まいん様の「サロン」にも「昔々・・・・・」のイラストがございます。

この文章から出来上がったイラスト「昔々・・・・・」、ステキです・・・。

どうぞ、あわせてご覧下さいね☆☆☆

 
 
 
 
 
昔々・・・・・


昔々、フランスの小さな村に、グランディエさんとそのおかみさんが仲良く暮らしておりました。裕福ではありませんでしたが、ふたりは若くて元気で働き者で、その上たいそう愛し合っておりましたので、それはそれは幸せな毎日を送っておりました。
 
結婚して初めてのノエルのこと。ふたりはそろって教会に出かけました。いつもより少しばかり熱心に祈っていたおかみさんに、帰る道々、グランディエさんが言いました。
「随分一生懸命だったね。俺はとてつもなく幸せなのに、おまえはまだまだ足りないのかな?いったい、何を祈っていたんだい?」
おかみさんはにっこりと微笑みました。
「あなたと一緒になれてよかったって、神様に感謝していたのよ。それから、もうあと少しだけ、幸せがほしいですって、お願いしたの。」
「おやおや、俺の奥さんはずいぶんと欲張りさんだな。」
グランディエさんは、からかうように言いましたが、そんなおかみさんが可愛くて可愛くてたまらないのでした。
「いいえ、私もとっても幸せよ。幸せすぎて、毎日が夢のよう。でもね、そろそろ私たちのところに、こうのとりがやってきてもいいんじゃないかって、そう思ったの。」
おかみさんの頬はばら色に染まりました。グランディエさんは、思わずおかみさんを抱き上げて、その場でくるくるとまわりました。
「それはステキだ!家族が増えるのは、俺も大賛成だよ。早くこうのとりが来てくれるよう、俺も一緒に祈ればよかった。」
ふたりは見つめ合い、優しくキスをかわしました。その瞬間、夜空の星がひときわ明るく輝いたことに、ふたりは全く気づきませんでした。

さて、その夜のこと。グランディエのおかみさんは、誰かの話し声で目が覚めました。
「ね?とってもきれいな人だよ。それに父上は優しそうだ。」
「うん、ホントだ。ここなら、ぼく、来てもいいな。」
小さな声が聞こえます。おかみさんはびっくりしました。
『まぁ、どうしよう。どろぼうかしら?彼を起こした方がいいかしら?』
けれど聞こえてくる声は、どう考えてもこどもの声なのでした。おかみさんは、そっと声のするほうに目をこらしました。ふたりの小さな人影が動いています。
相手がこどもだとわかって、おかみさんは少しホッとしました。そこで、思い切って起きあがり、こどもたちに声をかけてみたのです。
「あなたたちはだぁれ?いったいここで何をしてるの?」
こどもたちが怯えないよう、おかみさんはできるだけ優しい声で話しかけました。
窓からの月明かりに、ふたりのこどもがくっきりと浮き上がって見えました。ひとりは輝く金の髪、もうひとりは夜の闇に溶けてしまいそうな真っ黒な髪をしています。
白く長いきものをまとい、それはそれはきれいなこどもたちです。ふたりとも見つかってしまって驚いたようでしたが、その様子は、何とも言えず愛らしいのでした。


不思議なことに、おかみさんはちっとも怖いと思いませんでした。それどころか、このこどもたちを見ていると、とても幸せな気持ちになってきました。
「ねぇ、ほんとにあなたたちは誰なの?もしかして、天使様?それとも・・・幽霊・・・ではないわよね?」
おかみさんが尋ねると、ふたりのこどもは顔を見合わせ、声をあげて笑い出しました。
その声のきれいなことといったら!!もしも夜空の星が笑ったなら、きっとこんな声にちがいないと、おかみさんは思いました。
ひとしきり笑った後、金の髪のこどもが言いました。
「ぼくたち、天使でも幽霊でもないよ。これから生まれてくるこどもなんだ。」
「まぁ!それじゃあ、あなたたちは、わたしのところに生まれてくるの?」
「ぼくたちのどちらかが。同じおかあさんから生まれたら、ぼくたち、兄弟になるでしょう?それは困っちゃうんだ。ねっ?」
黒髪のこどもがそう言うと、金の髪に覆われた頭がこっくりと頷きました。
「兄弟だとどうして困るの?」
おかみさんが不思議に思って尋ねると、それには答えず、ふたりは小さな手をぎゅっと握りあいました。それを見たおかみさんはピンときました。
「あなたたちは、恋人同士なのね、そうでしょう?」
おかみさんの言葉に、こどもたちはまた笑いました。嬉しくて嬉しくて仕方がないようで、それを見たおかみさんも、とっても嬉しくなりました。

「ねぇ、それじゃあ、どちらが私のところにやってくるの?教えてちょうだいな。」
「当ててみて!」
ふたりが同時に言いました。
「そうねぇ。私の主人は、真っ黒な髪と瞳なの。私もどちらかと言えば、黒に近いブルネットだわ。だからきっと、私の赤ちゃんは・・・あなただわ!」
おかみさんは、黒髪のこどもに向かって言いました。彼の頬が、ぱぁっと赤くなりました。
「当たったのね?ああ、私の天使さん!!本当にここにきてくれるのね?」
おかみさんはベッドから飛び降りて、ふたりのところに駈け寄ると、黒髪のこどもをしっかりと抱きしめました。それから、傍らをふり返り、
「ではあなたは、私の天使の恋人というわけね?」
そう言って、金の髪を愛しげに撫でました。すると、少し恥ずかしそうな彼女の頬も赤く染まるのでした。

ふたりのこどもはおかみさんの頬に交代でキスをすると、待っていてねと言い残し、姿を消してしまいました。おかみさんは夢かと思いました。けれど、
「いいえ、きっと神様が私の願いを聞き届けてくれたんだわ。きっともうすぐ、あの愛らしい黒髪の天使が、うちにやってくるのだわ。」
こう考えて、幸せな気持ちで眠りについたのでした。

しばらくして、グランディエさんとおかみさんは、ふたりのところにこうのとりがやってくるのを知りました。おかみさんは、こどもたちのことをグランディエさんには話しませんでした。言葉にすれば、みんな消えて無くなるような気がしましたし、
誰かに話すには、あまりにも途方もない話のように思えたからでした。

冬が行き、春が去り、やがてまぶしい夏がやってきました。大きくなったおなかに、おかみさんは優しく話しかけました。
「生まれる前から恋人のいるおませさん。早くでていらっしゃいな。あなたが黒髪で真っ黒な瞳なら、あの夜のことはすべてホントだってことだわね?私は、あれをただの夢にしたくないのよ。」
そっと手を添えると、元気よくおなかを蹴ってくるのが感じられました。それは、まるで赤ちゃんが『夢じゃないよ』と答えているようでした。

夏が終わりを告げる頃、風に少し秋のにおいがする夜、グランディエさんの家に元気
な産声が響きました。
黒い髪、夜のように黒い瞳。おかみさんがノエルの夜に見たのとそっくりな天使がやってきたのです。小さな手をぎゅっと握りしめ、すやすや眠る愛し子に、おかみさんは言いました。
「ようこそいらっしゃい、私のぼうや。ずっとずっと、あなたを待っていたのよ。」
そうして、優しくその頬にキスをしたのでした。

グランディエさんの赤ちゃんは、『アンドレ』と名付けられました。秋の実りを、冬
の雪を、春の日差しを、アンドレはとうさん、かあさんの愛情といっしょに、その黒い瞳に刻んでいきました。小さな村の小さな家には、穏やかで幸せな時間が流れていくのでした。

さてある春の日、アンドレが初めて『たっち』をした夜のことでした。おかみさんは何かの気配で目が覚めました。グランディエさんはぐっすりと眠っています。おかみ
さんは、部屋の中を見回して、心臓が止まりそうなほど驚きました。ぼうやのゆりかごのそばに、たたずむ影を見つけたからです。おかみさんは、するどい声で問いつめました。
「誰?そこで何をしているの!?」
「しぃーっ」
影が小さな声で答えました。
「アンドレが目を覚ましてしまう。」
「まぁ、あなた!!」
それはノエルの夜にアンドレと一緒にやってきた、金の髪のこどもでした。
「私のぼうやに会いに来てくれたのね?」
微笑むおかみさんに
「そうか、今はあなたのアンドレなんだね。」
こどもは少し寂しそうに答えました。おかみさんは、この子がアンドレぼうやの恋人だったことを思い出しました。
「そう、今は私のアンドレよ。でも、いつかあなたのアンドレになるのよね。」
おかみさんの言葉に振り向いた顔は、驚きからゆっくりとはにかんだ微笑みに変わりました。
「ねぇ、だから今は私のアンドレにしておいてね。この子があなたのアンドレでいる時間に比べたら、私の時間なんて、ほんのわずかなんですもの。それくらいのわがままは言わせてちょうだいな、未来の我が家の花嫁さん。」
それを聞いた金の髪のこどもは、おかみさんに駈け寄ると小さな手でぎゅっとおかみさんを抱きしめ、ありがとうと言いました。おかみさんも彼女を優しく抱きしめて、輝く髪をなでました。

「ぼくね、もうすぐ生まれるんだ。だからしばらくの間、アンドレに会えない。今夜は、少しの間さよならっていいに来たんだ。」
「そうだったの。でもアンドレに会うためには、あなたも生まれてこなくてはね。」
「うん。でもね、ぼく、やっぱり寂しい。今までは、いつだって会いに来られたんだもの。」
「ねぇ、あなたは女の子なのよね?」
突然おかみさんが尋ねたので、こどもはくすくす笑い出しました。
「女の子でなきゃ、アンドレの恋人にはなれないよ。」
「でも、さっきからぼくって・・・。」
おかみさんが不思議そうに尋ねると、くすくす笑いが止まりました。まっすぐなまなざしが、おかみさんに注がれます。こんなにも深く澄んだ蒼い瞳を、今までおかみさんは見たことがありませんでした。この前はアンドレにばかり気持ちが向いていて、彼女の瞳が何色なのか、気にする暇がなかったのです。見たことはないけれどきっと
海というものはこんな色をしているのだろうと、おかみさんはほれぼれとその瞳を見つめました。
蒼い瞳は真剣に、けれど少し心配そうに語りかけました。
「ぼくは女の子だけれど、少し変わった育ち方をするんだって。そんなのは、アンドレはイヤなのかな・・・」
「でも、あなたとアンドレは、恋人同士なのでしょう?」
「うん・・・」
「それなら、アンドレがイヤなわけはないと思うわ。」
「アンドレがよくっても、アンドレの母上はイヤじゃないの?」
「あなたがアンドレを幸せにしてくれるのなら、そんなこと、どうだってかまわないのよ。」
おかみさんが優しい声で答えると、蒼い瞳が大きく丸くなりました。それからおかみさんにかじりつき、何度も何度もキスをしました。
「ありがとう。約束する。僕はきっとアンドレを幸せにするって。アンドレのことを誰よりも大好きだって。」
「私もありがとう。お願いね。」
そう言って、おかみさんもキスを返しました。アンドレの未来の恋人は、優しく甘い香りがするのでした。ふたりは顔を見合わせて、にっこりと微笑みあいました。

「僕、もう行くね。」
名残惜しそうに離れると、金の髪のこどもは言いました。
「今度あなたに会えるのはいつかしら?楽しみに待っているわね。」
おかみさんがそう言うと、こどもはほんの少し悲しそうな顔をしました。けれどすぐ笑顔になって
「あのね、ホントは秘密なんだけど、あなたにだけ教えてあげる。僕、オスカルっていうんだ。忘れないでね。」
「・・・オスカル?」
「そう、オスカル。」
「わかったわ、オスカル。しっかりと覚えておくわね。」
おかみさんが言い終わらないうちに、オスカルの姿は消えていました。

ぼんやりとしたおかみさんの耳に、グランディエさんのすこやかな寝息が聞こえます。おかみさんは静かにベッドからおりると、アンドレぼうやのそばに行きました。
そして、その真っ黒な髪をなでると、かわいいほっぺにキスをしました。
「ほら、ぼうや。恋人さんからのキスよ。」
どこからか、小さな笑い声が聞こえてきたような気がしました。

さて、その後もアンドレはすくすく大きくなりました。2度目のノエルがすぎ、新しい年を迎えたころ、おかみさんはベルサイユの貴族のお屋敷で働くおかあさんから、手紙をもらいました。
手紙には、お屋敷に6番目のお嬢様が生まれたこと、だんな様の言いつけで、このお嬢様を男として育てるようになったことが、綴られてありました。
『お嬢様は、それはそれは見事なブロンドの髪と、澄んだ蒼い瞳をしていらっしゃいます。この先、どんなにか美しくお育ちになるだろうにと、胸がしめつけられるよう
です。お嬢様のお名前は、オスカルさまとおっしゃいます。』

懐かしいおかあさんからの手紙でしたが、読み終わってから、おかみさんは泣きました。恋人達の未来を思い、ふたりの間にあるものを思い、おかみさんは小さなアンドレを抱きしめて、ほんの少しだけ泣いたのです。
涙が止まると、大きく深呼吸をして、アンドレに向かって微笑みました。
「よかったわね、アンドレ。あなたの大切な人が生まれてきましたよ。」
アンドレの黒い瞳が嬉しそうに輝きました。

いつしか外は、雪になっていました。ふわりふわりと舞い降りる雪は、まるで天使の羽のようで、どこからか、あの日のふたりの笑い声が聞こえてくるようでした。
すべては神様がご存じなのだと、おかみさんは思いました。小さな手を握りあった天使達を思い出しながら、おかみさんは祈りました。この愛しい命が幸せでいられるように、アンドレが誰よりも好きだと言ってくれた蒼い瞳が涙で曇ることがないように、心をこめて、神様に祈りました。
小さな家に、白い雪が優しく降り積んでいきます。小さな村も、ゆっくり白く染まっていくのでした。