水晶



「アンドレ、綺麗だろう?」
オスカルが大きな標本箱を抱えてきた。
とん、と僕の目の前に置く。
ここはオスカルの部屋。僕は本を読んでいたんだけど、本に夢中になってしまった僕
がオスカルには気に入らなかったらしい。
仕方なく本を閉じ、テーブルの上に置かれた標本箱を見た。
「何だと思う?」
ちょっと得意げな口調でオスカルはすとんとソファーの僕の横に座る。
「え〜と、石だね。」
「うん。」
「綺麗な石の標本。」
「はずれ。普通標本ってそういう分類しないよ。」
「う〜ん。」
無色、黒、黄、茶、薄紅、緑、青、紫、灰色。透明、不透明。細い針が入ったもの
や煙を閉じ込めたような固まり。
形も風合いもばらばらな小さな石が並んでいる。
「降参、何?」
「これはね、水晶を集めた標本なんだ。」
「へ〜。」
ちょっと驚いてまじまじと箱を見つめた。
水晶っていうと無色透明なものを思い浮かべるけど、こんなに種類があるんだ。
「ねえ、触ってもいい?」
オスカルに聞くと
「いいよ。」
という返事。
僕はちょっとどきどきしながら箱のふたを開け、一つの石を取り上げた。
どんな花びらにも見劣りしない綺麗な薄紅色。
左の手のひらに置いてみて・・・。
「あれ?冷たい。」
当たり前の事を真顔で言ってしまった僕にオスカルはちょっと呆れ顔を向けた。
「当たり前じゃないか、石なんだから。」
「だって、こんなに綺麗で優しい色をしているんだもの。」
だから暖かくっても不思議じゃないと思ったんだ。まあ確かに理屈には合わないけど。
そっと両手のひらの上で転がす。
「それ、やる。」
えらく唐突にオスカルが言う。
「え???」
「お前の誕生日プレゼント。もう過ぎたけど。」
「だって。」
「お前何度聞いてもプレゼントに何がいいか答えてくれなかったじゃないか。」
オスカルがちょっと拗ねたように僕を睨む。
そうだった。”誕生日のプレゼント何がいい?”ってオスカルは割としつこく聞いて
たっけ。
特に欲しいものがなかったのと、一応主人であるオスカルに物をねだるようなこと言っ
ていいのか分からなくて”別にいいよ。”って言い続けたんだ。
僕は両手で石を包み込んで、オスカルの眼をまっすぐに覗き込んだ。
「ありがとう。」
オスカルは僕から視線をほんのちょっとそらす。
「大事するんだぞ。」
「うん。」
また眼がほんのちょっと泳ぐ。
最近分かった、オスカルが照れた時の癖。
いつもの整った表情からはちょっと想像がつかない。
僕は好きなんだけどな。

部屋に帰ってからもらった石をポケットからそっと取り出した。
この石に思わず見入ってしまった本当の理由。
柔らかな淡い紅の色合いが、オスカルが照れた時ほんのり頬に浮かぶ色。それにそっ
くりだと思ったなんて。
「言ったら・・・殴られるだけじゃすまないだろうな・・・。」
つぶやいて背筋に冷たいものが走った僕は、それでももう一度、左手のひらにのせた
花びら色の石にそっと右手で触れた。
ころん。手のひらで水晶が転がる。
僕は引き出しから一番上等のハンカチを出すと丁寧に水晶をくるみ、大事に机の奥に
しまいこんだ。



FIN


 文中の薄紅色の石のイメージはローズクオーツです。