琥珀の思い出  



ジャルジェ家では見慣れた面々に出迎えられた。
「お嬢様、おかえりなさいまし。クロティルドさまのところはいかがでございま
した?」
ばあやがオスカルのマントを預かる。
「あ....、う...、うん...。」
なんとなく説明したくない気分。ことばをにごす。
「軍服を用意してくれ。午後からはアントワネット様の警護にあたる。また、し
ばらく休暇はとれない。」
「まぁ、まぁ、お忙しいことで。はいはい、準備は整っておりますよ。」
ばあやはいそいそとオスカルの世話をやく。
身支度を整え、宮廷へ向かう。その間も頭から離れることはなかった。
―――琥珀....琥珀...永遠の愛.....―――
「オスカル、おい!オスカルってば!!」
アンドレに呼ばれ、やっと我に返る。
「あ..、な、なんだ?」
「お前、どうしたんだ?クロティルド様のところから戻ってきてからというも
の、ヘンだぞ。」
「うん...その....。」
オスカルはアンドレをちらりと見る。
「アンドレ、皆には絶対内緒だぞ?」
そう言ってからそっと耳打ちをした。
「えええええええッッ!!!吹雪の中で凍死しそうになったああ?!!」
「ばかっ!!しぃっ!」
オスカルが慌ててアンドレをとめる。
「誰かに聞こえるだろう.....っ!!」
「お...お前、冗談じゃないぞ!!」
アンドレはひそひそ声にトーンを落としながらもオスカルに抗議する。
「だから、俺をつれてけって...!」
「わかってるよ。悪かった。説教は後で聞く。それでな...、そこに老紳士が
馬に乗って通りかかったのだ。」
オスカルは事のあらましをアンドレに説明した。
アベラール邸で過ごした二晩がいかに楽しく、心温まるものであったかを楽しげ
に話す。
まるで子どもの頃に返ったような表情だな....とアンドレは微笑ましくも驚
き、興味深くオスカルを観察した。
ひとしきり、アベラールの博識ぶりを話して満足したオスカルはふふふと笑いを
漏らしながら、語るのを終えた。
「それで....?」
そんなオスカルにアンドレはつづきを促した。
「え?それでって?」
「だから、お前が黙りこくっていた訳だよ!」
オスカルは内心、あ!と思うが平気を装った。
「いや、そんなこんなであまりにいろいろなことがあったから、出来事を思い出
したりしていたのだろう。それで...。」
オスカルは本当の理由をごまかした。
母上の昔の恋人かもしれない...。
アンドレにも琥珀のペンダントのことは言えなかった。
「しばらくは屋敷から通うよ。あいた時間があったらアベラール先生のところに
行きたいんだ。」
オスカルは話しの矛先をそらそうと言葉を足した。



馬車はベルサイユに到着した。
連隊本部に向かう。
途中で最も見たくない顔を発見する。
「やぁ、ジャルジェ大尉、ご機嫌麗しゅう。」
下卑た笑いを込めてギルマン大尉が言う。
無視しようと通り過ぎる。
「くっくっくっ...あまりご機嫌がよくないようだねぇ。あの日なのかい?」
あんな輩を相手にするな!
アンドレにも日頃から言われている。
わかっている、わかっているが、反吐がでそうな下劣さ。
あまりの嫌がらせに怒りも瞬時に爆発してしまう。
ダンッ!!
胸ぐらをつかみ思いっきり壁に叩きつける。
「な...!何をする!!」
一瞬下卑た怯えがギルマンの瞳にうつる。
「くっ...!」
オスカルは喉をならし、ぐっとこらえた。
どんと突き放すようにギルマンを壁に向かって放る。
ふいっと向きをかえ、司令官室に向かった。
「ふんっ!!」
聞こえよがしにギルマンが負け惜しみをする。
オスカルの内心は震えがくるほどの怒りで満ち満ちていた。
相手にするんじゃない、相手にするんじゃない!
何度も自分に言い聞かせ、仕事に集中するように懸命に自分を律した。


「さっ!帰ろう、帰ろう。」
「ちょっと、飲みにいかないか?いいお店をみつけたんだ。」
「知っているよ、お前まーた!アレだろ?栗毛の子だろ?」
「ばーか、それだけじゃないって。」
王太子妃ご夫妻の観劇の警護を終え、敬礼をし、交代をしたばかりの近衛兵達が
楽しげにそれぞれの帰路につく。
アントワネットを女官長にまかせ、オスカルもやっと一息つけるところだった。
「オスカル!」
アンドレに声をかけられ振り返る。
「私室へ戻るだろ?明日も早いだろ?もう休めるようになっているぞ。」
「ああ....、いや、そうだな、今日は家へ帰るよ。」
ふうん、とアンドレは言いオスカルをちらりと見る。
それでも何も聞かずに早速馬車の用意をした。


馬車の中でもなんとなくオスカルはソワソワしていた。
屋敷へ帰ると、いつものショコラも断って、ジャルジェ夫人の私室へ向かう。
「まぁ、オスカル、めずらしい。いつも忙しがってばかりいますのに。どうした
の?」
母は優しく娘を迎えた。
「いえ、特にどうというわけではないのですが。」
所在なさげに、ちらりちらりと母の私室を見回す。
―――いきなり、琥珀が飾られているわけもないか.....。―――
心の中で溜息をつく。
「どうしたのです?そんなところに立っていないで、おかけなさいな。何か飲み
物でも持ってこさせましょう。」
「はい.....。」
大人しく言われるままに椅子にすわった。
座ったもののどうしていいかわからない。侍女が持ってきたカフェオレを手に、
どう切り出したものかわからずにいた。
「あの..、母上....。」
ええい、ままよ!と心の中でふんぎりをつける。
「なぁに?」
変わらずに優しげな笑みをオスカルに投げかける。
「その.....、母上と父上のご結婚は、やはり、母上と父上のご両親、つま
り私のおじい様方が決められたのですよね?」
「まぁ、どうしたの?突然。」
「い....いえ....、そのつまり、その...、母上はご結婚前に思いを
寄せられた殿方など、いらっしゃらなかったのか...と思いまし
て....。」
夫人は驚いて目をみはり、それから、ふふふ、と笑いを漏らしながら、軍服を着
た娘を意味ありげにみつめた。
オスカルはその母の様子にはっとして慌てた。
「ち!違います!!そのっ!!そういう意味ではっ!!別に私はっ!!」
「ほほほ....、いいのよ、恥ずかしがらなくても....。あなたのお姉さ
ま方も、みぃんな、こうして、私の部屋に来て、おんなじ質問をしていきました
よ。」
結婚前にね、と付け加える母にオスカルはいよいよ慌てて、そういう意味ではあ
りませんっっ!と抗議した。
母はそんな末娘の様子は無視してつづけた。
「そうですね...、私があなたのお父様のところへ嫁いだのは16の時でした
からね。それまでは、かなりのネンネちゃんで、結婚の時もどこまで自覚があっ
たものやら....。ふふふ、でも憧れた殿方はいましたよ。恋と呼べるような
ものではありませんけどね...。」
そう言ってほほほ、と笑った。
憧れた殿方....。
本当にそれだけですか?
そう聞きたいが聞けない。
「その....、親同士が決めた結婚...というのは....。それでお幸せ
だったのですか?」
「まぁ!オスカル」
母はもう一度驚いてみせ、それからまた笑う。
「いいのよ、いいのよ。恥ずかしがらないで。5人の娘も皆、同じことを聞きに
来ましたよ。皆、結婚に不安を抱いていたのでしょうね。もちろん、嫌がるもの
を無理に結婚させようだなんて、お父様も私も考えたことはありませんけ
ど....。それでも本当に娘達が幸せになれるように、一生懸命お相手を探し
たのですよ。そう、一人、一人の好みもよーく考えました。」
「姉上達の好み?」
「ええ、そうですよ。ほら、ジョゼフィーヌ、彼女はハンサムでないとだめな子
だったでしょう?でも、見た目だけで相手を選んだら、それこそ後々、苦労をし
かねませんからね。
それから、クロティルド、彼女は田舎に嫁ぐのを嫌がっていましたからね。そう
そう、マリー・アンヌ、あの子にも苦労させられました。あの子は年上の方が好
みでね、お父様より年上の人でもいいだなんて言い出して私達を心配させまし
た。」
話が思わぬ方向にいき、オスカルは少々困った。
「それで...、あの、母上は...?」
「私?」
夫人はオスカルの質問の意味をはかりかねた。
「はい、その、お幸せだったのですか?父上との結婚は....。その、それが
決まった時は...。」
夫人は驚きをとおりこして、不思議そうにオスカルをみた。
「オスカル、いらっしゃい。」
言われるままに母の元へいく。
ひざまずく背の高い娘の顔を包み込むように持ち上げ、じっと瞳をみつめた。
「あなたはどう思うのです?母が幸せには見えませんか?」
「そ...それは...。」
オスカルは視線を落とす。
「お幸せそうに見えます。もちろん。」
「そうですね、あなたのおじい様も私の結婚のために本当に苦心して下さってい
ましたからね。」
そういうとジャルジェ夫人はコロコロと少女のように笑った。

―――母上のファースト・ネームはモニクでらっしゃいましたよね?―――
―――まぁ、本当にどうしたというのです。今日は?そうですよ。モニク・アニ
エス・ド・ジャルジェ....。それがどうかしたのですか?オスカル―――

ジャルジェ夫人とかわした最後の会話をオスカルはベッドの中で思い出してい
た。
「モニク....、クロード...、M&C.......。」
はぁっ!!と強く溜息をつき、毛布を頭からかぶった。