まいん様の「サロン」にも「秘め事」のイラストがございます。 そのイラストから出来上がった文章「朝もや」、ステキです・・・。
どうぞ、あわせてご覧下さいね☆☆☆
『朝もや』
『秘め事』によせて
『朝もや』
「今日は・・・疲れ・・た」
司令官室の自分の椅子に沈み込むオスカルの姿がアンドレの視界に入った。
「こら。そんな所で寝るな。仮眠室に行け」
オスカルは、聞こえているのかいないのか、適当に生返事をすると、さら
に深く椅子に自分の体を沈みこませた。アンドレはショコラのカップを卓
上に置くと彼女に歩み寄った。
*****
突然の連隊本部からの抜き打ちによる武器の在庫調査。
オスカルの管轄内では、相変わらず、銃や剣の不法流出が続いていた。隊
員達は、衛兵隊の給料だけでは家族を養えない状態。特に若い者は給料も
少なく余計に貧困にあえいでいた。
『もう、生活のために武器は売らない』
隊員達は、そう隊長に約束したものの、家族を養うために、ひっそりと売
買行為は続けられていた。オスカルも表立っての注意はしていたが、その
心中は穏やかではなかった。以前の部下の悲痛な叫び声、
『弟の靴も買えない!』
は、彼女の心に深く刻みつけられていた。
*********
突然の検査官の訪問にオスカルは、とっさにパリ巡回中と嘘をつき不在を
装った。
『部下を守るためだ』
オスカルは痛む良心と格闘しながら司令官室にこもって在庫数をチェック
し、勿論、いくつか数が足らないので、アンドレにはジャルジェ家の物置
から使用済みの銃剣でも良いから、使えなくても良いから、数の帳尻を合
わせるために取って来て欲しいと頼んだ。
*****
「ジャルジェ准将です。お待たせして申し訳ありません」
オスカルが検査官に握手を求めた。
「おお、准将、ひさしぶりですな。お父上はお元気ですか?」
そう返答をしながら検査官はオスカルの握手を受け止めた。
「はい、ありがとうございます。お陰さまで元気に過ごしております」
検査官は、顔見知りの男だった。若い頃に父の下に仕えた事がある男。
オスカルの顔が、少し緊張から開放された。
武器庫での在庫のチェック。兵士の手持在庫のチェック。ジャルジェ家か
らアンドレに頼んで取って来てもらった武器は、言葉の切り返しができる
者に渡した。若い者に渡しておくと検査官に質問された時に、しどろもど
ろの口調になってしまい、違和感を与えてしまう危険があった。
「アラン、すまないな」
アラン他、数名が、その役目を請け負った。
夜勤で仮眠中の者を除いて、隊員達は全員食堂に召集をかけられた。各自、
武器を持ってきちんと整列をさせられた。案の定、検査官の足がアランの
前で止まった。
「おや?君はこんな旧式の銃を使っているのかね?」
何気ない質問だったが、その場に緊張感が走った。ばれたら今度こそ銃殺
は免れまい。年若なフランソワは、ゴクリと生唾を呑み込んだ。
午後の時間が涼やかに過ぎていくなか、衛兵隊員たちの胸中は暑い夏の日
のようであった。隊長の頬にも一筋の汗が、つうぅぅと伝い落ちた。それ
を拭おうともせずに宝玉のような瞳がアランを凝視している。
「はい。検査官殿」
落ち着いた口調でアランは答えた。
「ここにも、武器は充分に支給されているのだろう?なぜ、わざわざ、こ
んな旧式なものを使うのだ?」
銃にはジャルジェ家の紋章が刻まれており、もし、検査官がそれを手にと
ってみたら、国家から支給された銃ではないと一目でばれてしまう。
隊長は祈りにも似た気持ちで、事の成り行きを見守った。
「自分は銃の訓練が好きです。それで、銃の使用回数が増えたのに、手入
れを怠ったため使い物にならなくしてしまいました。隊長は」
アランは『隊長は』という部分を強調した。
「隊長は、お前の練習熱心さに敬意を示して今回は銃の手入れを怠ったの
は許してやる。だから次回からは、きちんと手入れをするようにと自分
に新しい銃を支給してくれようとなさいました」
さらにアランの言葉は続いた。
「しかし、自分の怠慢で銃をひとつ潰してしまったので使い古しの銃で良
いと、隊長の気持ちを辞退しました」
「それは、良い心がけだ」
検査官の声音が少し緩んだ。
そのタイミングを計り、アランは畳み掛けるように言葉を続けた。
「隊の武器は全て国家から支給されるものであります。自分は、それを無
駄にはしたくありません。銃1丁といえど国家の宝ですから粗末にはで
きません。そうですよね?検査官殿」
検査官は、『大した心がけだ』とアランを褒め、『よくも、まあ、あの荒
くれ者たちをここまで統率できた』と隊長を褒め、引き上げていった。
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オスカルは、先程までアランに労いの言葉をかけていた。
「ところで、アラン」
「はい、隊長」
その様子を見ながらアンドレも検査官同様に、荒くれ兵士達を統率したオ
スカルの手腕に深く感動を覚えていた。『反乱』もどきに『食堂拉致』。
赴任当時は猛犬のようだった兵士達が、今では隊長を守る番犬のように控
えている。アランにソレを言ったら、また食って掛かるだろうなと思いな
がら・・・。
そう、彼らは吼えなくなったのだ。弱い犬ほどよく吼える。貴族の女上官
を受け入れた時点で彼らは人間的にも成長できたのだとアンドレは感じて
いた。自分にとって理不尽なものを受け入れる時ほど精神的な苦痛を伴う
事は無い事を彼は知っていた。そう、あのオスカルの婚約話の時に、ソレ
を悟った。
「はい。なんでしょう?隊長」
「近いうちに武器流出の件で皆と話し合いをしたい。やはり、このままで
はいけない。わたしもいつまでも目をつぶってはいられないからな」
「まあ、そうでしょうね」
「わたしの方でも、労働規約の見直しをしてみようと思う。申請をすれば
つけてあげられる手当てのひとつでも見つけられるかもしれない」
「わかりました。勤務の合間に班会を開きます」
「うむ、頼む」
アランが下がっていき、すかさず、アンドレは彼女の好物のショコラを入
れた。司令官室に立ち戻ると、彼女は椅子に身を沈めていた。
声をかけても起きる気配が無い。仮眠室に運ぼうかとも思った。しかし、
恋人になって間もない自分には感情のコントロールなど出来そうになかっ
た。触れてしまえば場所がどこであろうとそのまま抱きしめて離したくな
くなるだろう。しかし、と彼は自分の衝動を押しとどめた。
オスカルと自分は表立っての関係は『主人と従撲』である。もし『恋人同
士』という関係が明るみになれば、旦那様は、自分をオスカルの傍に置く
のをやめるだろう。旦那様にも世間一般的な父親のように
『万が一、娘に悪い虫がついたら』
という父親の心理が働いている事をアンドレは心得ていた。守るつもり
の者がその『虫』なのだから成敗されても文句は言えないのかもしれない。
そんな事を考えながらアンドレはクローゼットからブランケットを取り出
した。ブランケットは、ほのかに暖かかった。まるでアンドレの心のよう
に。彼は、それをふわりとオスカルにかけた。ずり落ち防止のため、椅子
の藤掛に大きなクリップでそれを固定した。軍靴を脱がし、足元に別のブ
ランケットを敷いた。足の裏が暖かいと少しは眠れるだろうと思いながら。
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いつの間にか、アンドレは立ったまま壁に寄りかかって眠っていた。自分
でも器用だなと苦笑した。兵士達の事を隊長を守る『番犬』のようだと思
ったけれど、その筆頭は自分だなと思う。ここに赴任してきた時兵士達が
オスカルに何をするか予測がつかなかったから、いつでも飛び出せるよう
にと立ったまま眠ってしまう変な習慣が出来てしまった。
身に付いた習慣は恐ろしいものだなと思っていたら、カタンと窓の開く音
がした。顔をあげるとオスカルが「おはよう」と言いながら外の空気を取
り込んでいた。
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