同病相憐れむ 手を伸ばす、届くはずなどないのに。 掴むのは空(くう)ばかり。そう解っていてもなお・・・。 夜勤明けで眼が醒めて、不意にことんと想いが腑に落ちた。 気づきたくなかった結論。 並ならぬ力量に敬意を払うに足る人柄。どう考えても認めざるを得ない人物へずっと続けていた餓鬼じみた反抗の正体。 横になったまましばらくの間、得た結論を反芻する。 やばい、滅入ってきた。 男女だの、威張り散らすしか能のない大貴族の人形だの、さんざ罵詈雑言浴びせた俺が、なんでこんな・・・。 横向きになり、身体を丸めた。 ぐるぐると色んな思いが身の内を廻る。 抱え込んだ感情のごった煮は最後にやっぱり先ほどの結論を引きずり出す。 だがいつまでも滅入ってる訳にもいかず、気を取り直して身体を起こした。 部屋には誰もいない。同じく夜勤明けで仮眠を取った奴らもいたはずなんだが。 もう時間だろうか。 寝棚から抜け出して伸びをし、首を回してみる。 ぱきぱきと音がした。 寝る時に脱ぎ捨てた上着を探して羽織ると、部屋の外へと出た。 兵舎の廊下を歩いていても分かる極上の天気。 窓を通しても感じる、眠気の残る瞼には辛いぐらいの明るい陽射し。 風薫る季節にはふさわしく、俺の気鬱にはふさわしくない。 兵舎の出入り口を出ていつもの集合場所に向かおうとすると、げ、アンドレが来た。 今の俺がこいつに会うなんざ、すさまじく間が悪い。 「どうした、冴えない顔をして。」 確かにこいつに俺を慮(おもんばか)る義理などないんだが、妙にのほほんと聞こえる台詞が気に障る。 「別に。」 大人気ないと思いつつ、つんけんと応じた。 だがこいつはなんだか得心がいったという顔をしている。 「お前、昨日は夜勤だったよな。」 疲れが取れないんだなと言いたいんだろう。気遣いってものには感謝しなきゃなるまいが、こういう時に素直になるのは難しい。 「なんでもねえよ。」 なんとかそんな言葉を舌に乗せ、前方を見やる。 うっ、会いたくない人物その2を発見・・・。 間が悪い時ってのはとことん間が悪いらしい。 俺たち二人に気づいて、隊長が軽く手を挙げこっちへやってくる。 芳しい風にふわりとなびき、初夏の陽にきらきらと映える見事な金髪。 思わず目を細めた。 ふっとアンドレの方を見やると、同じように目を細めている。 うわ、今の俺はこいつと同じようなツラをしてるわけだ・・・。 しゃあねえか。 かつて憐れみすら覚えた奴と同類に成り下がった自分にあっさり観念することにした。 そもそも隊長に出会ったのが運のつき。 色んな意味で綺麗という言葉がこれほど似合う人間に、じたばたあがいても所詮無駄だったわけだ。 「アラン、アンドレ。」 俺の葛藤などまったく知らない隊長は、涼やかな声で俺とアンドレの名を呼び、いたく爽やかに歩を進める。 唐突に俺はかかとを揃え、隊長に敬礼すると回れ右をした。 いくらアンドレと同じ女に惚れてるからって、同じようにぼーっとしてなきゃならんってことはないわな。 あっけにとられたであろう隊長の顔と、眼の端に入った驚いたアンドレの表情を後に俺は歩き出した。 なんとなく空を見上げる。 本当にいい天気だなあ。 もう一度伸びをし、輝く太陽に向かって思わず手を伸ばした。 指の先すら、届くはずなどないのに。
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