Save The Last Dance For Me −2−




片やベルサイユの氷の花、片や可憐にしてたくましい野に咲く花。趣の異なる美女ふたりに取り合いされて、脂汗を浮かべる男がひとり。それまで華やいでいた店の中を、冷たい風が吹き抜ける。
固まった空気を破ったのはアランだった。
「ふたりともそこまでだ。ドミニク、言葉に気をつけな。隊長も大人げないですよ、いい年をして・・・」
「なっ!アラン、わっ、わたしが年だと、そう言いたいのか!?」
「違いますって。いつもの冷静さはどうしたんです?フランス衛兵隊ベルサイユ常駐部隊隊長、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ准将。」
にやりと笑うアランに、イヤなヤツだと睨みをきかせて、オスカルはラサールのすすめてくれるワインを勢いよく飲み干した。
「そうそう、楽しくやりましょうや。あいかわらず、いい飲みっぷりだ。」
アランは、オスカルの空になったグラスにさらにワインを注ぐと、一同の顔を見回して言った。
「さぁ、みんなも飲もうぜ。そこのお嬢さんたちもな。おい、おやじ、酒だ!食いもんも適当に見繕ってくれ。」
さすがは班長。喧嘩の仲裁はうまいもんだと、第一班のメンバー全員が頷きあった。
アンドレはとりあえず険悪な空気が去ったので、やれやれと肩で大きく息をついた。
この数分で、何年分も寿命が縮まったようだ。オスカルの飲み過ぎは気になるが、ここで暴れられるよりはいいに決まっている。今夜だけは目をつぶろう。だからオスカル、頼む!おまえもそろそろ目をつぶってくれ・・・。

「あのぉ、今更なんですけどぉ、隊長さんって女の人?」
少し和んだ雰囲気にホッとしたのか、遠慮がちにブリジットが聞いてきた。
「彼らから聞いていませんか?こんななりをしてはいるが、一応女ですよ。」
オスカルは笑顔で彼女に答えた。アンドレを熱い視線で見つめさえしなければ、私はいくらだって優しく寛容になれるんだと、心の中で呟いてみる。
「あぁ、ホントなんだ!この人たちがいつも話しています。素晴らしく美しくて、凛々しくて、強い隊長さんがいるんだって。」
ブリジットが嬉しそうに頬を染めて答えると、負けじとカトリーヌも話に入ってきた。
「あたし、一度お目にかかりたかったの。想像していた以上だわ、ステキすぎますぅ!」
ねぇと、ふたりの女の子が顔を見合わせた。
「それでもって、隊長さんってアンドレの幼なじみなんでしょう?」
「そんなことまでご存じとは。アンドレ、おまえいったいどんな話をしてるんだ?」
口調はあくまでソフトだが、かなり厳しい視線がアンドレに投げかけられる。
「おれじゃないよ。こいつらが、ベラベラといらぬ話を始めるのさ。」
「そうよ。アンドレは、つまらないおしゃべりなんかしないんだから!」
ドミニクがここぞと口を挟む。頼むから黙っていてくれと、切に願うアンドレだった。

「ほう、あなたはなかなかアンドレのことをよく知っているようだ。ずいぶんと彼に理解もありそうだし・・・。彼はあなた方の店でどんな様子でしたか?」
にこやかなオスカルに、そうきたかと再びアンドレが肩をおとした。とことん追求する気らしい恋人がだんだん恨めしくなってくる。

どうしてこうもこじれてしまったんだろう。こんなはずじゃあなかった。明日から始まる休暇をふたりで思い切り楽しむはずだったのに・・・。明日はふたりきりで遠乗りに出かけて、とびきりの1日にしようといくつか小さな計画を立てていたのだが、どうやらそれが出る幕はなさそうだ。
愛すればこそ、こうしてヤキモチを焼いてくれるのだ。そう思えば何とも嬉しいことではないかと、心密かに自分を慰めるアンドレの唇から、今夜何度目かわからないため息がこぼれ落ちた。

彼のそんな気持ちには気づかず、女の子たちのアンドレ談義が始まった。
「アンドレって、物静かなのよね。」
「他の衛兵隊の人たちがどんなに騒いでたって、穏やかに微笑んでるって感じ?」
「でも、陰気じゃないのね。」
「そうそう。何て言うのかしら、大人の男を感じちゃう!」
「なんたってハンサムだもの。それだけで、何でも許せちゃうわ。」
「そうなのよ〜♪そのうえ良く気がつくし。」
「優しいし。」
「ダンスも上手よね。」
「もう、最っ高にステキ!!彼と踊るとまるで羽みたいに踊れちゃうのよね。」

へぇ、そうなのか。わたしとは踊ったことはないくせに、この女の子たちとは踊ったのか。
心で小さくごちながら、オスカルは杯を重ねている。これが飲まずにいられようか。
瞳の端にアンドレの心配そうな顔がうつったが、素知らぬ風を決め込んだ。今まともに彼のまなざしに出会ったら、何をするかわからないと思った。

自分の知らない恋人の姿を語る娘たちを前に、オスカルは胸の中のもやもやをもてあましている。
悪く無いんだ、アンドレも彼女たちも。それはよくわかっている。けれど、頭で理解することと心が受け止めることとは、どうやら同じではないらしい。
小さなトゲが刺さったように、胸の奥がチクリと痛んだ。

「でもぉ、アンドレって、一番最後のダンスだけは踊ってくれないんですよ。」
ぼんやりと自分の感傷に浸っていたオスカルに、ブリジットが訴えた。えっ?とオスカルの瞳が見開かれる。
「そうそう。どんなに誘っても絶対に踊ってくれなかったわ。ねぇ、あれはどうして?」
頷きながらカトリーヌが尋ねると、アンドレは肩をすくめた。答えようとしない彼
に、それはもしかしたらもしかするのかと瞳で問いかけると、端正な顔がぱぱっと赤くなった。そのままふいと横を向き、彼女から視線をそらしてしまう。
そんな彼はどこか子どものようで、昔、オスカルの姉たちにかまわれ可愛がられては、しどろもどろになっていた姿を思い出させた。いつもの落ち着いた男とは違う、うぶな少年の顔。きっと自分しか知らないだろうアンドレに、オスカルの表情がふっと和らいだ。

「そんなの決まってるじゃねぇか。最後のダンスってのは、一番好きな相手と踊るもんだろうが?おまえさん達じゃ、役不足だったのさ。」
アランがあっさり言ってのけると、3人の頬がいっせいに膨らんだ。
「ひっどぉい!」
「もうっ、意地悪っ!!」
「そんなことばかり言ってるから、アランはもてないのよぉだ!」
「へっ、大きなお世話だ。」
鼻を鳴らして答えるアランに『いぃぃ〜』と顔をしかめて見せてから、カトリーヌがオスカルをふり返った。
「ねぇねぇ、隊長さん。あたし、お願いがあるのだけれど・・・」
「何でしょう?」
微笑んで答えるオスカルに、頬を赤く染める様子が初々しい。カトリーヌは、しばらくもじもじしていたが、思い切ってこう言った。
「あのぅ、あたしと踊ってくれませんか?」
即座にブリジットが抗議の声をあげた。
「あ〜っ、ずるぅい、カトリーヌ!あたしだって、隊長さんと踊りたいわ。ぬけがけはなしよ!」

そこへ割って入ったのは、それまでおとなしく座っていたフランソワだ。
「ちょっと待った、お嬢さん方!女同士で踊るなんざ、とんでもない。ここはひとつ俺に花をもたせてくれないか?」
威勢良く立ち上がり、店中に響けとばかりに大声で叫ぶ。
「たたた、隊長!どっどうかおれ、いや、わっ、わたしと踊ってくださいっ!!!」
かなりぶっ飛んでしまったフランソワに、隊員たちの怒号が襲いかかる。
「フランソワ!この馬鹿野郎!!」
「おまえがなんで、隊長と踊るんだよ!」
「調子に乗るんじゃねぇよぉ!!」
いっせいに罵倒されたフランソワが、半ベソで抗議した。
「何でだよ!隊長は女なんだぜ。彼女たちと踊るのはヘンだけどさぁ、おれと踊るのに何の不都合があるっていうんだよ!?」
それもそうだ。ヤツの言うことにも一理ある。納得した衛兵隊員たちは、ずずいと勇気あるフランソワを押しのけた。

「隊長!フランソワよりもおれと踊ってくださいっ!!」
「いや、おれが衛兵隊一のダンスの名手です!ぜひ俺のお相手を!!」
「お、お、お、おれ、た、隊長と踊れるんなら、何でもしますぅ!!!」
女の子たちも黙っちゃいない。
「何よ!あたしが最初に隊長さんに申し込んだのよ!!」
「あたしと隊長さんが踊ったほうが、ぜ〜ったいに絵になるんだから!」
当の本人をよそに、隊長のパートナー争いは熾烈を極めていた。
負けてはいられないと、ドミニクもアンドレにアタックを開始していた。
「ねぇ、アンドレ。わたしたちも踊りましょうよ。」
「え!?い、いやそれは・・・」
「隊長さんも誰かと踊るようだし・・・ねっ?わたしたちも楽しまなくちゃ!」
「ドミニク、悪いけどおれは・・・」
「ダメよ!今日こそあなたの最後のダンスは、わたしのものですからね。」
ドミニクがアンドレの腕を取り、その胸に引き寄せるのを見た瞬間、オスカルの理性
はついにプチンと音をたてて切れてしまった。

バンッ!!
テーブルをたたきつけるすさまじい音に、一同がシーンとなった。恐る恐る音の鳴る方に目をやると、そこには俯いたまま、肩をふるふると震わせているオスカルの姿があった。髪に隠れて顔は見えないものの、怒り心頭のオーラが全身から漂ってくる。
驚いた女の子たちは肩を寄せ合い、隊長の恐ろしさを知っている衛兵隊員たちはまっ青になり、アンドレは心の中で十字を切った。