想いのかけら
ちりり。
小さく硬い石が触れあう音が聞こえた。
何の音だろう。
ちりり。
ああ、しずくの形の石をあしらった耳飾り。
かつて一度だけ身に付けた時、こんな風に耳の近くで鳴っていた。
ちりり。
生まれて初めて纏ったドレス。
初めての恋への弔い装束。
あれほど苦しかった想いを今はこれほど心静かに思い起こせる。
男で身を鎧うことが当たり前だったあの頃。ひとときだけ想い人の前に貴婦人として
存在してみたかった。
故に纏ったドレス。
いや、纏ったのは女。
男という固い鎧の上に女という美々しい衣を纏った。
だが想い人は果たして衣の下、鎧の奥の女までも見い出してくれただろうか?
否。
美々しい女に目を見張ったとしても、私自身を見い出すことはなかったはず。
無理もない。あでやかな化粧、きらびやかな絹、華やかな装身具、馴染みのない女の
持ち物で精一杯身を飾ってかえって自分の女を覆い隠した。
鎧を脱ぐかわりに十重二十重に女で身を固めた私は想い人の目にどう映ったのだろう。
ふと笑いが唇に浮かんだ。
滑稽だっただろうか。
恋をもってしても自身の女を認め難かった矛盾は。
「もしも初めて会った時、おまえが女性だと分かっていたら。」
欲しくなどなかった精一杯の慰め。
結局、想い人が私を女だと得心する事はなかったのに。
だがかつての痛みにもう懐かしさしか感じない。
ようやく分かったから。
いかに身を鎧おうと何を纏おうと、私は女だ。
彼の前では。
ふと鏡に身をさらす。
映るのは恋人の訪れを待ちわびる女の甘やかな微笑。
そしてその女を何の戸惑いもなく自分だと認める私。
廊下を急ぐ足音が聞こえる。
きっともうすぐノックの音。
ちりり。
あるいはこれはかつての想いのかけらなのかも知れない。
それが触れあって音をたてる。
ちりり。
しまってしまおう。愛しさに包んで。
あの想いがあればこそ今の私もいる。
コンコン。
訪いを告げる音。
そして扉が開く。
fin