳が悲しげな色に染まる。
           「・・・私のせいか?」
           肯定するわけにもいかず、俺はただ笑みを返した。
           と、不意に柔らかな感触。オスカルが俺に抱き着いていた。
           「じゃあ、お前によける暇を与えなければいい訳だ。」
           そんな風に言ってもらえるなんて、少し前までは思いもしなかった。
           幸せに酔いながら、俺は彼女を抱き締めて唇を重ねた。

           長いキスの後、ようやくお互いを離した。
           恋人は俺に柔らかに微笑む。
           「お前が持って来たワインを頂こうか?」
           長椅子に二人して座り、グラスを手にする。
           今日のワインは少し濃い色のロゼ。オスカルの唇のような薔薇色。
           どちらともなくグラスを上げて、乾杯の仕草をした。
           一気に飲み干したオスカルはグラスを盆に返すと俺の肩に頭を持たせかけようと
           して・・・。

           すっ。ぽて。

           「アンドレ〜〜〜。」
           氷の方がよっぽど暖かいだろうな〜と思わせるオスカルの声。

           長年の習慣なんか、嫌いだ〜〜〜!



           FIN