☆ 魂が見出したもの ☆

      微かな微睡みから目覚めると窓辺から柔らかな月の光が部屋の中を照らしだしていた。
 
      月明かりの差し込む窓から微かに視線を移すと、オスカルは傍らで静かな寝息をたて
     ているアンドレの顔を覗き込んだ。まるで幼子のような安心しきった寝顔。私も同じような
     寝顔で彼の傍らで眠っていたのだろうか、とふと思う。不思議だった。
      ここにいるのは私の魂の半身。引き離されては、決して生きてはいけないだろう。何故、
     こんな長い年月己の中にある彼への想いに気がつかなかったのだろうか。それとも無意
     識にその想いに封印をしてきたのだろうか、かけがえのない魂の片割れを失うことの恐ろ
     しさに。恋をしたことはあった。だが、あれは愛ではなかったのだとオスカルは確信してい
     た。あれは女としての存在を否定されてしまった自分自身を哀れんで映し出して見せた鏡
     の姿。なんて愚かな回り道をしてきてしまったのだろう。もっと早く想いに気づいていたら、
     彼をこんなに苦しめることはなかっただろう。それを思うと胸の奥が酷く痛んだ。
     「……」
      涙が零れ落ちた。いくつも、いくつも。愛しさに息が詰まる。言葉にならない感情が存在す
     ることを彼を愛して彼女は始めて知った。
     「眠れないのか」
      不意に柔らかな声音が耳元で響く。優しい腕に抱きしめられる。
     「どうした、オスカル。何を泣いてるんだ」
      応えることはできなかった。どう言えばよいのだろう。この胸の奥に湧き上がる想いは
     言葉になどにはできない。彼女は彼の背に手をまわすと、まるで幼子のように小さな声で
     すすり泣いていた。彼は何も言わずにしっかりと彼女を抱きしめて、優しくその髪を撫でて
     いてくれた。
      暖かい、この温もりを失うことなどできない。いつまでもこの腕の中で微睡んでいることが
     できるのならば、どんなに幸せだろうか。しかし明日は確実にやってくる。そこには何が待ち
     受けているのか、彼も感じ取っているだろう。それでも彼の手を離すことはできない。
     「大丈夫。俺はいつでもお前の傍にいるよ。あの日、お前と初めてであった日。あの時、俺の
     瞳はお前を見つけ、心がお前を選び取った。俺のこの魂がおまえ自身を」
     「魂が私を」
     ようやく顔を上げると、オスカルは彼の透き通るような瞳の奥をしっかりと見つめ返した。
     「そう、人は皆その魂の半分を分け合って生まれてくる。そうして失った魂の半分を捜し求
     めて生きていく」
     「魂の半分……」
     「幾度も、幾度も、人はそうして巡り会う。魂の片割れがいなくては生きてゆくことはできな
     いから」
      彼の言葉が心に染み込んでゆくようだった。
     「愛してる、アンドレ。私の魂の半分がお前で本当に良かった」
     「愛しているよ、俺も」
      唇がふれ合う。今夜だけはこうしていよう、やっと巡り会い、魂が一つに結ばれたのだ
     から。
      そう明日がどんな日であろうとも。
      七月十三日の朝はまだ遠い。

                      終り