ある午後の話 オスカルの笑い声が聞こえてくる。 ああ、久しぶりだな、おまえのこんな声を聞くのは――山積みになった書類を繰る手をとめ、アンドレは微笑んだ。 近頃心が重くなることばかりで、こんな風に声を上げて笑うことがあまりなかった。できるならいつだって笑顔でいて欲しいが、このご時世、彼女の立場で、しかも彼女の気性だ。眉間にしわを寄せている日の方が、どうしたって多くなってしまう。 だから今聞こえてくる声は、大いに歓迎すべきものなのだが、何かがひっかかった。 いったいどうしたっていうんだ?誰がおまえをそんなに楽しげにさせている? 嬉しいはずのオスカルの笑い声が、胸の中に小さな熱い風をたたせた。 あいつか・・・・・。 やがて聞こえてきたもう一つの声に、アンドレは舌打ちした。胸に吹く風がかすかにうねりを帯びる。纏い付く感情を振り払うように勢いよく立ち上がると、大きく窓を開けた。 空気に夏の香りがする。今までで一番幸福な夏の香り・・・。 何を不安に思うことがある?彼女が優しく微笑んで見つめるのは、他の誰でもない。この自分ではないか。 大人げないと苦笑しつつ、胸の内をはき出すようにひとつ深呼吸をした。 やがて扉が開き、この部屋の主が姿を現した。 「アンドレ!」 入ると同時に呼びかけてくる声は、そのまなざしと共に、瞬時にいろいろな想いを告げてくる。ときめきと安堵と、離れていた時間への不服と、再び見つめ合える喜びと・・・。 アンドレはそんな彼女が愛おしくて、目を細めた。少し背中をのばして、抱きしめたくなる気持ちを閉じ込める。 「お疲れ様、オスカル、アラン。思ったより早かったな。」 「そんなに長くいるところではない。」 微笑む恋人の顔が、不機嫌に色を変えた。 三部会開会以後、休暇はすべて先送りになっている。屈強な隊士たちにも、そろそろ疲れが見え始めた。このままでは軍務にも支障をきたすだろう。何よりも、彼らの健康が心配だと、オスカルは軍上層部へ直接交渉に出かけていたのだ。 たまたま居合わせたアランが同行したのは、アンドレよりも強力な助っ人になるとの彼女の見解からだった。 アンドレではだめだ。彼と一緒ではケンカにならない。ケンカといったって、何も殴り合いをしようってわけじゃない。激しく論議を戦わせ(その中には、上司に対し多少、いや、かなり失礼な言動も含まれる)自分の求めるものを勝ち取る。それだけのことだ。 それだけのことではあるが、アンドレが一緒にいると、オスカルの思うように事は運ばない。まぁまぁと穏やかに宥められ、双方が最も歩み寄れる位置まで駒を進められ、最後は穏やかに解決へと導かれるのだ。そうに決まっている。 時には勢いで押し切ってしまった方がいいことだってあるというのが、最近のオスカルの持論だった。 彼を愛していると自覚してから、いくつもの発見があった。今まで気づかずにいた男の魅力だとか、女に他ならない自分の行動だとか。さらには彼の手が自分のそれを包み込めるほどに大きいこと、寄り添ったとき、ずいぶん高い位置まで見上げなければならないこと、彼の肌がいつも熱を帯びていて、それが自分にまで飛び火してくること。それらは、いろいろな場面で、思いがけず現れては、彼女を驚かせ、あるいは喜ばせていたのだが、その愛情が深くなるに連れ、大きくなってきた想いがあった。 ――なぜアンドレは、こんなにも穏やかでいられるのだろう? 彼に抱き締められる度、口づけされる度、どれほど自分を愛してくれているかを思い知らされる。この情熱を、アンドレがどこにどうやってしまっているのか、オスカルは不思議でならない。愛し、愛されることを知ってから、自分の気持ちを隠しておくことがずいぶん困難な作業だったので、彼の静かな佇まいはまるで奇跡のような気がして、時に憎らしくさえあった。 ――もしも、アンドレがもう少し強引だったら・・・ 今となっては詮ないことだが、オスカルは考えずにはいられない。 ――もっと早く、彼を愛していることに気がついたんじゃないだろうか。気がつかないのは自分が一番悪い。さらには、彼がその想いを気取らせないようになったのは、全部自分のせいだ。でも・・・。 勢いで押し切るのも時には必要だというのは、ここのところなのだ。 今が幸せであればあるほど、手に入れ損なった日々が口惜しい。オスカルは、アンドレの穏やかな優しさが愛しくてたまらない反面、少しばかりそれが恨めしくもあるのだった。 「で、どうだった?」 「どうもこうも!頭の固いジジイばかりだ。ったく、腹が立つ!!」 手袋を机の上に投げ捨てると、美しい唇がひとしきり上司であるお歴々の悪態をついた。 アンドレと目のあったアランは、少し肩をすくめてから、右手の親指と左手の小指をたてて打ち合わせ、隊長が一戦やらかしてきたことを告げると、ニヤリと笑った。 「何がおかしい、アラン!?」 目ざとく見つけたオスカルの厳しい声が飛んでくる。 「いえ、別に・・・。」 「だいたい、おまえがだらしないからではないか!もう少しわたしに加勢してくれても良さそうなものだ。せっかくおまえを見込んで連れて行ったのに、おまえが言ったのは、はぁ、いいえ、そうです、わかりました。これだけだぞ!まったく情け無いっ!!」 上司から自分へと隊長の怒りが矛先を変えてきたので、アランは神妙な顔をしつつ、アンドレに目配せした。笑いをこらえて眺めていたアンドレは、救助サインをキャッチすると、頷いて穏やかに声をかけた。 「そう興奮するな、オスカル。アランが困っている。こいつの立場も考えてやれよ。」 「だって、アンドレ!」 「まぁ、落ち着いて。回答は?まったくダメだった?」 「・・・・・3日」 「3日?よかったじゃないか!充分とは言えないが、ともかく休めるんだ。みんな喜ぶよ。行ってみた甲斐があったな。なぁ、アラン。」 微笑むアンドレに、アランがコクコクと頷き返事をする。これで隊長からのお叱りは終了だと、ホッとしている様子がありありと見て取れた。 ほら、やはりアンドレではケンカにならない――オスカルは心の中で呟いた。 その穏やかな物言いは、彼女の『勢いで押し切り論』をあっけなく退けてしまう。こういうところは、なかなか彼に勝てない。いや、勝てなくてもいいのだ。今では、優しく宥められ、丸め込まれてしまう心地よさを知ってしまったから・・・。 けれど、時には多少我が儘を言ってみてもいいだろう?優しくされるのに慣れてしまうと、気づかずに通り過ぎてしまうことだってあるじゃないか・・・。 そんなことを考えていたから、きっと不満そうな顔をしていたのだろう。機嫌なおせよと、大きな手が彼女の髪をくしゃっとかきまぜた。 「それよりも、何だか楽しそうだったな。おまえの笑い声が聞こえてきたから、首尾は上々だと思っていたのに。」 アンドレの言葉に、オスカルの表情がぱっと輝いた。 「そうなんだ、アンドレ!けっさくな話があって」 「話?」 「あの狸親父のさ!こればかりは、アランのお手柄だな。これでヤツの弱みを握ったも同然だ。ふふ、これからの取引は、全部、わたしの勝ちって訳だ。」 オスカルは嬉しくてたまらない様子だが、その横でアランがしまったという顔をした。 「アラン、おまえ、オスカルに何を吹き込んだ?」 「人聞きが悪いな。隊長ががっくりきてるから、元気がでるかと思ってさ。」 「だから、何を教えたって!?」 アンドレは、再び舌打ちしたいような気分になった。 アランのヤツめ、いったいどんな話をしたんだ。それでなくても、衛兵隊にきてからというもの、下世話な話に通じてきたオスカルに手を焼いているというのに・・・。 隊で飛び交う話といったら、その手の類が多いのだ。それはいい。仕方ない。男所帯なのだから、当然だと思う。 困るのは、オスカルがそれにいちいち反応することだ。一途な衛兵隊隊長は、隊員達を理解しようとするあまり、小耳にはさんだ彼らのちょっとした会話も気にかかってしまうのだ。それが彼女の良いところではあるのだが、質問を受けるアンドレはたまったもんじゃない。 ある時はパリ某所における隊員Aの所行について、あるいは、隊員Bの華々しい戦歴について、またある時は彼らが日常使っている猥雑な言葉について、オスカルは真剣に問うてくるのだ。 「“ス○コ○シ”とは、どういうものなのだ?」 澄んだサファイアのまなざしにそう尋ねられた日の衝撃は、生涯忘れられないと、アンドレはこめかみを押さえた。 オスカルが嬉々として語る上司の弱みは、よくある他愛ないものだった。これなら、彼女からの質問に頭を悩ませることはなさそうだ。それにしても・・・と、アンドレは恋人であるこの美しい女性を、惚れ惚れと見つめる。 黄金の髪に縁取られた顔は、少し興奮しているためか頬が薄紅に染まっている。深い海を思わせる瞳は新しい発見に生き生きと輝き、見る者を虜にしてしまう。きっとこの瞳には人魚が隠れ住んでいるのだろうと、彼の詩心が動き出したときだった。 オスカルがそのたとえようもなく美しい微笑みを、アランに向けた。少し小首をかしげて話す仕草が子どものようで、何とも言えずかわいらしい。それを受けるアランも笑顔で、あれほど反抗し、彼女を拒否していたことなど、みじんも感じられない。 ふたりの間に信頼とさえ呼べる空気を感じたアンドレが、よかったと思ったのは一瞬のことで、次の瞬間、彼は猛烈な嫉妬にとりつかれていた。 オスカルが微笑んで他の男を見つめる――それはアンドレに、かつての彼女の恋を思い出させた。さらに、彼女が永遠に手の届かない存在となることに苦悩した日々を蘇らせた。 すぐそばにいながら、誰よりも遠かったオスカル。夢の中の宝物だった彼女は、今ではこの腕の中にいるのだ。それなのに、急にすべてが幻のような気がして、彼の胸は切なく揺れた。同時に、焼け付くような想いが溢れだしてくる。 ――オスカル、そんな瞳で見つめるんじゃない。そんな笑顔をむけるな。そのまなざしも微笑みも、おれだけのものだ!誰にも渡すものか!! 「・・・レ、アンドレ?」 自分の名を呼ぶ声に、ふいに我に返った。 「どうした?急に黙り込んで・・・。」 目の前で不安げなまなざしが揺れている。 「大丈夫か?気分でも悪い?」 「いや、なんでもないよ、オスカル。・・・少し疲れたのかな。」 楽しそうなふたりに嫉妬してましたとも言えず、慌てて繕ってみたが、その笑顔はいささかこわばっていた。 ごめん、悪かったと頭をさげる恋人に、そんなにあやまるもんじゃないと、オスカルは心の中でごちた。少しくらい、我が儘を言えよ。そうして、わたしに甘えてくれればいいじゃないか。わたしにだって、おまえにしてあげられることがあるはずだぞ。思いは小さなため息になって、こぼれ落ちた。 「あまり根を詰めるから・・・。」 オスカルの声に愛しさが添えられて、ほんの少し、その声音が変わる。 「ここはもういいから、先に戻れ。後は、わたしがやっておく。」 「疲れているのは、おまえだって一緒だろう?」 優しく労りながらも、アンドレの頭の中では冷静な分析が為されていた。オスカルをひとりおいて帰ってみろ。おばあちゃんに、どえらいヤキを入れられる。それより何より、彼女が気になって仕方ない自分が、容易に想像できた。落ち着いて休んでなんていられるものか。精神衛生上、かえって悪いというものだ。 アンドレの気持ちを知ってか知らずか、美しい恋人はニヤリと笑って見せた。 「大丈夫だ。それに、ほら、手伝いだっている。」 「へっ?」 ふたりの会話からはみ出して、どうにも居心地の悪い思いをしていたアランは、突然の発言に、思わず自分を指さした。 「そうだ、おまえだ、アラン。おまえ以外に誰がいるというんだ?」 オスカルは、口をぱくぱくさせているアランに頷いて鷹揚な笑みを投げかけたあと、その笑みにまろやかさを加え、アンドレを振り返る。 「アランが手伝ってくれるそうだ。だから、心配しないで屋敷に戻れ。わたしも出来るだけ早く帰るようにするから。」 そう言うと、机の上に積まれた書類に手を伸ばし、何枚かにざっと目を通した。 「これは、班長のおまえのほうが詳しいだろう?」 「何ですか?」 「隊員たちの議場の配置図だ。おまえが目を通して間違いがなければ、サインをしよう。」 オスカルが差し出した書類を、アランがのぞき込んだ。その拍子にふたりの顔が近づき、髪が軽く触れあう。 それを眼にしたとたん、アンドレの自制心はどこかに吹き飛んでしまった。彼女の腕をつかみ、アランから引きはがすように自分の元へと引き寄せる。 ガターン! 椅子が大きな音を立てて倒れ、彼を現実に引き戻した。腕に抱え込んだオスカルと、呆気にとられて立ちつくすアランが、驚きと少しばかり非難めいたまなざしで見つめている。 「あ・・・・・す、すまない。」 口ごもるアンドレをそっと手で押しやるようにして、やんわりとオスカルがその身を離した。頬が赤く染まっている。 たがのはずれてしまった行動が、自分でも信じられず、アンドレはすっかり動転してしまった。彼の顔も、彼女に負けず劣らず赤く色づいている。気まずい沈黙が、司令官室を占拠した。 「ったく〜〜〜!いいかげんにしろ、このバカ野郎はよぉ!!」 固まってしまった空気にメスをいれたのは、アランだった。倒れた椅子を元に戻し、肘でアンドレのみぞおちをぐいっと押して、舌打ちしながら睨みつける。それから、うつむいたまま空気と同じく固まっているオスカルに向かい、ため息混じりに声をかけた。 「休暇の一番乗りは、あんたたちふたりですよ、隊長。相当お疲れのようだ。隊の連中にはぜったい見せられないシーンでしたね。早いとこ帰って、頭を冷やしたほうがいい。そんな書類なんざ、適当にうっちゃっとけばいいんだ。後はおれが適当にやっておきます!」 その口吻には明らかに、やってらんねぇという気持ちがにじみ出ている。当然だろう。目の前でこんな様子を見せられたら、誰だってバカバカしくなってしまう。 悪かったな――ふたりはその一言が見つけられず、さらに頬を色濃く染めてしまった。 何をやってるんだ、このふたりは・・・。アランは大きなため息をついた。 いい年かっくらった男と女のすることかね。隊長だけならまだしも、アンドレまで・・・。パリの酒場で、言い寄る女を見事にあしらうおまえは、どこに行っちまった?これじゃあまるで、十やそこらの小僧と小娘だ。まったくもって、似合いのおふたりさんだぜ。 「ほら、さっさと支度をしてください。アンドレ、おまえもだ!馬車の用意はおれが言いつけてきますから。ダグー大佐にも報告して、休暇の件は各班の班長と相談の上、予定を組みます。書類も出来る限り処理しておきますよ。さぁ、これで安心でしょう?とっとと帰って、心おきなく、休暇を楽しんでください!3日間、目一杯ね!!」 アランは、半ばやけくそで一息にまくしたてると、足早に司令官室を出て行った。 班長から的確な指示を与えられた小僧と小娘は、言葉もなく立ちつくす。厚い扉の閉じる大きな音で、ようやく自分を取り戻したアンドレが、遠慮がちに声をかけた。 「オスカル・・・」 その時だ。 突然、外でドカドカと足音が聞こえた。勢いよく扉が開く。そこには仁王立ちになったアランが立っていた。 「10分だ!かっきり10分で出てきてください!!オレだって忙しいんだ、あんたたちが来るまで悠長に待ってるなんざ、まっぴらごめんですからね!わかったか、アンドレ!!この天然たらしのくそったれめ!!!」 びしっとアンドレを指さし、肩で息をしながら怒鳴りつけると、力任せに扉を閉じた。さっきよりもさらに大きな音が部屋に響き渡った。 アランの剣幕に一言も言い返せず、ぼんやり立っていたふたりは、やがてのろのろと顔を見合わせた。最初にオスカルが、続いてアンドレが吹き出してしまい、司令官室は笑いの洪水と化してしまった。 「いったい何だ、あれは。」 ひとしきり笑った後、にじみ出る涙をぬぐいながらオスカルが問いかけると 「俺たちが悪いんだよ。ヤツに見せつけてしまったから。アランには気の毒したな。」 アンドレがなおも笑いながら答える。 「見せつけたって?」 「見せつけなかったのか?」 「あれは、おまえが!・・・・・いや、おまえの言うとおりだ。少しの間、アランがいることを忘れていた。」 急に真顔で臆面もなく言うオスカルに、アンドレの心臓がドクンと大きく脈打つ。蒼い瞳が優しい視線を投げかけてきた。 「おまえしか見えなかった。おまえのことしか考えていなかった。ここに戻ってきてから思ったことのほとんどが、おまえにつながっている。」 愛という宝石を連ねた彼女の言葉。アンドレは、つまらぬ嫉妬をしていたことが、急に恥ずかしくなった。何か言おうと答えを探していると、ふいにしなやかな腕が彼の首にからみついてきた。 「オスカル・・・」 細い体を抱きしめ、腕の中に閉じこめる。ずっとこうしていられたら、つまらない感情に振り回されたりしないのに・・・。そう思ったとき、耳元でオスカルが囁いた。 「アンドレ、妬いてくれたのだろう?」 「・・・・・・・」 「違うのか?」 「・・・・・違わない・・・」 「・・・・・・・・・・」 呆れてくれるな、オスカル!心で叫んだ瞬間、彼の唇に柔らかな唇が重なった。思いがけない展開に、アンドレは大きく目を見開いた。ふふっとオスカルが楽しそうに笑う。 「時々はこんなのもいいな・・・」 「こんなのって・・・・・やきもちを焼くことが、か?」 「そう。」 「どうして?」 「どうしても。」 「よく分からないな・・・。でも、おまえがそれでいいのなら、時には妬いてみようか。」 からかうような彼にうんと答え、広い肩に頭を預けた。アンドレは輝く髪に小さく口づけて、もう少しこのままで・・・そう思ったが、ある男の面影がよぎった。 「オスカル、10分の約束だった。このままだとまた、アラン班長に叱られてしまう。」 ふたりは顔を見合わせ、もう一度声を上げて笑った。 彼らを少しばかりやきもきさせた不協和音は、いつのまにか甘やかなメロディへと変わっていた。休暇へのプレリュードが、恋人たちの胸で高らかに鳴り響いていた。 ちょっと、おまけ♪ 帰り支度をしているオスカルが、ふいに尋ねてきた。 「そうだ。アンドレ、アランが言っていた“天然たらし”って、どんなものなのだ?」 扉を開けて彼女を待っていたアンドレは、心臓が縮み上がった。 アランのヤツ、最後の最後までやってくれるのか。今度会ったら、一発お見舞いしてやるからな!そんな心を上手に宥め、アンドレは扉から手を離した。真剣なまなざしのオスカルを抱き寄せ、掠めるように口づける。 「一人の女しか愛せない不器用な男のことだよ。」 耳元で囁くと、薔薇色に頬を染めた恋人は、この上なく幸せな微笑みを浮かべてくれた。 どうかオスカルが“天然たらし”を多用しませんように・・・そう心で祈りつつ、アンドレは扉を開けた。もう何度目かわからない微笑みを交わしあって、ふたりは司令官室を後にした。 アラン班長の見送りがなかったことは、言うまでもない。 fin. |