Save The Last Dance For Me −おまけ−

いつしか降り始めた雪に包まれるように、小さな辻馬車がベルサイユをめざしていた。
自分に触れているアンドレの腕や胸のぬくもりが、なんて心地よいのだろう。恋人にもたれその香りに抱かれて、オスカルは幸せがとめどなく溢れてくるのを感じていた。

「最後のダンスを踊らなかったのは、わたしのため?」
答えはわかっているけれど、それでも彼の口から言って欲しくて、オスカルはわざと尋ねてみる。
「こら、知ってるくせに聞くなんて、趣味が悪いぞ。」
そっと顔を上げたオスカルの額に、コツンと自分の額をくっつけてアンドレが小さく笑った。
「おかしいだろう?あの頃はおまえを抱いて踊る時が来るなんて、思いもしなかったのに・・・。それでも残しておきたかったんだ。オスカル、おれのとっておきはいつだって全部、おまえだけのものだよ。」

出た!アンドレの必殺技!!
こんなとろけそうな笑顔で、さらりとキザなセリフを言ってのけるから、女の子たちが夢中になるんじゃないか。

「・・・おまえってズルイ。」
「何が?」
「・・・気づかずにやってるところが、よけい腹が立つ。」
「だから何がって、いてっ!オスカルやめろ!!」
あまりにも彼がしれっとしているのが癪にさわって、オスカルは思わず彼の口元を両手でギュッとつねってしまった。
「ったく、何するんだ、この姫は!何がずるくって、何に気づかないって?」
せっかくのムードをぶちこわされたアンドレは、オスカルの手を払いのけると、つねられたところをさすりながらぼやいている。ちっともわかっていない彼に、オスカルの頬がぷっと膨らんだ。
「そんなセリフを、いったいどこで覚えてきたんだ?」
「どんなセリフ?」
「だから!その、なんだ。おれのとっておきとか、おまえだけとかなんとか・・・・・。要するに」
「要するに、おまえがうっとりと心奪われるセリフってことだな?」
「!!!!!」

にやりと笑うアンドレをしばらく睨みつけていたオスカルだったが、その口元が少しずつ震えだし、ついにはこらえきれず笑い出してしまった。確かに彼の言うとおり、自分はいつだってうっとりと心を奪われてしまうのだ。間違いない。
こうして言葉のひとつひとつに、そのまなざしに、果ては過去の言動に至るまで、彼の全てが気にかかり、その度怒ったり笑ったりしている自分が、とてもおかしかった。これこそが恋のなせる業なのだろう。してみると、私もただの恋する乙女だったというわけだ。

「知っててやってるんなら、おまえも趣味が悪いぞ。」
彼の言葉をそっくり返してやると、誤解のないように言っておくがと、真面目な面持ちのアンドレに見つめられた。とたんにオスカルの胸が早鐘を打ち始める。この瞳に弱いのだ。静かな中に情熱を秘めたわたしの黒曜石。
見つめ合ううち胸が苦しくなり、オスカルは絶えきれず瞳を伏せ、小さな吐息をついた。アンドレはその髪に顔を埋め、少しくぐもる声で彼女に告げた。

「いいか。一回しか言わないから、よく聞いておけ。おまえがいうところのおれのセリフは、全部おまえ専用だからな。おまえを見ていると、自然に言葉がこぼれてくる。今まで言えなかったことや、言いたかったことが・・・。キザに聞こえようが、歯の浮くようなセリフだろうが、しょうがない。止められないんだ。他の女ではこうはいかない。おれを詩人にしてくれるのはオスカル、おまえだけだ。それを忘れないで。」

またしても繰り出されたアンドレの必殺技に、今度はオスカルがノックダウンされる番だった。あまりにも感動すると言葉を失くすというのは、どうやらほんとうらしい。オスカルはアンドレの胸に顔を埋めたまま、ただ、うんうんと何度も頷いた。閉じた瞳から涙がぽろりとこぼれ落ち、彼の上着を濡らした。

「酔っぱらいの泣き上戸め。」
自分の言葉に少しばかり照れながら、アンドレは指でオスカルの涙を払ってやった。
「酔ってなんかいない。」
「あれだけ飲んだんだぞ。酔ってないわけがない。」
自信ありげな彼の言葉に、オスカルは顔を上げくすっと笑った。しばらくもの言いたげにアンドレを見つめていたが、ふいに腕を彼の首にまわしてしっかりとからめ、耳元に唇を寄せると、密やかに囁いた。

「酔っているなら、それはおまえにだ。」
アンドレがかすかに身じろぎした。オスカルは腕に少し力を込め、その先へと言葉を繋げる。
「アンドレ、おまえのラストダンスは、いつだって私だけのものだ。誰にも譲る気はないからな。」
返る言葉は聞こえない。言葉に代わるのは彼の暖かなくちづけだった。

心ときめく瞬間。ふと途切れてしまいそうな意識の中、ひとつの思いがオスカルの胸にわき上がる。
最後のダンスだけでは嫌だ。おまえの踊るダンスはすべてわたしの物。わたしだけがおまえと踊る相手。アンドレ、いいだろう?

そっと彼の唇が離れると、オスカルは瞳で問いかけた。小首をかしげてその様子を見つめていたアンドレは、彼女の声なき声を聞き取った。唇の触れあう距離で、吐息に乗せて彼女に答える。
「もちろんだ、オスカル。おれのパートナーはおまえひとりだけだよ。今までも、これからも・・・」
「アンドレ・・・」
「出来るなら、おまえのパートナーも、おれだけであってほしいな。」
優しく微笑む恋人に、オスカルもまた、その唇で答えたのだった。

雪が激しくなってきた。ベルサイユの屋敷に着く頃には、あたりは真っ白になっているだろう。そのほうがいいとオスカルは思う。こんな寒い夜は互いのぬくもりがより恋しくなる。今夜、アンドレは私を離せなくなる。いいや、アンドレがそうしなくても、私の方がきっと彼から離れられないに決まってる。小さからぬ嫉妬に焼かれた心は、その痛みを癒すための一時を求めて止まないのだから・・・・・。

アンドレの背中に腕をまわし、ぎゅっと彼の上着を握った。それに気づいたアンドレも彼女を抱く腕に力を込めた。優しくオスカルの髪を撫でながら、アンドレが尋ねる。
「明日は遠乗りに行くのだろう?」
「そうだな・・・」
「酔っぱらいのお嬢様は、起きられるのかな?」
「・・・あのくらいどうってことない。」
「おお、恐ろしい!なんてたくましいお嬢様なんだ。そういうことでしたら、準備をさせて頂きましょう。けど、本当に大丈夫か?」
「うん、大丈夫だ。ただ・・・」
「ただ?」
「もしも明日の朝、わたしが起きられないとしたら、それは多分、おまえのせいだと思う。」
はにかんで言うオスカルに、アンドレはたまらず口づけた。

姫君が隠した武器と、詩人の必殺技。
降りしきる雪をも溶かすばかりの情熱で、幸せな攻防戦は、このあとも当分続きそうである。


今度こそ絶対に 



fin.