風のささやき

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その日の兵営は、何時になく賑やかだった。
ブイエ将軍に逆らったがためにアベイ牢獄に投獄されながらも、無事釈放されたアラン達衛兵隊B中隊第一班。
無罪放免された彼らを祝福しようと、非番の兵士達がささやかな宴を開いていたからだ。
毎日殺伐としている中、久し振りに伝わった嬉しいニュース。
元々お祭り好きの面々が、こんな話をほっとく訳がない。
会場となった娯楽室には続々と人が集まり、賑やかさが増していった。
中には勤務中の持ち場をこっそり離れて駆けつける者もいる。
ここには久し振りに、明るい笑顔が揃っていた。
それは一触即発というパリの緊迫した情勢が嘘のように賑やかな宴となり、兵士釈放のお礼の為にベルサイユへ伺候しようとしていたオスカルも、思わずその足を止めてしまったぐらいであった。
後ろに控えていたアンドレと目を交わし、首をすくめる。
そして苦笑を浮かべると、娯楽室へと足をはこんだ。

「すごい人数が集まったものだな」
突然の隊長の登場に、娯楽室中がわき上がった。
当然ながら座席はすべて埋まり、立っている者もぎゅうぎゅうですし詰め状態。
一体何人が集まっているのやら・・・
入り口近くの兵が隊長に席を譲ろうと慌てて立とうとしても、動くことも出来ないほど。
遠くの方で第一班の面々が「隊長〜!」と叫んでいるようだが、わき上がる歓声にかき消されている。
アランも懸命にこちらに来ようと暴れているが、人の波に阻まれてどうにも動きようがないようだ。
そんな様子に目を細めて、嬉しそうにオスカルは眺めていた。
「隊長、是非こちらに!」
「アンドレも、さあ!」
二人にあちらこちらから声がかかる。
兵達がしきりに宴へ誘っていたが、オスカルはそれをやんわりと断り
「諸君も知ってのとおり、今、フランスの情勢は大変厳しいものがある。こういう集まりも結構だが、あまり羽目を外しすぎないように・・・」
と大騒ぎの兵達に伝え、ひといきれと熱気でむせ返った娯楽室を後にした。

「良かったのか、あんな騒ぎになって・・・」
宴たけなわの兵に捕まって一足遅れとなったアンドレが、早足でオスカルに追いつきながら尋ねてきた。
「こんな時代だ。ストレス発散の為にも、たまには良いだろう」
そう言いながらオスカルは、相変わらずおまえは心配性だな、とクスッと笑う。
「おまえも・・・ 本当は加わりたいんじゃないのか?」
遠くから聞こえてくる楽しげなざわめきを耳に、金の髪をなびかせながらオスカルが言った。
陽の光がきらめく。
見慣れた顔が一瞬、この世のものとは思えないほどに輝いた。
そんな彼女をアンドレは、眩しそうに見つめていた。
「オスカル」
「残念ながら私は、宮廷に伺候せねばならない。おまえは遠慮せずに残ればいいのに」
「だけど、また暴動にあったら・・・」
先日のパリでの馬車襲撃の恐怖が二人の脳裏をかすめた。
アンドレが心配するのもわかるが、今回出かける先はパリではない。
「安心しろ、私は子供じゃないぞ。一人で大丈夫だ」
颯爽と愛馬に乗りながら、未だ不安げな表情のアンドレを見下ろす。
何よりも自分のことを一番に心配してくれる、私の恋人はなんて頼もしいんだ。
オスカルの心に感謝の気持ちがこみあげて、自然と笑みがこぼれだす。
「おまえもたまには羽を伸ばしてくるといい。心配してばかりでは、身がもたないぞ」
華やかな明るい笑顔を残してオスカルは、手綱さばきも鮮やかに宮廷へと馬を駆った。

「まったく、こっちの気も知らないで・・・」
つい先日、愛を確認しあったばかりの二人ではあったが、仕事は仕事。
公私混同しないオスカルのそんな性格は、自分が一番良く知っている。
馬の背に揺れる後ろ姿に小さなため息を一つつき、アンドレは連兵場の門外に消えつつある彼女を見送った。