銀の夢、金の幸福 T

ひとりで過ごす部屋は、静かで広くて、物寂しい
いつからそんなふうに思うようになったんだろう
ここは私がいちばんくつろげるはずの場所なのに・・・
読む気のない本のページを捲ると、
その音の大きいのにびっくりしてしまった

何だか腹立たしくて
本をテーブルに投げ捨て椅子に深く体を沈める
けれど、いつもは私を穏やかに受け止めてくれるこの椅子も
何だか妙によそよそしい
おまえひとりで座るのかと意地悪く問われているようで
泣きたい気分になってくる

今夜は、隊の奴らに彼をとられてしまった
今頃、パリのどこかで騒いでいるはずだ
私も一緒に行きたかったが、やめておいた
貴族である私の前では、話せないこともあるだろう
こんなご時世だから
誰だって憂さ晴らしは必要だ

だけど、ゆうべは深夜の帰宅で
ろくに話もできなかった
その前は彼が夜勤だった
私も会議が長引いて
見事なすれ違いになってしまった
おかげで半日以上、顔を見ることも叶わなくて
それ以前はやはり遅い帰宅が続いていて・・・
そうだ、この前早く帰れた日は
屋敷の連中が彼を連れ出してしまったんだった

ねぇ、アンドレ
ずいぶんと長い間
おまえに触れていないような気がする
そう思うのは、私だけだろうか・・・
おまえがここに居て欲しいと願うのは
私の我が儘なのだろうか・・・

わかっているんだ
どんなに誓い合っても
どれほど愛し合っても
おまえにはおまえの、私には私の時間があって
それが重ならない時もあるんだってことは・・・・・

昼も夜も
24時間、365日
おまえを私だけのものにしておくのは
不可能なんだってことも・・・・・

わかっているけれど、アンドレ・・・
ひとりでおまえを想う時間は
切なくて、やるせなくて、たまらなく淋しくて
少しだけ涙が出てしまうんだ

こんなことを言うと
おまえが困った顔をするのはわかっているから
決して口にはしないけれど
きっと、おまえは何もかも知っているんだろうな
私がどんなふうに過ごしているのかなんて・・・

だから今だってアランたちと笑いながら
それでも心のどこかで
私の名を呼んでくれているのだろう?
私がおまえの名を繰り返しているのと同じように・・・・・

でも・・・
でも、アンドレ
この淋しさの中に
ほんの少しだけ
暖かな幸せを私が感じていることは
多分、おまえは知らないだろうな

強がりなんかじゃない
ほんとうの気持ちなんだ

だって、もしおまえを愛していなければ
知らずにいた淋しさがあるから・・・
おまえが愛してくれなければ
流さずにいた涙があるから・・・

胸の痛みは
愛しさの裏返し
離れて過ごす時間に見つけた
これは私の宝物なんだ

彼の瞳が恋しくて
夜空に目をむける
窓の外には
銀灰色の天鵞絨が広がっていた
満ち足りた月が夜空を支配し
愛しい瞳の色を隠している
ふふっ
今夜は月までが私に意地悪しているようだ

冷たい銀の光は私にも降り注ぎ
床にくっきりと影をきざむ
長くのびたひとりきりの影が
彼の不在を再び告げて
切ない想いで私を満たす
私は頭を軽くふって
ほんのひとかけらの幸福をさがした

小さな幸せを抱きしめて
今夜は眠ってしまおう
瞼を閉じれば浮かんでくる
優しいまなざしに包まれて
今夜は眠りにつこう
そうしたらきっと
明日の朝、とびきりの笑顔で
おまえにおはようと言えるはずだから・・・

照れくさいから
いつもはこんな呼び方はしないのだけど
今はそっと、おまえに告げよう

mon cheri
mon amour
おやすみ
誰よりも愛しい、私のアンドレ