ラピス・ラズリ
また見ている、愛おしげに。
「何が良いんだ。そんな玉っころ。」
ディアンヌの向かいに座り、やることもなくぼ〜っと妹の手元を見ていた俺はとうと
う言ってしまった。
「まあ、兄さんったら。」
ディアンヌは縫いものの手を止めると呆れた眼をしながらも俺を睨む。
「玉っころは玉っころじゃねえか。どうせどこぞの露天で買った安物なんだろ。」
よせばいいのに止まらない。
ディアンヌは首を傾げて俺をじっと見つめると、一呼吸置いて穏やかに口を開く。
「これは私が大事な婚約者からもらった大事な指輪なの。兄さんも大人ならもう少し
礼儀をわきまえた方がいいのじゃない?」
そういうとふっと視線がまた指輪の方へ向いた。
・・・面白くもない。
ディアンヌが今はめている指輪は銀の台に小さな丸い青い石、ラピス・ラズリだとか
言ったっけ、がはめ込まれたもので、俺が”玉っころ”と呼んでいるのはその青い石
のことである。
指輪の石への俺の物言いははっきりいって八つ当たりだ。言ってる俺も言われている
ディアンヌもそれは分かってる。だからディアンヌも何とか怒り出さずにいる訳だ。
ディアンヌの婚約者はひょろっと背の高い、いかにも優しいだけがとりえです、って
感じの男だった。
言っちゃあ何だがディアンヌは俺の自慢の妹だ。器量良しで性格もいい。料理もうま
いし働き者だ。何よりあの笑顔。兄の贔屓目を差し引いても十二分に極上の女なのだ。
衛兵隊の連中だって「春の天使」だの「リラの花の妖精」だの呼ぶ位なんだぞ。
・・・「兄に似ず」っていう形容も必ずくっついてくるのは気に入らねえが。
それがどうしてあんな男と一緒になんかなりたがるんだ。
「どうしたの?兄さん。」
急に黙り込んだのを怪訝に思ったのか、ディアンヌは縫いかけのドレスをテーブルの
上に置くと立ち上がり、俺の顔を不思議そうに覗き込んだ。
言いたい事は山ほどある。でも言う訳にはいかない。もちろん今ぐだぐだ思っていた
事も口に出して言った事はない。
なぜなら妹は日に日に綺麗になるから。
”玉っころ”を見る時、ディアンヌは瞳になんともいえない優しい色を浮かべるのだ。
その時のこいつの顔の何と輝いている事か。兄の俺の目にさえ眩しいぐらいだ。本気
であの男に惚れているのが良く分かる。
妹にとってあの”玉っころ”は、惚れた男と一緒になって暮らす、その幸せが形となっ
たものなんだろう。
「何でもねえよ。」
妙に気恥ずかしく、だがそれを言葉にする訳にはいかず、しかたなく俺はそっぽを向い
た。
そんな俺の様子にディアンヌはくすくす笑い出す。
「お茶にしましょうか。」
そう言うとテーブルの上のドレスを棚のカゴに丁寧にしまい込み、台所へ向かった。
ディアンヌが縫っているのは結婚式に着るための白いドレスだ。
青い石の指輪をはめ、針を持つ姿の何と幸せそうな事か。
ラピス・ラズリ、災いを遠ざける力を持つのだとか。
婚約者に教えてもらったとそんなことすら嬉しげに話していたっけ。
”玉っころ”はディアンヌの幸せの手助けをしてくれるんだろうか?
ならまあ勘弁してやるか。
あの輝く笑顔を守ってくれるなら。
fin