ガーネット 守ってやる、その思いは事実ではあるけれど。 真実では、ないのかも知れない。 死に到る杯に代わり飲み干したのは生命の杯。 なのにそれはこんなにも苦い。 愛を乞う事も恋を仕掛ける事もできない。 ただ、望むだけ。 憎む事も狂う事もできない。 ただ、愛するだけ。 執着、解放、愛慕、強欲、怯懦、傲慢。 身勝手な想いが渦を巻く。 だから終わりにしようと思った。 手にした小さな紙包みで。 末期(まつご)の酒は馴染みの葡萄酒。 しんと深いガーネットの色。 包みの中にはタナトスからの賜り物。 静かにグラスに落とし入れた。 あっけない程さらさらとガーネットの色にそれは紛れた。 死を呼び込むものであるにも関わらず、グラスはいつものように盆に乗る。 目をつぶっても行ける彼女の部屋。 ノックの音。誰何の声。扉を開け、閉める音。 幾度となく繰り返された日常。 昨日も今日も明日も連綿と続くはずの行為。 常ならぬのは自分だけ。 この世で一番大事なものに死をもたらすはずだった我が手。 いつものように差し出したグラス。 いつものように受け取った白い指。 露程も疑わず、彼女はグラスを干しただろう。 毒は酒と共に唇を濡らし、喉を通り、臓腑に達して速やかに彼女の息を止める。 蒼い瞳が輝きを失い、しなやかな四肢から力が抜ける。 命の炎が損なわれる様をただ見つめていればよかった。 そうして温もりの残る骸を思う存分抱きしめる。それで満足できるはずだった。 自分のものにはならぬ代わりに誰のものにもならぬ刹那。 その一瞬の為、全てを引き換えにするつもりだった。 己が命はもとより、彼女の全幅の信頼も、共に過ごした日々さえも。 だが事切れた身体を抱きしめたなら悟ったのだろう。 彼女を奪った死に対してすら嫉妬を覚えることを。 理不尽な思考。 彼女を死に添わせようとしたのは他ならぬ自分であるのに。 払い除けたグラス。床に落ちて割れる音。 散らばる欠片は灯りを受けて場違いな程明るく輝く。 毀(こぼ)れたグラスから静かに広がるガーネットの色。 ゆっくりと厚い絨毯に吸い込まれていく。 拾い上げた硝子の欠片で切った指先に血が滲む。 つんと鉄さびた匂いがした。 出来るはずなどなかった。 なのにせずにはいられなかった。 終わることのない堂々巡りを足掻きながらも繰り返す。 そうして性懲りもなく思い知る。 躍動する美と命の輝きの化身。 その彼女をこそ抱きしめたい。 結局身内に残るのは愛おしいという想いだけ。 蛇のようにのたうつ想いにこの身を咬ませ続けるしかない。 そして今、盆の上に硝子の欠片は転がる。 ガーネットと血の色にまみれて皮肉な程に赤い。
|