凍星(いてぼし)

見晴しの良い野原を子供が2人、転がるように駆けていく。
「ねえ。寒いよ。」
「うん。」
「オスカルってば。」
1人はふいに立ち止まり、目を輝かせて空を見上げた。
つられてもう1人も空を見上げ、息を飲む。
金砂、銀砂、金剛砂。藍玉、柘榴石、紅玉、真珠、黄玉。
物惜し気なくばらまかれた色とりどりの宝石のよう。
身をすくませる寒さに星々はより一層輝きを増す。
「綺麗だね・・・。」
どちらかというと乗り気ではなかった黒い瞳の持ち主がそう呟いた。
「うん。」
蒼い瞳の持ち主は得意げに応じる。
「来てよかっただろう?」
「う〜ん。」
これほど寒い思いをしているのに簡単に認めてしまうのはちょっとしゃくだと黒い瞳
の持ち主は躊躇する。
「アンドレ。」
蒼い瞳の持ち主が首をかしげる。
「・・・うん。」
降参、と黒い瞳が頷いた。
「あっちに明るい赤い星が見えるだろう、あれがベテルギウス。その斜め下の青い星、
あれがリゲル。」
手袋をはめた小さな指が南の空の明るい星を二つ、指差した。
「うん、分かる。」
「ベテルギウスとリゲルの間にきれいに3つ並んでいるのが3つ星。3つ星の一番右
端の星は真東から登って真西に沈む。覚えておくと便利だよ。」
「ふ〜ん。」
「ベテルギウスは右肩、その少し右下の星は左肩。リゲルは左足、リゲルの左下の星
は右足。この4つの星で作る四角形が体。3つ星はベルト。これがオリオン座。」
黒い瞳の持ち主も教えられた通りに指で星の上をなぞる。
「なんだかへたくそな人形みたいだ。」
蒼い瞳の持ち主がくすくす笑った。
「オリオン座の左下にある明るい星。あれはプロキオン。すぐ上の星とつないでこい
ぬ座。」
「・・・う〜ん、すっごく無理があるね。」
「リゲルの斜め下のぎらぎらした青白い星、あれがシリウス。左上の2つの星とつな
いで三角を作って頭。シリウスから右横の少し暗い星とつないで前足、下に星を3つ
つないで胴体、胴体の2つの星からそれぞれ右下にある星とつないで後ろ足。あれが
おおいぬ座。」
「星の本の絵って嘘つきなんだな。」
「文句の多いやつだな。昔の人の想像力をほめろよ。」
口ではこう言いながらも眼が楽し気に同意する。
お互い眼を見合わせて笑うと、もう一度空を見上げた。
星をつないで空に絵を描くのも悪くないけど、ただ綺麗だと見上げてるのもいい。
ふと黒い瞳の持ち主は相棒の顔を見つめた。
星に負けないくらいきらきら光る瞳。
ほんの少し見とれて、慌てて又、空を見上げた。
「本当に綺麗だ。」
しんしんとしみる寒さに体をくっつけ合う。
お互いの存在が暖かい。
”大好きだよ、オスカル”
口を動かさずにそう呟いた。

「寒いな。」
コートの襟を立てながら金髪の持ち主が馬上で呟く。
「ああ、当分この冷え込みは続くぞ。」
黒髪の持ち主が同じく馬上から応じる。
「寒いのは嫌いじゃない。星の輝きが一段と冴える。」
馬の歩を緩め、金髪の持ち主は空を見上げた。
その動きに肩を越し始めた髪がさらりと揺れる。
頭上には濃紺の天鵞絨(ビロード)のような夜空が広がり、まき散らされた星々が競
うように光を放っていた。
「お前は冬生まれだからな。俺は苦手だ。」
黒髪の持ち主は大人になりかけた肩をすくめてみせた。
「小さい頃、よく星を見に屋敷を抜け出たな。」
「そう、お前ときたら星も凍えそうな寒い夜がお好みで、俺がいくら嫌だと言っても
聞いてくれなかったっけ。お陰で俺は風邪を引きどおし。」
哀れな風を装う声。
「いつまでもぽかんと口を開けて星空を見上げ、帰ろうとしなかったのはどこのどい
つだったかな?」
意地悪気な物言いが調子を合わせる。
はいはいと黒髪の持ち主が白旗を上げた。
「お前が教えてくれたんだっけ、星座の見分け方。空には英雄や怪物や美女がいっぱ
い。だが問題はいくら眼をこらしてもそんな風には見えないってことだよな。」
「相変わらずだな。見ようと思えば見えるはずだ。」
くすくす笑いながらもう一度金髪の持ち主は空を見上げた。
黒髪の持ち主は昔と同じように相棒をそっと見つめる。
幼い時と変わらない輝く瞳を。
でも自分の中に幼い頃とは違う何かが育ち始めている。
ずっと相棒に抱いている感情とは違う何か。
気付いてはいけない、気付くべきじゃない。
だから閉じ込める。幼い頃の言葉の中に。
”大好きだよ、オスカル”

fin

凍星(いてぼし): 凍りついたように光のさえた、冬の夜空の星。