琥珀
蜜色の石を手のひらで転がす。
石の中には小さな虫。
暖かな色にくるまれて、何を想うのだろうか。
「何をしている?」
背後から優しい声が響く。
「これを見ていた。」
振り向いて手のひらごと石を差し出した。
「虫入り琥珀か。珍しいな。」
アンドレが蜜色の石をつまみ上げ、陽にかざした。
蜜色の石は光を吸ってきらめき、中の小さな輪郭がくっきりと浮かび上がる。
「でも、なんで中に虫がいるんだ?」
「琥珀は気の遠くなる程の昔、土砂に埋もれた木の樹液が地中深くで石化したものな
んだそうだ。たまたまその時木についていた虫が封じ込められたんだろう。」
「ふうん。」
言いながらアンドレは私の手のひらに石を戻す。
「こういうのも悪くないかも知れないな。」
ふと、呟いた。
「何が?」
訝し気な声。
「こんな風に暖かにくるまれてずうっとまどろんでいられるなら、石の中にいるのも
悪くないかも知れない。」
そうだな、お前と一緒に。
何もかも忘れてまどろんでいたい。
辺りの空気が柔らかく動く。
アンドレには背を向けて座っているのになぜだか分かった。
微笑んでいる。
「お前ならきっと退屈するさ。」
思いがけない言われように思わず振り返った。
「体を動かしていないと持たない性分だろう?どのくらい持つかな?こんなところに
は居られないと駄々をこね出すに決まっている。」
あまりな言い分に反論しかけ、でも言葉は何一つ出てこなかった。
優しい瞳に出会ったから。
不安、恐れ、怯え、苛立ち。私の澱(おり)を穏やかに呑み込む黒い瞳。
軽口の裏にあるのは深い想い
暖かな腕が優しく私を抱き締める。
虫をくるむ琥珀の悠久。
でもこの腕は私にとってそれよりなお確かな久遠。
この腕の中でなら、私は自分らしくないまどろみを欲しがらずに済む。
「愛している。」
こぼれた言葉ごと、そっと指先をとってくちづけた。
FIN
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