ダイヤモンド
ダイヤモンド。
地球上で一番硬い物質。語源はadamas(ギリシャ語)【征服されざるもの】の意。
モース硬度表による硬度は10。9である鋼玉の7〜10倍の硬度を持つ。しかし劈開質(へきかいしつ)があり、一定の方向に力を加えると割れる。
砕けてしまったものは二度と元には戻らない。
泣きながら自分を撃てと叫んだ事がまるで嘘のように、隊長
はいつもの冷静さを取り戻し、戦闘の後始末に当たってい
た。
アンドレを含む衛兵隊員達の亡骸が教会に運ばれ、安置さ
れる。
その様子は少なくとも目の端には入っていたはずなのに、隊
長の表情は変わらなかった。
気丈というにはあまりに奇異で俺はひどい違和感を覚えた。
欠片すら光に映えて美しい。でもあの何者にも犯されざる輝きはもう・・・。
表情が変わらないんじゃない。表情が無いんだ。ようやく気が
付いた。
凛とした美貌が時に冷たい印象を与える事があるが、本来の
隊長は実に表情が豊かだ。
笑いもすれば泣きもする。こっちがたじろぐほどに怒りもすれ
ば、見愡れるぐらいに優しく微笑む。
なのに今は出来のいい人形がただ動いているよう。それがあ
まりに有能なの
で気付いているやつは少ない。
悲しみに堪えて振る舞っているんだろう、皆はそう思っている
のかも知れない。
だが俺には悲しみを感じる心が壊れてしまったように思えて
ならない。
もし砕けた欠片を継ぐことが叶うなら、持てるもの全てを投げ出すだろうに。
そのうちに妙な事に気が付いた。隊長は右を向かない。
正確には右後方。
右を見るのにわざわざ左から回り込む。
意識してやってるようには見えないが、自然な動作じゃない。
右後方。いつものアンドレの定位置。
そうか。隊長は認められないのだ、彼の死を。だから見ない。
いつものように振り返れば分かってしまうから。彼がいない事
実が。
肩を掴んで揺すぶってやりたくなる。あるいは肩を抱いてやり
たくなる。
でも出来ない、出来るわけがない。
俺がどんな事をしようと、多分隊長には響かない。
整い過ぎた横顔はあからさまに俺にそう告げていた。
目の前に散らばる欠片を打ち眺めたまま、そう思う事しかできない。
一夜の宿も決まり、為されるべき事も為されて、一段落したと
いう雰囲気が漂った。明日からのことを考えればこんな風に
寛いでいる訳にはいかないのかも知れないが、だからこそ無
理矢理にでも気持ちも体も休めておかなければならない。
皆そんな風に感じていたんだろう。
俺は隊長を探してそこらをうろつき始めた。先刻まであちこち
動き回りあれこれ指示を出していたのに、場が落ち着くとふ
っと姿が目に入らなくなったのだ。
そのうちに足は教会に向かった。戦死した隊員達が安置され
ている場所。
この先だよな、そう思いながら角を曲がる。
目当ての教会の石段にうずくまる黒い影が在った。
夜目にも見事な黄金の髪。一目で隊長だと分かる。
だが近寄って愕然となった。
先ほどまで残っていた人形の風情すら残さない、無表情とい
う表情すら映さない顔。
悲しみにくれ、泣き叫んでいるのならまだ慰めようもある。
しかしただ在るだけのこの人を一体どうすればいいのだろう。
俺はなす術もなく立ち尽くす。
継げるのはどこを探したってただ一人だけ。
「アンドレ行くぞ、用意はいいか。」
翌朝、残った隊員で隊を編成し直すと隊長はいつものように
右後ろを振り返った。
そして理解する。
あいつがいない事実を。
不自然な無表情が崩れ、いつもの隊長が涙と共に姿を表
わす。
顔を歪めたまま、天を仰いでしばらく隊長は泣いていた。
奇妙な安堵を伴って俺はその涙を見つめた。
おかしな言い草だがまともに悲しみをあらわにするのを見て
ほっとしたのだ。
他の隊員達も何も言わず、ただ黙って待っていた。
欠片が輝きを取り戻す。いない奴の存在によって。
涙を拭い、隊長は再び前を見据えた。
その眼には人を惹きつけてやまない、いつもの光があった。
俺達全員にどこまでも共にと決めさせた、あの輝かしい光
が。
隊長が己を取り戻すためのきっかけもまた、アンドレだった
訳だ。
死んでいてすらあいつは隊長を隊長たらしめる。
妬む気すら起きねえな、ったく。
ダイヤモンドはきらめき続ける。人を魅了する輝きを持って。今日も、また。
fin
劈開(へきかい): 結晶がある特定の方向に沿って割れたり、はがれたりして平滑
な面を現すこと。
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