冒 険   (小さな小さな冒険者)

「よいしょ・・と」
そう言って、ひとりの男の子が椅子から降りた。年の頃はまだ4歳か5歳ぐらいだろう。
「えっと、僕の帽子は・・・?」
今度は部屋の中をグルグル回り始めた。黒い瞳で部屋中を忙しく見回すと、ベッドの横の椅子に掛けてあるの見つけて、走って取りに行く。
帽子を被りながら今度は出入り口のドアへと向かう。次はドアの取っ手に小さな手を伸ばすが、まだ少し高いらしくなかなか届かない。それでも、一生懸命に背伸びをして取っ手を回してドアを開けた。暫く悪戦苦闘を繰り返すと、「カチッ」と音がした。その、音を聞いたとたん男の子は満足そうな笑顔を浮かべる。それから、そーっとドアを開けると外の光が洪水のように部屋に入り込んだ。
「うわー・・・」
男の子は喜びの声を上げて、外に飛び出す。外は賑やかに人々が行き来し、時折馬車や荷物を積んだ荷車が通る。それに圧倒されて、男の子は暫く立ち尽くす。仕方がない・・・。
いつもだったら大好きな父親と一緒なのだが、今日は違う。いいや、本当なら今日も父親が一緒のはずだったが、今朝早くに急用ができてつい先程出かけてしまったのだ。

「アンジュ、すまん!父様、急にお仕事になってしまった。でも、お昼過ぎには戻ってくるから、そうしたら一緒にお出かけしよう」
と、父親は息子に謝るけれど、息子は膨れっ面を見せると「父様なんてしらない!」と言ってソッポを向いた。必死に父親は謝る・・・。だけど、なかなかキゲンを直さない。
今日出かける事はずっと前からの約束だった。その事が頭にあってアンジュは納得しない。
無理もない。まだ4歳か5歳になるかならないかの子供に理解出来るわけがない。アンジュにしてみたら、父親の仕事も大事だが何よりも、今日一緒に出かけるという事の方が大事なことなのだ。だから、父親が出かける時はいつもなら「父様、行ってらっしゃい」と言って、大好きな父親の頬にキスをすると、笑顔で送り出すのだが今朝は違った。
「アンジュ、父様に行ってらっしゃいのキスはないのか・・?」
と父親が困った顔をして尋ねるが、まだ、キゲンが直らない息子は相変わらずソッポを向いたままだ。
(やれやれ・・・。ホントにアンジュはあなたそっくりだ・・・)
そう、心の中で呟いてみる。息子の気持ちも判らないではない。今日の事はかなり以前からの約束だったのだし、まして特別な日だ・・・。
(俺だって、本当なら今日は行きたくはないが、でも行かないともっと、おおごとになってしまうかもしれないからな・・・。でも、一応昼過ぎにはカタがつくはずだから・・・)
相変わらず、アンジュはソッポを向いている。しかし、いつまでもアンジュに構ってもいられない。仕方がない、今日はこのまま出かけるか・・・。
「じゃ、アンジュ、父様はお仕事に行って来るからな・・。昼過ぎにはすぐに帰ってくるから、大人しく待っていろよ」
そう言って、息子の頭を撫でてから出て行った。
後ろから、父親の姿を見送ると「べーっだ」と言って、舌を出す。
「父様なんてしらないからっ!」
そう言うと、彼は椅子から降りて自分で身繕いを始めた。
「いいもん。僕一人で母様のところに行って来るもん」

それが、今朝の出来事だ。
そう、今日はアンジュの誕生日。今日で4歳になる。
父親と約束していたのは、午前中は母親が眠る墓地へと参拝に行き、その後は父親と一緒にアンジュのプレゼントを買いに行く予定だった。
夜は夜で近所に住む、父親の友人宅でささやかながらのご馳走を用意して過ごすはずだった。それなのに・・・。
近頃、父親忙しい。それは小さいながらも商売を始めたからだ。それが、少しずつ軌道に乗り始めている事もあって、余計に忙しさに拍車をかけつつある。
だが、アンジュは判るわけがない。アンジュにしてみれば、大好きな父親と過ごす時間が少なくなってきたのだから、少々不満気味だ。
「だって、今日はずっと前からの約束なんだよ。母様のところに行くのを、僕楽しみにしていたのに・・・」
そう、一人で言いながら小さい足を進め始めた。
「でも平気だもん。僕一人でも母様の所に行けるもん」
てくてく・・・。ゆっくり歩く。行き交う馬車や人々も小さな男の子が一人で歩いているのを不思議そうに見つめている者もいれば、全く気に留めない者もいる。
そのうち、顔見知りの男がアンジュに気がつき
「おぉ。アンジュ、どこに行くんだ?アランは、父ちゃんは一緒じゃないのか?」
と声をかけた。アンジュはそれに気がつくと
「あ、ピエールおじちゃん、おはようございます」
と挨拶をする。それをみてピエールは感心したような顔を見せて
「アンジュはいい子だな。きちんと挨拶が出来て。で、どこに行くんだ?」
「あのね、母様のところに行くの。父様、今日はお仕事なんだもん」
そう、答える。すると、ピエールは一瞬不可解な顔をしたが、すぐに笑って
「そうかあ、じゃあ気をつけて行きな。ほれ、これをやるから、もって行きな」
と言って小さな紙の包みを渡す。そっと、紙の包みを開けると中にはビスケットが入っていた。それを見てアンジュはもう一度礼を言う。
「ありがとう!僕、大好きなんだ!」
「ははは。いいって事よ。じゃあな、アンジュ。気をつけて行きな・・・」
それだけ言うと、ピエールは先に行く。アンジュは「バイバイ!」と手を振りながら、また歩き出した。
しかし、母様に会いに行くって・・・。そう、一人になってみてピエールは考える。
ちょっと、待てよ・・・?アンジュの母ちゃんは・・・。
「ああー!」
大声を出して後ろを急いで振り返るが、小さな後ろ姿はもう人ごみに紛れて見えなくなっていた。しまった・・・!アンジュの母ちゃんはもうとっくに死んでいて、会おうたって会えるわけないじゃないか・・・!なら、アンジュは一体どこに行くって言うのだろう・・・?
このことは、アランは知ってるいのだろうか・・・?やばいな・・。一応、念のために知らせに言っておくか・・・。
そう、決めるとアランの店へと足を向けた。

「アンジュ・・・?いないの・・?」
ロザリーが部屋の中で、名前を呼びながら捜す。だが、いつもならが「ロザリーおばちゃん」と言って飛びついてくる姿が今日は見えない。
「アンジュ?もう、近所の子達と遊んでいるのかしら?」
そう、一人で呟きながらもう一度部屋の中を捜すが、やはり見つからない。仕方がないわ、アランにアンジュを昼頃まで頼むと言われたけれども、遊びに行ったみたいだから・・・。
でも、残念・・。一緒にお買物に行って、アンジュの好きな物を買おうと思ったのに・・・。
それとも、途中で会うかも知れないから今から捜しがてら市場に向かいましょ。
買い物かごを手にすると、部屋を出て行った。

一方アランは意外と簡単に仕事上のトラブルが片付いた。ただの、書類ミスだと判り相手の取引先にも多大な迷惑を掛けるかと思ったが、相手の方は意外とあっさりしていた。これなら、何とか昼前には帰れそうだ・・・。アンジュも少しはキゲンが直っているだろう・・・。後は、店の者に任しても済む仕事ばかりだし、それに俺は今日、大事な息子の為に休みを取ったのだから、さっさと帰るとするか・・・。
「じゃあ、俺は戻るぞ」と側にいたアンリに声を掛ける。アンリは「どうぞ。アンジュ君が待っているのでしょう」とニッコリと笑って答えた。
店の者は全員知っている。自分達のまとめ役であり、ボスであるアランがどれだけ大切に一人息子のアンジュを思っているか。それは時には「親ばか」と皆が言うくらいだ。
「それに今日はアンジュ君のお誕生日ですからね。早く戻ってあげて下さい」
それを聞いて、アランは嬉しそうな顔を見せると「そうなんだ。もう今日で4歳だ・・。それに最近特にな・・・」と話始めた。
しまった。アンリはそう感じた。アランがアンジュの事を話し出すと長くなる。ホントにこの人は「親ばか」だから・・・。と心の中で呟く。でも、そこはアランの秘書を勤めるだけあって「いいのですか?きっと、待っていますよアンジュ君」と笑顔で答えると、
「ああそうだ!急いで帰らないと!今朝、かなりキゲン悪くて大変だったのだから・・・」
そう言って、急いで店を後にした。そんなアランの後ろ姿をアンリは見送りながら
「やれやれ、本当に親ばかだ・・」とアンリはもう一度呟いた。

「あれ・・?おかしいな・・・?」
アンジュが周りをキョロキョロし始める。確かに、この道のはずなんだけれど・・。
ピエールと分かれてから、大分歩いたがまだ目的地には着かない。
「おかしいな・・・。前に父様と来た時にはお花屋さんがあったのに・・・」
もう一度、周りを見渡す。それは、どうも見慣れた通り道ではないみたいだった。
「じゃあ、こっちかな・・・?」
今度は反対方向に歩き始める。すると、今度は今来た道ともどうも違っているみたいだった。
「あれ・・?僕、こんな所通ったかしら・・?」
どうやら、道に迷ったらしい。所詮はまだ4歳になったばかりの子供の記憶力だ。完璧というわけではない。少しずつ、アンジュは不安になる。そして、次はどこへ行けば良いのか考えるが、何も思い浮かばない。
「どうしよう・・・」
次第に心細くなる。それでも、必死になって道を探して歩き出すが、それがまた悪循環を繰り返すだけだった。もう、どこから来たのかも判らないくらいその辺りを歩き始める。
「父様・・・。ごめんなさ〜い・・・」いつの間にか、泣きべそをかき父親を呼んでいた。小さな瞳から涙が溢れて来る。
きっと、僕が朝父様に「べーっ」ってしたから、神様が怒っちゃったんだ・・。僕もう、父様の所には帰れないのかも知れないよ・・・。どうしよう・・・。僕、もう父様に会えないのかな・・・。泣きながら、路地をひとつ曲がる。すると、一匹の黒ネコがいた。
それを見てアンジュは、「ネコだ・・・」と言うと少し笑顔が戻った。

ピエールがアランの店につくと、もう既にアランは家に戻ったとの事だった。
「あちゃー、一足遅かったか・・・」と言いと、その場に座り込んだ。アンリがどうしたのかと尋ねると、「いや、いいや。じゃあ、アランの家まで行ってくるから」と答えて去った。

アランがアンジュを迎えにロザリーの家に行くと、ちょうど玄関の前で会った。
「ロザリー、朝早くから悪かったな。アンジュのキゲンは直ったか?」
「それがね、私が迎えに行った時はアンジュいなくて・・・。多分、近所の子供達と遊んでいると思うのよ。だから、今ちょうど迎えに行こうと思ったところなの」
「そうか・・。じゃあ、俺も行くよ」
二人でアンジュを迎えにいつも子供達が遊んでいる、近くの広場へと向かった。だが、そこにはアンジュの姿がなく、他の子供達に聞いても、「今日はまだ見てないよ」と答えるだけである。それじゃあ、違う所で遊んでいるのだろうと思い、二人でその辺りを捜すが、アンジュの姿はどこにも見つける事が出来なかった。
「もしかして、もう家に帰っているのかも・・・」
ロザリーが言う。それにアランも同意すると自宅へと急いだ。
しかし・・・。アンジュはいない。
「アラン・・・!どうしましょう・・・!いないわ・・」
ロザリーが大声を出す。アランは
「落ち着け、ロザリー。もしかした、ロザリーの家に向かっているのかも知れない」
そう、言い聞かせる。それはまた自分にも言い聞かせるかのようであった。
走って、ロザリーの家に向かうとやはりいない。近所に聞いてみても「さあね・・。今日はまだアンジュの姿は見てないよ」「なんだい?何かあったのかい?」「まさか、アンジュは可愛いいから誰か連れて行ったんじゃないだろうね・・・」等と、言い出す者もいる。
それを聞いて、二人は不安が広がった。

「ネコちゃん、おいで・・・。ほら、大丈夫だよ・・」
アンジュは迷子になったのも忘れて、ネコを呼ぶ。暫くは警戒心を見せてなかなか側にこずに、身構えてアンジュを見ている。アンジュは諦めずにもう一度、ネコを呼んだ。すると、ネコはゆっくりと側に近寄ってくる。そして、アンジュの足元に来ると、「ナ〜ン」鳴いて、擦り寄る。喉が鳴っており、アンジュは嬉しくなってネコの頭を撫で始めた。もう、すっかり笑顔が戻っている。そして、誰に話し掛けるでもなく、ネコの相手をしながら、話し始めた。
「お前、どこのネコ?僕はねアンジュ。今日で4歳になるんだ。今からね、母様のところに行くんだけれど、でもね、なんだか違う道歩いているみたいなの・・・。僕、どうしたらいいのかな・・・」
また、顔が曇って来る。それは、泣くのを必死に我慢しているかのようにも見えた。ネコはじっとアンジュの顔を覗き込むと、「クルッ」と向きを変えて、歩き始めた。アンジュが驚いて「どこに行くの?」と声を掛けると、ネコは「ニャ〜ン」と鳴いて立ち止まった。
それは、まるでアンジュに「ついておいで」と言っているみたいだった。少し不安になる。
どうしよう・・。と考える。ネコはまだ待っている。「いいや、僕も行ってみよう」そう決心してアンジュは歩き出した。

「まさか、人攫いじゃないわよね・・・。アラン・・」
ロザリーが不安を隠しきれないかのように声に出す。それを聞いてアランは「まさか・・・」と答えるが、そのまま黙ってしまった。
まさか・・・。ああ、だけど・・。アンジュは確かに可愛いいから・・・。もし、そうだったら俺はあの二人に顔向けができない・・・。でも、そう簡単にアンジュが他人に連れて行かれるだろうか・・・。でも、今朝の事もあるからもしかしたら、ただ拗ねて何処かで遊んでいるのかも知れない・・・。
「ロザリー、俺はもう一度その辺りを捜してくる・・・」
「あ、待って。私も行くわ!」
「ロザリーはここで待っていてくれ。もしかしたら、アンジュが戻ってくるかも知れないから」
そして、ドアに向かった時「アラン、いるかい?」と言って中に入ってきたのはピエールだった。ピエールはアランの姿を見ると「よかった〜。やっと、お前さんに会えた」と言う。いつもなら、ピエールに椅子を勧めて中でくつろいでもらうが、今日はそうはいかない。アランは済まなそうな顔をして
「ピエール、悪いが今ちょっと立てこんでいて・・・」
「いや、そんな事はいいんだ・・・。ただ、アンジュが・・・」
アンジュの名前に素早く反応すると「アンジュがどうしたんだ!」と二人で大声を出した。それにはピエールも圧倒されて
「さっき、そこの表通りで会ったんだよ。で、一人でさどこに行くんだって尋ねたら、母様の所に行くって言ってさ・・・」
と、ややシドロモドロに答える。それを聞いたアランとロザリーは力が抜けたのか、床に座り込んだ・・・。
「なんだい?どうかしたのか?」ピエールが不思議そうに聞く。それに対して、アランは「助かったよ。ピエール・・・」とだけ返事した。まったく・・・。本当に母親そっくりだ・・。座り込んでいるアランに「じゃあな、伝えたよ。俺も用事があるから、また今度ゆっくりお邪魔するよ」と笑顔を見せて答えると、ピエールは出ていった。
「ああ、また遊びに来てくれ」アランが立ち上がって答えた。
それにしても、アンジュには驚かされる・・。やはり、母親にそっくりだ・・・。
だが、一人で母様の所に行くって・・・。あいつ、大丈夫なんだろうか・・・?
またしても、新しい不安がよぎる。
「ロザリー、俺今からオスカルのところまで行って来るわ・・・」
そう言うが早いか、アランは家を飛び出した。

「ねえ、ネコちゃん。どこ行くの?」
ネコと一緒に歩きながらアンジュは聞いた。だが、ネコは「ニャ〜ン」と鳴くのみである。
少し不安になりながらも、生来の性分もあるのだろう。アンジュは後をノンキについて行く。ネコはまるで道案内するかのように先を歩く。それにアンジュは遅れまいとついて行く。道は少しずつ、さっきよりも広くなり、角を曲がると視界が一気に開けた。
「わあ・・・」ようやく、アンジュの知っている道へと出たのだ。それでも、ネコはまだ先を歩く。黙って、アンジュはついて行く。すると・・。
「やった!やったよ、ネコちゃん!母様の所についたよ!」
そこは、アンジュの母親が眠る墓地の入り口であった。そして、足元を見るとネコが満足そうに「ニャ〜ン」とまた鳴いた。
アンジュは笑顔を見せると、「じゃあ、ネコちゃんも一緒に行こう」と言って門をくぐった。
ネコは黙ってついて来る。ゆっくりと歩きながらアンジュは母親の眠る場所へと急いだ。
そして、ようやく母親の所につくとやっと満面の笑顔を見せた。
「母様、こんにちは」そう言うと、ポケットからピエールにもらったビスケットを出す。そして、母親の墓にふたつ置くと次は隣の墓に向かって、「父様のお友達さん、こんにちは」と挨拶をする。それからまた同じようにしてビスケットをふたつ置いた。
もう一度、母親の方に向くと
「母様、僕ね今日お誕生日なんだよ。4歳になるの。それにね、大冒険しちゃった。僕ね、一人でここまで来たんだ。でも、途中で迷子になっちゃって・・・。でも、このネコちゃんがね、ここまで連れて来てくれたの」
そう言って、横を見るともうネコの姿はなかった・・・。
「あれ・・・?今までいたのに・・・。どこに行ったんだろう?」
不思議に思いながら辺りを見回すが、もうどこにもネコの姿はなかった。
「でも、また会えるかな?ね、母様・・・」
そうして、また話し始める。

アランが墓地についてアンジュを見つけた時、アンジュは母親の墓の側で眠っていた。それはまるで母親の腕に抱かれて眠っているかのようだった。
「まったく、こいつは・・」そう言いながらも、アランは笑みがこぼれる。そして、しゃがむと墓に向かって話す。
「オスカル・・。アンジュは本当にあなたそっくりだ・・。この、向こう見ずなところなんて、まるであなたそっくりだ・・」
それから、次は隣の墓に向かって
「なあ、アンドレ。そう思わないか?本当に困った天使だぜ・・・」そう言うと、アンジュの側に寄り、抱き上げる。アンジュは少し目を開けて
「う・・ん?父様・・?」とだけ言うと、また目を閉じて小さな寝息を立てる。
そんな子供の小さな体温を体に感じると、えもいわれぬ幸福感に包まれた。
(ほんと、とんだ誕生日だな・・。でも、よく一人で来れたよ・・・。俺は、もう少しで寿命が縮まるかと思ったぜ、アンジュ・・・。でも、まあこいつにしてみたら、冒険ってところか・・・。ここまで来る途中、その目は一体何を見て、何を感じたのだろうな・・・。まあ、目が覚めたらまた話してくれるだろう・・・。なあ、アンジュ・・・)
さて、急いで帰るか。きっと、ロザリーが今頃心配してまっている事だろう。そして、アンジュのためにご馳走を用意してくれているだろう。かなり心配もかけちまったしな。
それから、こいつの目が覚めたら説教だ。たまにはきつく言い聞かせないと・・。
もし何かあれば、今度こそ本当に二人には申し訳が立たないぜ。
ホント、お前は困った天使だよ。

今日は誕生日。
さて、来年の誕生日は一体何が起こるのだろうな。
チビでヤンチャな天使のアンジュ・・。
俺の大切な息子・・・。




<後記>
実は、この話しにはネタがあります。私の友人の子供がアンジュと同じ位の頃に
なんと、ひとりで家から1〜2キロはあるショッピングセンターまで行っちゃたのです。
もう、近所でも大騒ぎでした・・。私も友人からの電話で仕事先を早退して、探しに行きました・・・(^^;
でも、ちょうど顔見知りの方が途中見かけたと言いに来られて、全員で急いで
ショッピングセンターまで迎えに行きました。
何事も無くてよかったのですが、その子供は無邪気に「冒険したの」と言ったので、もう
怒る気力も無くなったのを覚えています。
その子も、もう小学6年生・・・。相変わらずやんちゃです・・。
冒 険   (小さな小さな冒険者)

「よいしょ・・と」
そう言って、ひとりの男の子が椅子から降りた。年の頃はまだ4歳か5歳ぐらいだろう。
「えっと、僕の帽子は・・・?」
今度は部屋の中をグルグル回り始めた。黒い瞳で部屋中を忙しく見回すと、ベッドの横の椅子に掛けてあるの見つけて、走って取りに行く。
帽子を被りながら今度は出入り口のドアへと向かう。次はドアの取っ手に小さな手を伸ばすが、まだ少し高いらしくなかなか届かない。それでも、一生懸命に背伸びをして取っ手を回してドアを開けた。暫く悪戦苦闘を繰り返すと、「カチッ」と音がした。その、音を聞いたとたん男の子は満足そうな笑顔を浮かべる。それから、そーっとドアを開けると外の光が洪水のように部屋に入り込んだ。
「うわー・・・」
男の子は喜びの声を上げて、外に飛び出す。外は賑やかに人々が行き来し、時折馬車や荷物を積んだ荷車が通る。それに圧倒されて、男の子は暫く立ち尽くす。仕方がない・・・。
いつもだったら大好きな父親と一緒なのだが、今日は違う。いいや、本当なら今日も父親が一緒のはずだったが、今朝早くに急用ができてつい先程出かけてしまったのだ。

「アンジュ、すまん!父様、急にお仕事になってしまった。でも、お昼過ぎには戻ってくるから、そうしたら一緒にお出かけしよう」
と、父親は息子に謝るけれど、息子は膨れっ面を見せると「父様なんてしらない!」と言ってソッポを向いた。必死に父親は謝る・・・。だけど、なかなかキゲンを直さない。
今日出かける事はずっと前からの約束だった。その事が頭にあってアンジュは納得しない。
無理もない。まだ4歳か5歳になるかならないかの子供に理解出来るわけがない。アンジュにしてみたら、父親の仕事も大事だが何よりも、今日一緒に出かけるという事の方が大事なことなのだ。だから、父親が出かける時はいつもなら「父様、行ってらっしゃい」と言って、大好きな父親の頬にキスをすると、笑顔で送り出すのだが今朝は違った。
「アンジュ、父様に行ってらっしゃいのキスはないのか・・?」
と父親が困った顔をして尋ねるが、まだ、キゲンが直らない息子は相変わらずソッポを向いたままだ。
(やれやれ・・・。ホントにアンジュはあなたそっくりだ・・・)
そう、心の中で呟いてみる。息子の気持ちも判らないではない。今日の事はかなり以前からの約束だったのだし、まして特別な日だ・・・。
(俺だって、本当なら今日は行きたくはないが、でも行かないともっと、おおごとになってしまうかもしれないからな・・・。でも、一応昼過ぎにはカタがつくはずだから・・・)
相変わらず、アンジュはソッポを向いている。しかし、いつまでもアンジュに構ってもいられない。仕方がない、今日はこのまま出かけるか・・・。
「じゃ、アンジュ、父様はお仕事に行って来るからな・・。昼過ぎにはすぐに帰ってくるから、大人しく待っていろよ」
そう言って、息子の頭を撫でてから出て行った。
後ろから、父親の姿を見送ると「べーっだ」と言って、舌を出す。
「父様なんてしらないからっ!」
そう言うと、彼は椅子から降りて自分で身繕いを始めた。
「いいもん。僕一人で母様のところに行って来るもん」

それが、今朝の出来事だ。
そう、今日はアンジュの誕生日。今日で4歳になる。
父親と約束していたのは、午前中は母親が眠る墓地へと参拝に行き、その後は父親と一緒にアンジュのプレゼントを買いに行く予定だった。
夜は夜で近所に住む、父親の友人宅でささやかながらのご馳走を用意して過ごすはずだった。それなのに・・・。
近頃、父親忙しい。それは小さいながらも商売を始めたからだ。それが、少しずつ軌道に乗り始めている事もあって、余計に忙しさに拍車をかけつつある。
だが、アンジュは判るわけがない。アンジュにしてみれば、大好きな父親と過ごす時間が少なくなってきたのだから、少々不満気味だ。
「だって、今日はずっと前からの約束なんだよ。母様のところに行くのを、僕楽しみにしていたのに・・・」
そう、一人で言いながら小さい足を進め始めた。
「でも平気だもん。僕一人でも母様の所に行けるもん」
てくてく・・・。ゆっくり歩く。行き交う馬車や人々も小さな男の子が一人で歩いているのを不思議そうに見つめている者もいれば、全く気に留めない者もいる。
そのうち、顔見知りの男がアンジュに気がつき
「おぉ。アンジュ、どこに行くんだ?アランは、父ちゃんは一緒じゃないのか?」
と声をかけた。アンジュはそれに気がつくと
「あ、ピエールおじちゃん、おはようございます」
と挨拶をする。それをみてピエールは感心したような顔を見せて
「アンジュはいい子だな。きちんと挨拶が出来て。で、どこに行くんだ?」
「あのね、母様のところに行くの。父様、今日はお仕事なんだもん」
そう、答える。すると、ピエールは一瞬不可解な顔をしたが、すぐに笑って
「そうかあ、じゃあ気をつけて行きな。ほれ、これをやるから、もって行きな」
と言って小さな紙の包みを渡す。そっと、紙の包みを開けると中にはビスケットが入っていた。それを見てアンジュはもう一度礼を言う。
「ありがとう!僕、大好きなんだ!」
「ははは。いいって事よ。じゃあな、アンジュ。気をつけて行きな・・・」
それだけ言うと、ピエールは先に行く。アンジュは「バイバイ!」と手を振りながら、また歩き出した。
しかし、母様に会いに行くって・・・。そう、一人になってみてピエールは考える。
ちょっと、待てよ・・・?アンジュの母ちゃんは・・・。
「ああー!」
大声を出して後ろを急いで振り返るが、小さな後ろ姿はもう人ごみに紛れて見えなくなっていた。しまった・・・!アンジュの母ちゃんはもうとっくに死んでいて、会おうたって会えるわけないじゃないか・・・!なら、アンジュは一体どこに行くって言うのだろう・・・?
このことは、アランは知ってるいのだろうか・・・?やばいな・・。一応、念のために知らせに言っておくか・・・。
そう、決めるとアランの店へと足を向けた。

「アンジュ・・・?いないの・・?」
ロザリーが部屋の中で、名前を呼びながら捜す。だが、いつもならが「ロザリーおばちゃん」と言って飛びついてくる姿が今日は見えない。
「アンジュ?もう、近所の子達と遊んでいるのかしら?」
そう、一人で呟きながらもう一度部屋の中を捜すが、やはり見つからない。仕方がないわ、アランにアンジュを昼頃まで頼むと言われたけれども、遊びに行ったみたいだから・・・。
でも、残念・・。一緒にお買物に行って、アンジュの好きな物を買おうと思ったのに・・・。
それとも、途中で会うかも知れないから今から捜しがてら市場に向かいましょ。
買い物かごを手にすると、部屋を出て行った。

一方アランは意外と簡単に仕事上のトラブルが片付いた。ただの、書類ミスだと判り相手の取引先にも多大な迷惑を掛けるかと思ったが、相手の方は意外とあっさりしていた。これなら、何とか昼前には帰れそうだ・・・。アンジュも少しはキゲンが直っているだろう・・・。後は、店の者に任しても済む仕事ばかりだし、それに俺は今日、大事な息子の為に休みを取ったのだから、さっさと帰るとするか・・・。
「じゃあ、俺は戻るぞ」と側にいたアンリに声を掛ける。アンリは「どうぞ。アンジュ君が待っているのでしょう」とニッコリと笑って答えた。
店の者は全員知っている。自分達のまとめ役であり、ボスであるアランがどれだけ大切に一人息子のアンジュを思っているか。それは時には「親ばか」と皆が言うくらいだ。
「それに今日はアンジュ君のお誕生日ですからね。早く戻ってあげて下さい」
それを聞いて、アランは嬉しそうな顔を見せると「そうなんだ。もう今日で4歳だ・・。それに最近特にな・・・」と話始めた。
しまった。アンリはそう感じた。アランがアンジュの事を話し出すと長くなる。ホントにこの人は「親ばか」だから・・・。と心の中で呟く。でも、そこはアランの秘書を勤めるだけあって「いいのですか?きっと、待っていますよアンジュ君」と笑顔で答えると、
「ああそうだ!急いで帰らないと!今朝、かなりキゲン悪くて大変だったのだから・・・」
そう言って、急いで店を後にした。そんなアランの後ろ姿をアンリは見送りながら
「やれやれ、本当に親ばかだ・・」とアンリはもう一度呟いた。

「あれ・・?おかしいな・・・?」
アンジュが周りをキョロキョロし始める。確かに、この道のはずなんだけれど・・。
ピエールと分かれてから、大分歩いたがまだ目的地には着かない。
「おかしいな・・・。前に父様と来た時にはお花屋さんがあったのに・・・」
もう一度、周りを見渡す。それは、どうも見慣れた通り道ではないみたいだった。
「じゃあ、こっちかな・・・?」
今度は反対方向に歩き始める。すると、今度は今来た道ともどうも違っているみたいだった。
「あれ・・?僕、こんな所通ったかしら・・?」
どうやら、道に迷ったらしい。所詮はまだ4歳になったばかりの子供の記憶力だ。完璧というわけではない。少しずつ、アンジュは不安になる。そして、次はどこへ行けば良いのか考えるが、何も思い浮かばない。
「どうしよう・・・」
次第に心細くなる。それでも、必死になって道を探して歩き出すが、それがまた悪循環を繰り返すだけだった。もう、どこから来たのかも判らないくらいその辺りを歩き始める。
「父様・・・。ごめんなさ〜い・・・」いつの間にか、泣きべそをかき父親を呼んでいた。小さな瞳から涙が溢れて来る。
きっと、僕が朝父様に「べーっ」ってしたから、神様が怒っちゃったんだ・・。僕もう、父様の所には帰れないのかも知れないよ・・・。どうしよう・・・。僕、もう父様に会えないのかな・・・。泣きながら、路地をひとつ曲がる。すると、一匹の黒ネコがいた。
それを見てアンジュは、「ネコだ・・・」と言うと少し笑顔が戻った。

ピエールがアランの店につくと、もう既にアランは家に戻ったとの事だった。
「あちゃー、一足遅かったか・・・」と言いと、その場に座り込んだ。アンリがどうしたのかと尋ねると、「いや、いいや。じゃあ、アランの家まで行ってくるから」と答えて去った。

アランがアンジュを迎えにロザリーの家に行くと、ちょうど玄関の前で会った。
「ロザリー、朝早くから悪かったな。アンジュのキゲンは直ったか?」
「それがね、私が迎えに行った時はアンジュいなくて・・・。多分、近所の子供達と遊んでいると思うのよ。だから、今ちょうど迎えに行こうと思ったところなの」
「そうか・・。じゃあ、俺も行くよ」
二人でアンジュを迎えにいつも子供達が遊んでいる、近くの広場へと向かった。だが、そこにはアンジュの姿がなく、他の子供達に聞いても、「今日はまだ見てないよ」と答えるだけである。それじゃあ、違う所で遊んでいるのだろうと思い、二人でその辺りを捜すが、アンジュの姿はどこにも見つける事が出来なかった。
「もしかして、もう家に帰っているのかも・・・」
ロザリーが言う。それにアランも同意すると自宅へと急いだ。
しかし・・・。アンジュはいない。
「アラン・・・!どうしましょう・・・!いないわ・・」
ロザリーが大声を出す。アランは
「落ち着け、ロザリー。もしかした、ロザリーの家に向かっているのかも知れない」
そう、言い聞かせる。それはまた自分にも言い聞かせるかのようであった。
走って、ロザリーの家に向かうとやはりいない。近所に聞いてみても「さあね・・。今日はまだアンジュの姿は見てないよ」「なんだい?何かあったのかい?」「まさか、アンジュは可愛いいから誰か連れて行ったんじゃないだろうね・・・」等と、言い出す者もいる。
それを聞いて、二人は不安が広がった。

「ネコちゃん、おいで・・・。ほら、大丈夫だよ・・」
アンジュは迷子になったのも忘れて、ネコを呼ぶ。暫くは警戒心を見せてなかなか側にこずに、身構えてアンジュを見ている。アンジュは諦めずにもう一度、ネコを呼んだ。すると、ネコはゆっくりと側に近寄ってくる。そして、アンジュの足元に来ると、「ナ〜ン」鳴いて、擦り寄る。喉が鳴っており、アンジュは嬉しくなってネコの頭を撫で始めた。もう、すっかり笑顔が戻っている。そして、誰に話し掛けるでもなく、ネコの相手をしながら、話し始めた。
「お前、どこのネコ?僕はねアンジュ。今日で4歳になるんだ。今からね、母様のところに行くんだけれど、でもね、なんだか違う道歩いているみたいなの・・・。僕、どうしたらいいのかな・・・」
また、顔が曇って来る。それは、泣くのを必死に我慢しているかのようにも見えた。ネコはじっとアンジュの顔を覗き込むと、「クルッ」と向きを変えて、歩き始めた。アンジュが驚いて「どこに行くの?」と声を掛けると、ネコは「ニャ〜ン」と鳴いて立ち止まった。
それは、まるでアンジュに「ついておいで」と言っているみたいだった。少し不安になる。
どうしよう・・。と考える。ネコはまだ待っている。「いいや、僕も行ってみよう」そう決心してアンジュは歩き出した。

「まさか、人攫いじゃないわよね・・・。アラン・・」
ロザリーが不安を隠しきれないかのように声に出す。それを聞いてアランは「まさか・・・」と答えるが、そのまま黙ってしまった。
まさか・・・。ああ、だけど・・。アンジュは確かに可愛いいから・・・。もし、そうだったら俺はあの二人に顔向けができない・・・。でも、そう簡単にアンジュが他人に連れて行かれるだろうか・・・。でも、今朝の事もあるからもしかしたら、ただ拗ねて何処かで遊んでいるのかも知れない・・・。
「ロザリー、俺はもう一度その辺りを捜してくる・・・」
「あ、待って。私も行くわ!」
「ロザリーはここで待っていてくれ。もしかしたら、アンジュが戻ってくるかも知れないから」
そして、ドアに向かった時「アラン、いるかい?」と言って中に入ってきたのはピエールだった。ピエールはアランの姿を見ると「よかった〜。やっと、お前さんに会えた」と言う。いつもなら、ピエールに椅子を勧めて中でくつろいでもらうが、今日はそうはいかない。アランは済まなそうな顔をして
「ピエール、悪いが今ちょっと立てこんでいて・・・」
「いや、そんな事はいいんだ・・・。ただ、アンジュが・・・」
アンジュの名前に素早く反応すると「アンジュがどうしたんだ!」と二人で大声を出した。それにはピエールも圧倒されて
「さっき、そこの表通りで会ったんだよ。で、一人でさどこに行くんだって尋ねたら、母様の所に行くって言ってさ・・・」
と、ややシドロモドロに答える。それを聞いたアランとロザリーは力が抜けたのか、床に座り込んだ・・・。
「なんだい?どうかしたのか?」ピエールが不思議そうに聞く。それに対して、アランは「助かったよ。ピエール・・・」とだけ返事した。まったく・・・。本当に母親そっくりだ・・。座り込んでいるアランに「じゃあな、伝えたよ。俺も用事があるから、また今度ゆっくりお邪魔するよ」と笑顔を見せて答えると、ピエールは出ていった。
「ああ、また遊びに来てくれ」アランが立ち上がって答えた。
それにしても、アンジュには驚かされる・・。やはり、母親にそっくりだ・・・。
だが、一人で母様の所に行くって・・・。あいつ、大丈夫なんだろうか・・・?
またしても、新しい不安がよぎる。
「ロザリー、俺今からオスカルのところまで行って来るわ・・・」
そう言うが早いか、アランは家を飛び出した。

「ねえ、ネコちゃん。どこ行くの?」
ネコと一緒に歩きながらアンジュは聞いた。だが、ネコは「ニャ〜ン」と鳴くのみである。
少し不安になりながらも、生来の性分もあるのだろう。アンジュは後をノンキについて行く。ネコはまるで道案内するかのように先を歩く。それにアンジュは遅れまいとついて行く。道は少しずつ、さっきよりも広くなり、角を曲がると視界が一気に開けた。
「わあ・・・」ようやく、アンジュの知っている道へと出たのだ。それでも、ネコはまだ先を歩く。黙って、アンジュはついて行く。すると・・。
「やった!やったよ、ネコちゃん!母様の所についたよ!」
そこは、アンジュの母親が眠る墓地の入り口であった。そして、足元を見るとネコが満足そうに「ニャ〜ン」とまた鳴いた。
アンジュは笑顔を見せると、「じゃあ、ネコちゃんも一緒に行こう」と言って門をくぐった。
ネコは黙ってついて来る。ゆっくりと歩きながらアンジュは母親の眠る場所へと急いだ。
そして、ようやく母親の所につくとやっと満面の笑顔を見せた。
「母様、こんにちは」そう言うと、ポケットからピエールにもらったビスケットを出す。そして、母親の墓にふたつ置くと次は隣の墓に向かって、「父様のお友達さん、こんにちは」と挨拶をする。それからまた同じようにしてビスケットをふたつ置いた。
もう一度、母親の方に向くと
「母様、僕ね今日お誕生日なんだよ。4歳になるの。それにね、大冒険しちゃった。僕ね、一人でここまで来たんだ。でも、途中で迷子になっちゃって・・・。でも、このネコちゃんがね、ここまで連れて来てくれたの」
そう言って、横を見るともうネコの姿はなかった・・・。
「あれ・・・?今までいたのに・・・。どこに行ったんだろう?」
不思議に思いながら辺りを見回すが、もうどこにもネコの姿はなかった。
「でも、また会えるかな?ね、母様・・・」
そうして、また話し始める。

アランが墓地についてアンジュを見つけた時、アンジュは母親の墓の側で眠っていた。それはまるで母親の腕に抱かれて眠っているかのようだった。
「まったく、こいつは・・」そう言いながらも、アランは笑みがこぼれる。そして、しゃがむと墓に向かって話す。
「オスカル・・。アンジュは本当にあなたそっくりだ・・。この、向こう見ずなところなんて、まるであなたそっくりだ・・」
それから、次は隣の墓に向かって
「なあ、アンドレ。そう思わないか?本当に困った天使だぜ・・・」そう言うと、アンジュの側に寄り、抱き上げる。アンジュは少し目を開けて
「う・・ん?父様・・?」とだけ言うと、また目を閉じて小さな寝息を立てる。
そんな子供の小さな体温を体に感じると、えもいわれぬ幸福感に包まれた。
(ほんと、とんだ誕生日だな・・。でも、よく一人で来れたよ・・・。俺は、もう少しで寿命が縮まるかと思ったぜ、アンジュ・・・。でも、まあこいつにしてみたら、冒険ってところか・・・。ここまで来る途中、その目は一体何を見て、何を感じたのだろうな・・・。まあ、目が覚めたらまた話してくれるだろう・・・。なあ、アンジュ・・・)
さて、急いで帰るか。きっと、ロザリーが今頃心配してまっている事だろう。そして、アンジュのためにご馳走を用意してくれているだろう。かなり心配もかけちまったしな。
それから、こいつの目が覚めたら説教だ。たまにはきつく言い聞かせないと・・。
もし何かあれば、今度こそ本当に二人には申し訳が立たないぜ。
ホント、お前は困った天使だよ。

今日は誕生日。
さて、来年の誕生日は一体何が起こるのだろうな。
チビでヤンチャな天使のアンジュ・・。
俺の大切な息子・・・。




<後記>
実は、この話しにはネタがあります。私の友人の子供がアンジュと同じ位の頃に
なんと、ひとりで家から1〜2キロはあるショッピングセンターまで行っちゃたのです。
もう、近所でも大騒ぎでした・・。私も友人からの電話で仕事先を早退して、探しに行きました・・・(^^;
でも、ちょうど顔見知りの方が途中見かけたと言いに来られて、全員で急いで
ショッピングセンターまで迎えに行きました。
何事も無くてよかったのですが、その子供は無邪気に「冒険したの」と言ったので、もう
怒る気力も無くなったのを覚えています。
その子も、もう小学6年生・・・。相変わらずやんちゃです・・。