戯れ言


「ヘマタイト、オニキス、ジェット、メラナイト、オブシディアン・・・。」
いきなり自分の瞳を覗き込んで何かの名前を挙げ出したオスカルをアンドレは怪訝そ
うに見つめた。
「何だ、それは。」
「黒い石の名前。お前の瞳の色、何に例えると一番近いかと思って。」
「?」
アンドレは腕の中の恋人の顔を訳が分からない、といった顔で覗き込む。
「私の瞳は皆一様にサファイアのよう、と形容するだろう。」
「まあ、そうだな。」
オスカルの瞳。”矢車菊の青”と呼ばれるカシミールに産する最上のサファイア、そ
れより尚見事な青
「で、お前の瞳は何だろうと思って。」
「お前の好きな石にすれば?」
そんな事より大事な事がある、とばかりにアンドレは彼女の顎に手をかける。
オスカルはすっと身を引くと両手で彼の頬を挟み込んだ。
「良く瞳を見せて。」
青い瞳が真直ぐに黒い瞳を覗き込む。
ただそれが恋人の熱っぽい視線ではなく観察者の眼なのがちょっと寂しい。
「それでどの石にする?」
「ヘマタイトは銀がかっているし。」
手持ち無沙汰なので頬に当てられたオスカルの左手の甲に右手で触れる。
「オニキスは磨くと光るし。」
ゆっくり撫でる。
「ジェットは黒過ぎる。」
手の甲から人さし指に向けて指を這わす。
「そういえば真珠と珊瑚にも黒があったな。」
くすぐったいのか指が逃げようとして動いた。
「でも黒真珠は瞳の色にはなりにくいし。」
右手を彼女の左手に当てたまま、顔を横に向けて彼女の手のひらにくちづける。すぐ
顔を正面に戻された。
「黒珊瑚は風合いが柔らかいな。」
「柔らかいのは似合わないか?」
指の間に自分の指を入れて手前に引く。
「自分の胸に聞いてみたらいい。」
表情が微かに歪んだ。
「メラナイトは・・・。」
「何?」
左手を掴むと手のひらを親指でそっと撫でた。
「お前なんにも聞いてないな?」
「謹んで拝聴しておりますよ。」
指を一本一本撫でていく。
「嘘つけ。」
観察者の眼が不意に甘くなった。
左頬に残っていた右手が彼の首に巻き付く。
「で、結論は?」
「オブシディアン。」
「なぜ?」
「最後に残ったから。」
後は甘い沈黙。


fin


ジェット・・・ジュラ紀の流木が化石化したもの。
メラナイト・・・ガーネットの一種。
オブシディアン・・・黒曜石